炎翼の魔女は夜明けの空に墜ちる
企画参加者以外の読者様へ。
あらすじはご確認くださいましたか?
本作、ラストシーンのみの作品となっておりますが結にいたる起承転までのあらすじはご用意しております!!
作者の好きを詰め込んだ世界観のラストシーンをお楽しみいただけたら幸いです!
【ここまでのあらすじ~起承転まで~】
起.碧玉の翼を持つ少年
砂漠の街に住む鳥人族の魔女アレッタ・ロードクロサイトはある日闇オークションで碧玉から削り出した様な美しい翼を持つ鳥人族の少年アウィンに出会う。
前日の雨にむしゃくしゃしていた彼女は闇オークションをぶっ壊してアウィンを助け出し、自分の弟子に迎えた。
承.失われた風切羽
アウィンは愛玩鳥の様に風切羽を切られており、更にはそこに魔法をかけられて新しい羽根が生えないようにされていた。
彼の翼の美しさに感動したアレッタは魔法薬の調合に長ける己の才覚を存分に活かして彼の風切羽を復活させることを決意する。
転.もう一度風を掴むために
風切羽の再生を阻む魔法を解く魔法薬というものは存在せず、アレッタは自身の知識のみでその魔法薬のレシピを考えた。必要なのは不死蝶の鱗粉、バンディラ蜥蜴の尻尾、祈りの鉱石、そして星の子の声。3つの材料は揃ったが星の子の声は困難を極める。
雲の上を浮遊する星の子が囁く時に発生する「触れる光」であるそれは、地上に下りるとすぐに消えてしまうので調合の際は空中で使用することが求められるのだ。そしてアレッタには、立派で美しい紅翼を持ちながら空を飛べない事情があった。
しかし彼女は決意する。かつて愛した人と同じかそれ以上に大切に思える、彼のためなら、と。
【ここからが『書きたいところ』】
結.炎翼の魔女は手中の碧玉を慈しむ
夜明けが近い。暗く澄み渡って青い空を見上げたアレッタは、一つ深呼吸をして背中の紅翼をゆっくりと広げた。
色の少ない砂漠の街で、鮮烈に人々の目を射貫く深い紅。夜の色を受けてなお燃え立つ様なその色は、アウィンの目を釘付けにして止まない。
アウィンが知っている鳥人の誰よりも美しい翼を持つ彼女が飛ぶのを彼は見たことがなかった。
そのくせ風切羽を切られたアウィンには「もう一度、飛びたい?」なんて問いかけるのだから不思議だ。自分自身は空を避ける様に地を歩いているというのに。
だから、アウィンは瞬きもせずに、自分を抱えて飛ぼうとしている彼女を、その蒼い瞳でじっと見つめていた。
そして……アレッタの紅翼がばさりと空気を動かし始める。やがて、ふうわりと浮かび上がった彼女は安堵したように小さく息を吐いた。鳥人族は体重が非常に軽いとは言え、青年1人を抱えているのに揺らぎもしないその翼の力強さにアウィンは胸を打たれる。
「行くわよ、アウィン。星の子の声を捕まえに」
「……はい、アレッタ」
「その瓶を手放さないでね。星の子の声を捕まえたらすぐ調合するから」
頷いて、アウィンは握り締めたガラス瓶を強く握り直す。中には様々な材料が混ざり合った魔法薬のもと。あとは雲の上を浮遊する『星の子の声』を入れて軽く混ぜるだけで完成する――失われた風切羽を生やすための魔法薬が。
(……何だろう、少し胸騒ぎがする。それにこれは……火の、におい?)
そんな一抹の不安は、彼を抱えたアレッタの体が砂漠の街の全ての建物の高さを越えた辺りで戦慄する様な恐怖に変わった。
「アレッタッ! 翼が!!」
美しく、立派な紅翼。その端に紅蓮の炎がついていた。めらめらと揺れるそれは風などお構い無しにアレッタの翼を焼いていた。
真っ青な顔で「水をっ」と叫び、動揺するアウィンを安心させるかのように彼女は柔らかく微笑んだ。
「大丈夫よ、アウィン。分かっていたことだから」
「え……?」
紅翼は緩やかに、しかし確実に燃えていく。しかしアレッタは飛び続けた。雲の先に揺蕩う、星の子の声を求めて。
以前話したでしょう、と彼女は口を開いた。愛した者のため、月の片端を抉り取った鳥人族の女の話。それで月の女神に呪われて、二度と空を飛ぶことが叶わなくなった愚かな魔女の話。アウィンは目を見開いて、それから震える唇で言葉を紡ぐ。貴女が、と。
「そうよ。私が月に呪われた魔女。空を飛べばたちまち翼を失う、愚かな魔女よ」
「っ、なんで?! 僕がもう一度飛びたいって、言ったからですか?! 何故僕なんかのためにそこまでっ……」
降りて、今なら間に合う。だから、とすがり付くアウィンの頭に唇を寄せ、アレッタは「ありがとう、アウィン」と囁いた。
「お前が大切だから。そして、その何より綺麗な碧玉の翼が風を掴むところを見てみたいから」
「っ……こんな、つばさ……」
「確かにお前にとっては呪いかもしれないわね。その美しさ故にお前は捕らわれ、二度と飛べない籠の鳥にされたのだから」
