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悪役公爵令嬢のご事情  作者: あいえい
4/9

聖女ミアの失踪

本編の続きです。

誤字脱字等ございましたら、宜しくお願い致します。

3.


 グレゴールの報告に、生徒会室の面々は一斉に顔を上げた。

「何?ミアは今日も休みなのか?もう5日目ではないか」

 ヴォルフガングが形の良い眉を顰める。ミアは最近学園を休むことが多くなっていた。つい10日ほど前にも3日連続で休んだばかりだ。

「母君のご結婚の準備で慌ただしいとは聞いていたが、それにしても頻繁すぎないか?」

 ミアの母は夫と死別後、女手一つで娘を育ててきたが、ミアが聖女となり、上流階級の間でも紹介されることが多くなっていた。そんな中、ある男爵に見初められ、この度後妻として迎えられることが決まっていたのだった。母の結婚準備のため、ミアもまたさまざまな準備に追われているようで、学園にもなかなか顔を出すことができなくなっていた。

「病でないといいのですが。強い力を持つ聖女とはいえ、彼女は嫋やかなレディです。ここにきて無理が出たのでしょう。可哀想に」

 辺境伯の息子が薄いブルーの瞳を曇らせると、某伯爵子息も何度も首を振って同意の意を示した。

「ミアは男爵の養女になるんだよね?これで名実ともに貴族になるわけだし、未だにミアのことを平民だって見下す馬鹿たちの鼻を明かせるんだから、再婚は大歓迎だけど、その準備でミアと会えないんじゃ、張り合いがないよ」

 伯爵子息は不満げに口をとがらせた。甘いベビーフェイスが特に年上の貴婦人方に人気を博している人物である。

「ミアは不在にしていたため、直接言葉を交わすことはできませんでしたが、母君のお話によると、不調というほどではないようです。母君思いのお優しい方ですので、何事も人任せにできないようで、聖女の仕事との両立もあり、とにかく忙しいらしくて、自宅と神殿を行ったり来たりしていると。今日も神殿へ行くと朝早くから出かけたということでした」

「神殿に?」

「だったら、アナスタージウスの管轄だね。あいつに言って、ミアがどうしているのか聞いてみようよ。いくら聖女様と言っても神殿に籠りきりっていうのはねえ。まだこの学園の学生でもあるわけだし?」

 ソファに寝そべっていた伯爵子息がヴォルフガングをちらりと横目で伺いつつ、男性にしては高い声で歌うように言った。

「いや、何でも、アナスタージウスは猊下のご指示で、東部の支部に行っているらしい。あと数週間は帰ってこないだろうとも言っていた」

 えー、と不満げな声を上げた伯爵子息に、ヴォルフガングがやれやれと首を振った。

「まあ、お勤めに熱心なのはいいことだ。アナスタージウスもようやく身を落ち着かせたということだろう。それに、今、あいつが神殿にいないのも私たちにとって悪いことではない」

「殿下の仰る通りです。ミアについての情報が入らないのは、気がかりなことではありますが、我々の手の届かないところで、アナスタージウスがミアと二人きり、というのも腹に据えかねますし」

「何それ、抜け駆け禁止。絶対ダメでしょ、そんなの」

「まあ、落ち着け。ミアが私たちに黙って1週間と休んだことなどなかっただろう。きっと明日、明後日にはまた登校して、あの可憐な姿を見せてくれるさ」

 ヴォルフガングの一言に、生徒会室の男たちはそれもそうだと楽観的に頷いた。

しかし、直接ミアの自宅まで出向いたグレゴールだけは、これまでとは違う違和感を感じて、落ち着かない心を持て余していた。だが、寡黙な彼は一同の楽観的な雰囲気を壊すことも忍びなかったので、その懸念を一人心にしまい込んだのだった。


