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西奥多摩村廃棄物担当者とのアポは午後十三時三十分に取った。廃棄物処理施設の件で話があるとだけ伝えて、詳細は伝えていない。
最寄り駅までは電車で五十分ほどかかる。そして駅から徒歩で十五分くらいで村役場だ。余裕を見て十一時に待ち合わせ。
「ごめん、遅れた?」
待ち合わせ場所に走って来た舞。だが、ユウミの姿は無い。
「ユウミから連絡あって、都合で来れなくなったって。で、代わりに弁当作ってたら遅くなっちゃって」
「え?弁当?作ったの?」
「だって、ユウミが作れって言うから……」
そこまで言って舞はハッとした。マモルと二人で自分が作った弁当を食べるって、まるでデートじゃん!
「あ、でも、嫌なら……」
「俺の分もあるなら、ありがたく食べるよ。捨てると勿体ないでしょ。余計なゴミも増やしたくないし」
電車から降りて改札を出ると、駅前に小さな公園があった。ベンチもあるし、人通りもそんなに多くは無い。ここで舞お手製の弁当を食べることになった。
マモルは無言で黙々と食べる。
作った側としては、味に不満は無いか気になり、マモルの顔色を伺うが、ほぼ無表情で食べているため、何の情報もつかむことができずにいる。仕方なく聞いてみる。
「味、大丈夫?」
「うん、味の事はあまり気にしないから大丈夫。食べ物を食べられるだけで感謝してるよ」
これはどういうこと?味は気にしない?不味くても気にしないって意味?微妙な気持ちになった舞。
料理は得意とは言えないが、ユウミに負けないように頑張ったつもりだった。
「美味しくなかった?」
もう一度聞いてみた。
「大丈夫だって。例え不味くても全部食べるから。ゴミを増やしたくないしね」
例え不味くても……。仮定の話としてとらえればいいのか、それとも……。ちょっと勇気を出して聞いてみた結果、複雑な気持ちを解決させる解答は得られなかった。
仕方なく、自分でも一口食べてみる。……確かに旨いとは言えない。これを文句ひとつ言わずに残さず食べてくれるのは、優しさ、なのだろうか。
わたしに対する優しさ?いや、食べ物に対して?それとも環境に対して?
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
食事を終えたマモルは、「そろそろ行こうか」と言いながら立ち上がった。
舞は、まだちょっと時間が早いような気もしたが、それに従う。マモルを見ると、さも当然のようにポケットから空っぽのコンビニ袋を取り出した。
二人はほぼ時間通りに村役場の廃棄物対策課の窓口に到着した。
舞は、マモルが持っている袋を指して「それどうするの?それを持ったまま人と会うつもり?」と聞くと、マモルは「そうだなぁ」と少し考えると、ポケットから折り畳み式のマイバッグを取り出してサッと広げ、手に持っていたコンビニ袋をマイバッグに入れた。
「これで大丈夫だろ」
「いや、捨てればいいのに」
そうこうしているうちに、男が奥の方から会釈しながらこちらに向かってきた。それが担当者である山谷だ。軽く挨拶を交わした後、別室に通された。
「さて、廃棄物処分場の件でしたかね」
そう言いながら、来客者にイスに座るようにと腕を前に出した。マモルと舞が腰を下ろすのをみて、山谷も対面に座る。公務員らしい丁寧な対応だ。
「あの、早速ですが、単刀直入にお伺いします。最終処分場建設の際、必要な設備を削って経費削減するという話を聞きましたが、本当でしょうか。もしそうなら、考えを改めて頂きたくお願いに来ました」
山谷の顔が少し引きつるのが舞にはわかった。
「何ですか、それは。そんな噂があるんですか?」
平静を装いながら、ゆっくりした口調で話す山谷。
「こういうものがあるんですが」とボイスレコーダーを取り出して、再生すると、山谷の顔色が変わった。
「これ、山谷さんの声ですよね?」
「いやぁ、どうですかねぇ」とわかりやすいように声色を変えて返答する山谷に、二人は苦笑した。
