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「ねぇ、お兄ちゃんはどうなの?お話したら?」
ユウミから勧められた舞。
「そういえば、全然しゃべらないよね、ユウジさん」
「そうだねぇ。なんか全体を見守る役割、だって。自分ではそう言ってた。別に興味がないわけじゃないらしいよ」
たとえ興味がなくても、自分の部屋で会議されたら居るしかないか。
舞は、とりあえず、会議中も黙って様子を見ているユウジに、声を掛けてみる。
「何故この三人は仲がいいの?」
舞は今回の会議とは全く関係無いが、前から思っていた率直な疑問をぶつけた。
「仲いいのか?俺たち」
タダシが横から口を出してくる。
来た、ああ面倒くさい。
「じゃあ、なぜいつも一緒にいるの?」
別の質問に切り替える。
「いつも一緒にいるのか?俺たち」
うわぁ、面倒くさい。イライラしてくる。
そんな中、やっとユウジが口を開いた。
「僕は、戦隊ヒーローものをバカにされたときに、マモルにかばってもらった恩があるんだ」
「別にかばった訳じゃないけど」
「お兄ちゃん、戦隊ヒーローもの、好きだもんね」
「まだそんなの観てるの?小学生か!ってバカにされたんだよ。中学校の時だっけ。でもマモルは違ってた。子供向けの番組でも大人が作るものだから、大人から子供へのメッセージが込められてるんだって。小学生がそんなメッセージを受け取ることができるか?今だからわかることがあるんじゃないのかって」
「まあ、大人が作るわけだから、そういう仕事もあるってことだよ。作り手側の視点に目を向ければ見えてくるものが違うしね」
なんか、前にも聞いたような気がする、同じ話。それがマモルさんとユウジさんの友達になるきっかけだったとは。
「それに、いくら子供向けの番組だからってバカにはできないんだぞ。ストーリーの展開や敵の行動なんかも変化に富んでるからね、最近のは」身を乗り出して語り出すユウジ。
勧善懲悪ものには変わりないが、作る側も、見る側を飽きさせないようにいろいろと苦労しているらしい。
「最近も観てるんだ」
「キャストの子も可愛いしね」
「何?そうか、なら観てみるか」とタダシ。
「そういえば、タダシとマモルはいつからだっけ」
ユウジが二人に問いかけた。
「俺はこいつに恨みがあるんだよ」タダシはマモルを顎で指しながら言う。
「何だよ急に」
「舞ちゃん、カッパの川流れっていうことわざ知ってるよね?」
「ええ、もちろん」
「意味は知ってる?」
「猿も木から落ちるとか、弘法にも筆の誤りとかと一緒で、得意としているものでも失敗することがあるってことでしょ」
「だよね。でも、こいつはこう言うんだよ。カッパは本来沼にいるから、流れは苦手なんだと。だからカッパの川流れの本当の意味は、自分が得意でないものに手を出すと失敗するってことなんだって」
「え?そうなの?」
「その後、こいつなんて言ったと思う?」
「もしかして、そんなことも知らないの?とか言ったわけ?」
「嘘に決まってんじゃんバーカって!」
「はぁ、……なるほど」と冷たい視線をマモルに向ける。
「それは恨まれても仕方ないかも」
「おいおい、仲良くなったエピソードを話す場じゃないのかよ」
「これが仲良くなったエピソードだよ!」
「どこに仲良くなる節があんだよ!」
またタダシとマモルの言い合いが始まった。いつものことである。
「タダシとマモルは、ゴミの分別だけは共通してしっかりしてるんだよな」
その場を和ませようと、ユウジが話を変えてきた。いや、話を戻したと言ったところか。
「行政が示すルールなんだからしっかり守らるべきだろ」とタダシ。
「分別しないと効率よくリサイクルできないし、焼却するにしても余計なものが混ざっていると焼却炉に負担がかかるからな」とマモル。
理由は違っているが、やっていることは同じというケースだ。
結局仲がいいんだか悪いんだか、まぁ、頻繁に集まってるんだから、仲が悪いわけではないだろうけど……。舞の頭から疑問符が消えはしなかった。
翌日、結局もう一日有給休暇を消化して、再度役場へ赴くことにしたマモル。一人で行ってもよかったのだが、今度はちゃんとユウミと一緒に行くことになった。
ユウミも弁当を作ってきていた。さすがにマモルの好みを知っているだけある。具材は大根の葉や芋の蔓など、普通なら廃棄されそうな食材を有効に使って、生ごみの量を減らすと同時に食材に対する愛情も感じられる。そう、マモルの好みというのは、料理や味付けではなく、食材の方だ。いや、”好み”と言っていいのかは微妙だ。大好物という訳ではない。食べ物を大事にすること、そしてゴミの量を減らす工夫をすること、が好きだということだ。
ユウミは料理が得意ということもあり、味付けもいいし、固くて食べにくい食材は細かく刻んで食べやすくなっていた。
「さすがユウミちゃんだね」
普段は無言で食べるマモルも、つい口に出てしまうくらい感心した。
ユウミはマモルに見えないようにガッツポーズを作った。
村役場に到着。山谷氏を呼び出してもらう。アポは取っていなかったが時間を割いて応じてくれるとのこと。