 そうして迎えたミアの母の結婚式当日、天は麗らかに晴れ式は厳かに執り行われた。当初、新婦側の参列者が少なく、新郎側の人数と釣り合いが取れないことが懸念された。というのも、新婦は聖女の母親とはいえ、平民であり、到底貴族の結婚式に招くことができるような交流関係を築いていたとは言えなかった。しかし、それもミアがヴォルフガングやグレゴール達の前で、涙を浮かべつつ心配を吐露したことで一挙に解決した。ヴォルフガング達が新婦というか、ミアの関係者として列席したのである。一介の男爵の結婚式に王族や何人もの高位貴族令息が参列するなど、前代未聞のことであった。そのため、式の格式もぐっと高いものにせざるを得なくなり、新郎新婦は頭を悩ませることになったのであるが、それも権力と財力を持て余している男たちによって、すぐに手が打たれた。結婚祝いと称して、首都の最も格式高い教会で、それも高位神官による挙式を行うことに彼らは決めたのであった。全ての掛りを負担することなく、これ以上ないほどの場所で挙式を挙行することになった新郎新婦たちは感謝感激し、果報者の娘を持った新婦に新郎は惚れ直したという。

 結婚式の朝、男爵家の馬車が新婦とその娘の住む小さな家の前に到着した。

「ああ、これで本当のお別れね。この柱に付けた小さな傷跡、毎年私の背丈を測ってくれた愛しい思い出の痕跡ともお別れなのね。次にはどんな家族がこの小さくも暖かい家に暮らすことになるのかしら。ああ、でもきっと私ほど、この家に愛着を持つことはないにちがいないわ。苦しいこともたくさんあったけれど、確かにここは私の故郷、原点だもの」

 ミアはもう時間だと告げる男爵家の召使の声に、柱に預けていた額をそっと離すと、流れ落ちた涙をぬぐった。こうして、母と娘はハンカチを目元に押し当て、とめどなく流れ出る涙を拭きながら、辛苦を共にした愛しい家に別れを告げたのだった。

 挙式は中年の新郎新婦にふさわしい、落ち着いた上品なものだった。長いベールを付けた新婦は、ともに二度目の結婚ということもあり飾りの少ない、それでも上品な意匠のウェディングドレスを着ていたが、とても美しく成人を目前に控えた娘がいるとは思えないほど若々しかった。そうして、神の御前で誓い合った二人は晴れて夫婦となったのである。男爵は新しい妻の手を取り、貴賓の方々に礼を言って回った。ヴォルフガングやグレゴール達も、新郎新婦の明るい未来を口々に寿ぎ、幸せそうな母の美しい姿に涙する愛しい人を見て目を細めた。

こうして式は無事終わったかに見えたのも束の間、結婚式の上機嫌による人々の心の隙を狙ったかのように、事件は起きたのだった。

挙式が終了した直後、ミアが失踪したのである。これまで苦労のし通しだった、母の幸せそうな姿に嬉し涙を流したミアは、化粧を直すと言って席を立つと、ヴォルフガング達の前から姿を消した。そしてそれっきり、いくら時間がたっても戻ってこなかったのである。

 晴れて男爵夫人となったミアの母親はその知らせに気を失い、心優しい夫となった男爵もまた表情を曇らせ、必ずミアを見つけてみせると、ベッドに伏した妻の手を握り閉めて誓った。ヴォルフガング達もまた、権力を総動員してミアの行方を当たらせた。しかし、一晩経っても彼女の行方は杳として知れなかった。

 手がかりらしきものが手に入ったのは、翌日の昼近くのことだった。ミアとよく似た姿かたちの若い娘が、質素な馬車に乗り込んだのを目撃したという者が現れたのである。しかも、両脇を若い男に挟まれ、まるで拐かされたように見えたという、剣呑なおまけつきである。

 ミアの無事を祈って一睡もできなかったヴォルフガング達は、いきり立った。

「なんとしてもミアを無事に連れ戻せ!」

 漸くつかんだ手掛かりを片手に、多くの者たちが捜索当たった。ミアが乗り込んだという馬車は、その後、何度か乗り換えられたようで、その足取りをつかむことができなかった。次の有力な情報がもたらされたのは、それから更に数日後のことだった。

「なんと、それは本当か?」

 王宮のヴォルフガングの居室に集った面々は、報告に蒼ざめさせた顔を、直ぐに怒りで赤く染めた。

「はい。聖女様を攫ったと思われる者たちの人相書きをもとに、改めて聞き込みを行ったところ、確かにこの若い方の男を見たという証言を得ました」

「間違いないのだろうな?」

「目撃された場所が場所でしたので、我々もこの目で直接確認いたしました。屋敷のお仕着せを身に着けていたことから見ても、ヴァルトハウゼン公爵家の下男で間違いないと思われます」