答えない彼へアレッタは、けれど、と続けた。雲の中に突っ込む。夜明けの灰色雲の中で、燃える紅翼を動かして突き進む彼女は紅の彗星のようだった。
「そんな呪いは私が解くわ。魔女ですもの、解呪はお手のものよ。そして私から別の呪いをあげましょう」
顔を上げたアウィンへ向けて、アレッタは魅力たっぷりに微笑んだ。
「私は強欲ですもの。飛べるようになったお前が私を止まり木にしてくれるように、この身を燃やし尽くしてもいい。希望を掴み取るわ」
雲を抜ける。そしてアレッタはすらりとした手を伸ばした。鮮やかな紅翼はすでに炎の翼と見紛うほどに燃え上がり、月の女神の与えた罰をアウィンの目に見せつけている。
「かつて月の片端を抉ったほどの愛よ?」
柔らかく掴み取った星の子の声を、アウィンの握る小瓶へ運ぶ。
「アウィン。お前はどう受け止めてくれるのかしらね」
希望の光が溶け込んだ液体を優しく揺らす。暗い緑色をしていた薬液が鮮やかな青色に変じた。
同時に、アレッタの背に明々と燃えていた炎翼が焼け落ちた。ふわりと支えを失う2人。アウィンに瓶を握らせ、アレッタは自信ありげに笑う。
「さあ飲んで。お前の翼の最初の仕事が待っているわ」
目を見開き、そして思いっきり顔を顰めたアウィンは叫んだ。
「っ、貴女って人はいつもこうだ!!!」
瓶の中の魔法薬をあおる。喉を滑り落ちていく形容しがたい味と温度。直後翼に灯った暖かな力は、アウィンの碧玉の翼が長らく失くしていたもの。
彼は目を見開き、そして両翼に力を込めた。風の掴み方は翼が知っている。永く血を継いできた鳥人族の魂が知っている。
――――飛べる!!
夜明けの日が差す深みある青空で、碧玉の翼が広がった。器用に風を掴み、力強く羽ばたいて、落ちて行く愛しい魔女を追いかける。
「アレッタ!!」
手を伸ばし、美しく微笑む彼女を捕まえる。その手は力強く、もはやアレッタに助けられた時の少年のものではない。成長した青年のそれだった。
真っ直ぐに降下してくるアウィンを見上げた彼女の翠の瞳は淡く濡れていた。
「嗚呼……やっぱり綺麗ね」
彼女を両腕に閉じ込めて、アウィンは地を目指し、翼にいっそう力を込めた。
ふうわりと着地して、アレッタをそっと下ろしたアウィンはしばらく青い顔で深呼吸を繰り返していたが、アレッタが翼を失った背中を撫でて「軽いわね」と呟くのにバッと顔を上げた。
「このっ……馬鹿!!」
「あら、それは失礼じゃない? これは私が私のためにしたことの結果よ。お前にとやかく言われるようなことじゃあないわ」
「っそれでも、僕は、僕は……」
溜め息を吐いて首を振るアレッタの華奢な肩を掴み、アウィンは泣きそうな顔で言葉を探した。
「っ、貴女が僕の翼を好いてくれるのと同じように、僕も貴女の翼が好きだったんだっ……」
もう戻らない燃え立つ様な紅蓮の翼。アウィンにとっての自由の象徴。それを思って彼の蒼い両目に涙が盛り上がる。ほろりとこぼれたそれを乱暴に拭って、アウィンは続けた。
「それにっ……僕は、翼以上に貴女自身のことが……無茶振りが酷くて人使いが荒くて、でも強くて真っ直ぐな貴女がっ、好きなんです……!」
アレッタが翠の目を見開いてぱちくりと瞬きをした。そんな彼女の顔を、真っ赤になった顔で正面から見つめ、アウィンは言葉を紡ぐ。
「だから、もう二度と、こんな危ないことをしないでください……僕の命が尽きるまで貴女のもとにいると誓うから、だから、身を燃やし尽くしてもいいなんて、そんなことを言わないで……」
彼の言葉を聞いて、戸惑ったように瞬きを繰り返していたアレッタは、ふらりと右手を彼の頬に添えると不思議そうに彼の目をまじまじと覗き込んだ。
「私のことが好きだって、それ……本当?」
「本当に決まってるでしょう!!」
「そう……そうなの……」
まだ引かない動揺と恐怖、それから湧き上がる羞恥でどうにかなってしまいそうなアウィンは、アレッタが今まで見たことがないほどに甘く微笑んでいるのを残念なことに見逃した。
「ふぅん……ふふ、お前、私のことが好きなのね」
「そうだって、言っているでしょう……」
「ふふ。そう……好いてくれたのね、私を」
アレッタがあまりにも嬉しそうに繰り返すものだから、アウィンはいたたまれなくなって、そして沢山の感情でめちゃくちゃになった思考のままに動いてしまった。
「もうっ、黙っててください!!」
噛みつくようにアレッタの唇を塞ぐ。
驚いて目を見開いたアレッタは、それからまたふうわりと柔らかく微笑んで、少し拙い口づけを甘受した。
夜が明けた。深く青い空を白い陽光が透かすように照らしている。
そんな美しい景色の中で、己の翼を失った紅翼の魔女は、愛おしい碧玉の翼を持つ青年を強く抱き締めたのだった。
こんな形態の作品ではありますが、ぜひ感想等いただけたらとこっそり思っております!
また少し下の方に今回の企画参加作品一覧がございますので、ご興味のある方はぜひ!!