「昨日こちらに来た時の帰り道、バッグを盗まれまして」
すぐさま本題に入るマモル。
「それは災難でしたね」と応じる山谷。
「どこにあるか、ご存じないですか?」
「え?私が盗ったとでもいうつもりですか?」
山谷は本当に知らないのだろうか?そう一瞬頭をよぎったが、マモルはカマをかけてみることにした。
「困ったなぁ、あのバッグには大事なものが入っていたのに」
「いや、ゴミしか入ってなかったですよ」
「……」
山内はマモルの視線に気づいたようで、ハッとした顔つきになった。
「何故知ってるんですか?バッグの中身のこと」
山内の目は泳いでいる、というか既に溺れているのかもしれない。顔も真っ青で汗ばんでいる。もうやってしまった、というのが表情に出ているようだ。そのうち目も死んでしまった。
「まぁ、ボイスレコーダーを狙ったのだったら残念でした。自宅に保管してありますので。でも、バッグに入っていた資源はちゃんとリサイクルしてくださいね」
そういうと、マモル達は席を立った。
「あ、ちょっと待って!あの、朝昼新聞社の方、あれ?先日と違う?」
ユウミのことを、前回来た舞だと思っていたらしい。
「もしかして、朝昼新聞社の、記者の方ですか?」
山内は恐る恐る尋ねた。バッグ盗難に関わっていたことがバレれば、記事にされてしまう。そうなったらもうおしまいだ。
「いえ、違いますけど。とある中小企業の事務職です」
「???」
山内の頭は混乱していた。結局、どうなるんだ?すぐに記事にされたりするのか?新聞や雑誌に載せられてしまうのか?職を追われ、ネットでも叩かれ、行き場を失い路頭に迷う人生を送らなければならないのか?
慌てふためいている山内を目の当たりにしたマモルは、
「とりあえず、昨日言ったことを守ってもらえるなら、公開するつもりはありませんから」
と言ってその場を去った。ユウミもそれに続く。
とりあえず、首の皮一枚つながった。安堵する山内。
だが、これからどうする?今後、ボイスレコーダーをネタに脅迫される日々が続くかもしれない。やはり今うちに処分しておいたほうが良さそうだ。山内はポケットから携帯電話を取り出した。
帰り道。今回もゴミ拾いをしながらゆっくりと駅へ向かう。
電車に乗って、数分歩き、二人はアパートにたどり着いた。
ユウミがカギを開け、アパートの一室に二人は入った。部屋は三階の角部屋だ。
数分後に二人は買い物バッグを持ってアパートを出た。
その様子を陰から見ていたひとりの男がいた。
マモル達を尾行してきたのだ。
先ほどマモル達が出てきた部屋の前に立ち、キョロキョロと辺りをうかがう。
ドアノブに手を掛けると、カチャっとドアが開いた。
鍵をかけ忘れたようだ。
部屋に入った男は、部屋の中央にあるテーブルの上に、ボイスレコーダーがあるのを見つけた。
これか、とボイスレコーダーを手に取る。
壊すか持ち去るかしてくれ、という依頼だったが、簡単に壊れるように思えなかったので、持ち去ることにし、自分のポケットに押し込んだ。
ふと部屋を見回すと、生活感が感じられないことに気が付いた。テレビもなければ、食器棚もない。あるのはこのテーブルだけ。ちょっと見上げると、カメラらしきものが付いていた。防犯カメラだ。
その時、外から女性の声がした。
「鍵かけ忘れちゃった」
鍵をかけるだけならドアを開けることはないだろうが、念のため、どこか隠れる場所を探した。隠れられそうなところは……トイレ?ベランダ?
オロオロワタワタしながら蠢いていると
「なあんちゃって~~」
という声の後、ウィーン、トントントン、トントントントン、ウィーン、ガガガガガ、工事でも始まったかのような音が響いた。
静かになった後、ドアへと向かった。外に出ようとドアを開けようとするが、おや?ドアノブがない。
ドアを押してもビクともしない。
閉じ込められた?
ベランダに向かう。三階だった。飛び降りることもできない。沈みかけている太陽が見えた。
「あ、もしもし、すみません。どうやら、閉じ込められました。え?どこって?どこでしょうか……アパートの一室です。あ、三階です。いえ、まだ持ってます。はい、ちゃんと処分します」
どうやら助けに来てくれる気はないらしい。場所もうまく伝えられないのだから仕方がないが。男は、スマホで現在地情報を転送するようなことは思いつきもしなかった。
今のうちにボイスレコーダーを処分してしまおう。叩きつけたり水没させたりしてみた。これで大丈夫だろう。水が止められていなかったのは幸いだった。
そういえば、防犯カメラらしいやつがあった。そのカメラに向かって手を振ってみた。閉じ込められているので助けてください。このカメラは音声も伝わるのだろうか。画像だけならジェスチャーで伝えなければならない。
そして暗闇に包まれた。部屋の照明を点けようか、とスイッチに手を掛ける。点けて大丈夫なんだろうか。勝手に部屋に入ったことがバレるんじゃないだろうか。男は今更ながら躊躇して、電気をつけるのをやめた。そうした中、また工事のような音がした。
助けに来てくれたのか?期待の思いが膨らむ。
待ちに待ってました!ドアが開いた。そこには警官が二名。
「え?」
「不法侵入の容疑で、署まで同行お願いします」