 だん、とヴォルフガングが机に拳を叩きつけた。いつもであれば、宥め役となるグレゴールも今回ばかりは、主人の行動を諫めることはできなかった。自分もこみ上げる怒りを必死に抑えていたからである。

「馬車を用意せよ。いや、馬だ、直ちに馬を引いてこい。ヴァルトハウゼン公爵邸に向かう!」

 ヴォルフガングの言葉にグレゴール達はすぐさま身を翻した。


 アロイスはヴォルフガング達の到着の報に、慌てて床を払うと、身支度もそこそこに急いで貴賓用の応接間へと向かった。怒髪天を衝く勢いのヴォルフガング達を目の前に、首を垂れ膝をついたアロイスは突然の来訪の訳を問うた。

「義父である公爵は10日前より領地へ赴いており、殿下を直接お迎えすることが出来ず誠に申し訳ございません。我がヴァルトハウゼン公爵家は累代、皇室に忠誠を尽くして参りました。その忠誠に、今も変わりはございません。臣下はご勘気をこうむった理由もわからず、ただただ恐懼するばかりでございます。どうか、その訳をお聞かせ願えませんでしょうか」

 ヴァルトハウゼン公爵が不在にしているという情報に、ヴォルフガング達は内心、胸を撫で下ろした。いくら正当な理由があるとはいえ、事前の通達もなく押し掛けたところに、ヴァルトハウゼン公爵自身が出てきたとなれば、さすがの彼らも苦戦間違いなしである。公爵の不在は彼らにとって願ってもない好機と言えた。ここでは多少の無理無礼を働いてでも、何としても確固とした証拠を掴まねばならない。確かな証拠さえあれば、後から公爵が何と言ってこようと、証拠を盾に礼儀を無視した強引さは不問に処されることだろう。

「ミアが攫われたことは知っているな。その実行犯がヴァルトハウゼン公爵家の家臣であるという有力な情報が入った」

「そんな、まさか」

 思いがけない話にアロイスが顔を蒼くさせる。ヴォルフガングは皮肉気に片方の頬で笑うと、厳然とした態度で命を下した。

「お前が信じたくないという気持ちもわかる。だが、調べればすぐにわかることだ。直ちに召使たちを呼び集めろ。俺が直々に人相改めを行う」

 動揺するアロイスを尻目に、グレゴール以下、騎士たちが一斉に動き出そうとした時、部屋の扉の外から涼やかな声が挙がった。

「その必要はございませんわ」

 声の主であるエレオノーラは音もたてず、相変わらず優雅な所作で入室すると、完璧な淑女の礼を取った。

「お目に書かれて光栄でござます、殿下。そして、皆様もごきげんよう」

 嫣然と微笑んだ彼女は、跪いたままのアロイスに目をやると、従僕に目配せして立ち上がらせた。

「ヴァルトハウゼン公爵令嬢。そちらからわざわざ出向いてくれるとは、呼び出す手間が省けて助かったよ」

「それはよろしゅうございました。ですが、皆様、随分と遅いご登場でしたわね。あと3日遅ければ父とアヒムが帰ってきてしまうところでしたわ」

 やれやれと言った風に首を振ったエレオノーラに、ヴォルフガング達が色を成す。

「随分なお言葉ですが、ご令嬢はご自分の置かれた立場を理解していないようだ」

 辺境伯令息が詰問調に口を開けば、グレゴールや伯爵子息たちもまた同調するように頷いた。

「そうでしょうか。私ほどこの度の一件を理解している人間はいないのではないかと存じますが。ふふ、理解されていないのは皆様の方ではないかと思いますけれど」

 なに、っと声を荒げようとしたヴォルフガング達を遮って、エレオノーラが手を叩くと、扉の向こうから一人の青年とミアが姿を現した。

「ミア!」

 ミアの姿にヴォルフガング達が色めき立つ。駆け寄ろうとした彼らをエレオノーラが制した。

「お待ちください。皆様、随分と興奮なさっている様子。それでは彼女がおびえてしまいますわ。まずはおかけになってくださいませ。そして、護衛騎士はゴットフリート卿御一人で十分でしょう。その他の騎士の皆様は別室にご案内させていただきますね」