「声を変えても、声紋を取ればわかりますからね」
そういうと、諦めたように声を元に戻して「何が目的なんですか?」と山谷はマモルと舞を睨みつける。
「許可が通った設計通りの施設を作ってください。目先の金銭的な理由で、環境を破壊しないでもらいたい、ということです」
マモルが強い口調で話す。
すると山谷は、
「当然ですよ。こんな冗談、真に受けないでください」
と言って、ボイスレコーダーに手を伸ばす。それに気づいたマモルは寸でのところで、さっとボイスレコーダーを引っ込めたので、山谷の手が宙を切った。
「これを冗談で終わらせるつもりですか?」
一呼吸おいて、マモルは
「施設ができたときに、これが冗談かどうかわかりますよね。そのときまで、預かっておきます。もし、冗談でなくとんでもない施設ができた場合は、こちらを公表させてもらいます。それでいいですね?」
「それは脅迫ですか?」
「はぁ?こちらは正しい施設を作ってもらえたら何もしない、と言ってるんですよ!それとも何ですか?今すぐ公表しましょうか?それなりの処分は免れられないでしょうね」
声を荒げて言ったのは今まで黙って聞いていた舞だった。
山谷は舞の存在を意識していなかったせいもあり、目を真ん丸に見開いて舞を見た。
「あの、こちらは?」とマモルに向き直った山谷。
マモルが説明する前に、舞は自分から「申し遅れました、こういう者です」と名刺を一枚差し出した。
「朝昼新聞社……えっ?」と山谷は驚いた。
「えっ?」舞の隣にいたマモルも驚いて舞を見た。
「えっ?」マモルが驚いたことに対し、舞も驚いた。
朝昼新聞社と言えば、大手の新聞社だ。エリートしか入社できないとの噂も飛び交っているくらい社員になるのも難しいと言われている。
そういえば、勤め先の会社名は言ってなかったっけ?と舞は過去を振り返っていた。
山谷は名刺に書かれていることを口に出しながらなぞっていく。
「経理部、朝浦舞。ん?経理部?」
やっぱりそこ突っ込まれたかぁ、と舞は思ったが、
「ええ。ですが同僚にこのボイスレコーダーをチラつかせたら喜んで喰いつくでしょうね」
と用意していた台詞をドヤ顔で言い放った。
「私が前線でネタ探ししてる立場なら、すぐにでも記事にするでしょうけど、このボイスレコーダーの内容が本当に冗談になるのであれば、目をつむりますよ」
そういうと山谷はしばらく机の上で手を組みながらうつむいて考えたあと、重い声で「わかりました」と言いながら顔を上げた。
「もともと冗談なのですから、もちろん施設はしっかり造ります。ただ冗談であってもそういうことをネットで流されたり記事にされたりすると風評被害もありますし住民の不安も煽ってしまいますので、そういうことはされないと約束してください」
「ええ、こちらは施設がしっかりできることを望んでいるだけですから」
そう言って二人は村役場を後にした。
帰り道、駅へと向かう中、マモルは空っぽのコンビニ袋を取り出した。
「まだ袋持っていたの?ねぇ、そういえば、ゴミをそのバッグに入れてたよね?」
眉間にしわを寄せながら問いかける舞に対し、マモルは答える。
「コンビニの袋ならそのまま捨てられていいんだけどね。もう袋が無いから、来た時の中身をこのバッグにあけて、空っぽにしたこの袋を再利用するんだよ」
そう言って、ゴミを拾いながら歩き出す。
「あ、帰ってから、ちゃんと分別するから」
思い出したようにマモルは言った。別に聞いてませんけど、と舞は思いながら、それで役場では捨てなかったのかと納得できた。
「来るときも拾ってたけど、まだ随分落ちてるね」
「同じ道でも歩く方向を変えると、目に見えるものも違ってくるからね。さっきは気づかなかったものもあるし」
そう言いながらトングを使い、器用にゴミを拾う。空き缶や吸い殻ををマイバッグへと放り込む。
吸い殻が多いが、菓子の袋やペットボトル、栄養ドリンクのガラス瓶も時々ある。飲料の空き容器は、中身が入っていないことを確認し、乾いていればバッグへ、濡れていたらコンビニ袋に入れている。中には雨水が溜まっているものもあった。