 エレオノーラの指示で、ベテランの執事が騎士たちを隣室へと導くと、騎士たちはヴォルフガングを振り返りながらも、諾諾と従うしかなかった。

「これで落ち着いてお話しできますわね」

 満足そうに微笑んだエレオノーラは、ミアの隣に腰かけ、一同を見渡した。ミアの顔は蒼白で、肩が小刻みに震えていた。彼女の背後には公爵家のお仕着せを身に着けた青年が佇み、彼がその細い肩に手を載せると、ミアがビクッと肩を震わせた。まるで怯えた小鳥の様な哀れな様に、ある者は不穏なものを感じ、またある者は怒りで青筋を浮かび上がらせた。

「どういうことか説明してもらおうか。ミアがどうしてこの屋敷にいる」

「それに、そちらの男は一体誰ですか?公爵家の制服を着ているようですが、身のこなしから言って、到底貴族の出とは思えません。よくてジェントリー階級と言ったところですが、そうとも思えません。そのような者に同席を許した覚えはありませんが?」

「可哀想なミア、一体どんな扱いを受けていたの?こんなに震えて、顔も真っ青じゃないか」

「公爵令嬢ともあろう方が一体どういった了見で、このような振る舞いを?ことと次第によっては、例えヴァルトハウゼン公爵令嬢と言えど、それ相応の対応をさせていただきますよ」

 口々にまくしたてる面々を、冷めた目で見つめていたエレオノーラだが、大きな瞳に零れ落ちそうなほどの涙の球を浮かべたミアを横目で見ると、にっと口角を上げた。落ち着くようにと、男たちに対して手のひらを上げると、一同はようやくその興奮を治めた。

「皆様、さっきからミア、ミアとずいぶん親し気にお呼びになっていらっしゃいますが、わたくし、他の方々がお聞きになったら眉を顰められるのではないか、ともすれば皆様のお立場上、芳しくない噂が立ちはしないかと危惧しておりますわ」

「は?一体何を。彼女と我々が親交を結んでいることは周知の事実。今更そのようなことで煩わされることなどない」

 不快気に顔を歪めて反駁するヴォルフガングに、他の令息たちも同意とばかりに頷いた。

「確かに、これまではそうでしょう。彼女も聖女として認定されたとはいえ、爵位も何もない、少女でしたもの。ですが、数日前からは事情が随分と変わりましたの」

 エレオノーラは男たちの興味をそそるかのように、そこで一旦言葉を切った。

「今の彼女をお呼びするのであれば、親しき中にも礼儀あり、と申しますわ。そうですね、皆様は紳士らしく、彼女のことをミュラー夫人とお呼びすべきではないでしょうか?流石に、既婚女性を近しい親族でもない紳士が、名前で呼ばれるのはいかがなものかと愚考いたしますわ」

 極上の微笑みを浮かべる唇からこぼれた台詞に、男たちは固まった。

「なんと?」

「ミアさんは・・・、あらいけない。ミアは愛称でしたわ。正確にはアメリア・ミュラー夫人とお呼びするのでしたね。私としたことがうっかりしてしまいました。ミアさんから、私的な場では、結婚してからも親しく名前で呼んで欲しいと頼まれていたので、ついつい癖になってしまっていたようです。失礼致しました」

 先程までの口角から泡を飛ばさんばかりの勢いで、まくし立てていた男たちは言葉を発することもできず、陸に上がった魚の如く口をパクパクと動かしていた。。

「あ、あの。ヴァルトハウゼン令嬢」

 鈴の様な声を震わせてミアが口を開くと、エレオノーラは、私のことは名前で呼んで頂戴と言って、左手を彼女の手に重ねた。

「はい。そうでした。エレオノーラ様、ここからは私がお話してもよろしいでしょうか?」

「勿論よ。でも大丈夫?随分緊張しているみたいだから、心配になってしまうわ。私の口からお話しした方がよろしいのではなくて?」

「いいえ。エレオノーラ様には、十分すぎるほどお世話になってしまっているんですから。説明だけは私の口からきちんとするべきだと、トム、あ、いけない、ええとそうそう、夫とも約束したんです」

 エレオノーラに握られたのとは反対の手を、肩に置かれた背後に立つ男の痩せてごつごつとした手に重ねると、ミアはうっとりと男を見上げた。男は茶勝ちの瞳を愛おしそうに細めると、彼女を励ますように小さく頷いた。

 そんな彼らのやり取りを、ヴォルフガングを始めとした男たちは、信じられないものを見るかのようにまじまじと見つめたのだった。

本編はあと1話で終わりです。その後は外伝が続きます。

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