ほかにも、何かわからないが細かいプラスチックの破片のようなものもあった。
「こういう細かいものが残っていたりするんだよな」
手のひらに乗せて見せてくれた。こんな細かいものを見つけること、そしてトングで器用につまむこと、これはもう趣味というか特技なんじゃないかと舞は思った。
ゴミ拾いをしながら歩くマモルの隣を、何もせずに一緒に歩くのは気が引けると、舞も時々気が付いた空き缶を人差し指と親指でつまんでマモルの肩に掛かっているバッグに入れる。
駅が見えた頃、ちょっと腰を伸ばすためにマモルはグッと伸びをした。
その瞬間、後ろから影が現れ、マモルのバッグに手を掛けた。その反動でマモルはちょっとよろめき、バッグがズレ落ち、影はすかさずそのバッグをそのまま持ち去った。隣にいた舞はいきなりのことで何が起こったのかわからずアタフタするばかり。しばらくしてマモルのバッグが奪われたことに気づいた舞は、その後を追いかけようとしたが、マモルに腕で制された。マモルを見ると首を横に振っている。追いかけるなということか、そう舞は理解した。
またユウジの部屋で報告会が行われた。
マモルのバッグが奪われた事実をみんなに告げる。
「中に入っていたものは、拾ったゴミだけ?」
さぞ、バッグを奪った犯人も、がっかりしていることだろう。
「あのバッグ自体も貰い物だったから、実質的な被害はないんだけど」
そう言いながら暗い顔をしているマモル。
「あのゴミが適正に処理されればいいんだけど、不法投棄されそうで怖いな。せっかく拾ったのに」
「お前の心配はそこかい!」とタダシ。
「それよりも、タダのひったくりなのか、それとも……」
「それとも?」
一呼吸おいて、声を潜めて言う。
「ボイスレコーダーを狙った可能性も否定できないだろ」
「タイミング的には可能性が高いよね」
「山谷の差金か」
「だとしたら、全然冗談で終わらせるつもりもないんだな」
「バッグの中にボイスレコーダーが無いとわかると、また接触してくる危険性もあるな」
「え、そうなの?舞ちん、ごめんね。危険なことに巻き込んじゃって」
いつの間にかユウミも居た。
「急に用事って、何だったの?」
「うん、ごめんね。お弁当、大丈夫だった?」
「大丈夫って言っていいのかどうか……。とりあえず、まぁ」
チラッと横目でマモルを見たが、こちらの会話は聞いていない様子だった。
「全部食べてくれたなら大丈夫だよ」
「でも何でも食べるんでしょ?美味しくなくても」
「普通に人が食べれるものならね。吐きだしたり残したりしなかったんでしょ?なら大丈夫」
全然褒められた気もしない。それよりもどこかバカにされているようにさえ感じた舞だった。
「もう、記事にしちゃえばどうよ?」
「でも、証拠がないからな。もし違ってたら、こちらが約束やぶったことになってしまう」
タダシは大きく腕を上げて伸びをした。
「だったら、待ってるしかないってことか」
すると、諦めたようにフゥーッとため息をつきながらマモルが口を出した。
「もう一回行ってみるよ。もう有給少ないんだけど、仕方ない」
「今度は、ちゃんと私が同伴するから。弁当も作るね」
と言うユウミの言葉に舞はハッとした。
「ちょっとユウミ、もしかしてそれが狙いなの?」
小声で舞は問い詰める。
「え?何のこと?」丸い目で舞を見つめ返すユウミ。
「私の弁当と自分の弁当を比べさせようって魂胆でしょ!」
バレたか、とでもいうように、ちょっと舌を出して微笑んだ。
「自分の得意分野で、しかもこんな形で勝負するって、どうなの?私を出汁にしてるだけじゃない!」
「え?舞ちんも、マモルさんのこと好きなの?」
「え?いや、そういうわけじゃ」
と言葉に詰まるところに、「じゃあ、いいでしょ」と微笑むユウミ。
「あ、でも、舞ちんもマモルさん好きなら、正々堂々と勝負するけど?」
舞自身、マモルの事をどう思っているのか、自問自答を繰り返したが、答えは出てこなかった。