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ゴミくず  作者: 多田のぶ太
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西奥多摩村の住民に対する、廃棄物最終処分場建設についての説明会が村のコミュニティセンターにて開催された。


「近隣に廃棄物処分場が建設されることについて、住民の方々には不安を与えるかもしれませんが、安全性には充分配慮して建設させていただきますので、ご理解のほどよろしくお願いいたします」


 同じ内容の発言をすでに三回も言っているのは行政の人だった。

 説明者側の席には、行政の廃棄物担当の係の人と、処分場を運営する業者の取締役が座り、処分場の必要性と安全性について代わる代わる説明をしている。

 説明を聞いている住民側には、熱心にメモを取りながら聞く人やら、とりあえず行けと言われて来ただけで半分寝ている人やら様々だ。最初から説明なんて聞く耳持たずに、反対意見だけ言いに来ている血の気の多い人もいる。そう言う人は質疑応答の時間を今か今かと待ち構えている。


「では質疑応答に移りたいと思いますが、時間も時間なので、二、三名ほどにさせて頂きます。では質問のある方……」

 言い終わるのを待たずに二人が挙手し、続いて三名ほど手を上げた。

「では、真ん中の眼鏡をかけた女性の方、どうぞ」

 司会者がマイクを質問者に運ぶ。


「今回の施設の経済的な効果はどれくらいになりますか?」

「それは、隣接する市町村から排出される廃棄物もカバーできますので、その分の支援も得られ、必ずや村の発展に繋がります」


「住民投票の結果、反対が多数だった場合はどうなるのですか?」

「反対多数であった場合でも、法的には建設中止となる根拠にはならないのですが、結果は真摯に受け止めて計画していく所存でございます」


「では時間ですので、これで説明会を終わります」

 なんとなく、当たり障りのない質疑応答で終わってしまった感じが否めない。


「ちょっと待てよ!まだ質問が残ってるだろうが!住民の不安を取るためのものなんじゃないのかよ!」

 怒鳴りながら担当者の方へとドスドスと中年の男が歩み寄る。


「質問者を当てる時、目で合図送ってただろ!当たり障りのない質問を用意させたサクラなんじゃねぇのかよ!」

 周りいた警備員に進行を邪魔されながら大声を張り上げる。


「建設場所の森林で仕事をしているヤツはどうやって生活していけばいいんだよ!」

 怒りに任せた発言に対して、冷静に対応する担当者。

「あの土地の所有者はお前じゃないだろう。何故あそこで仕事をするのだ?」

 土地の所有権者についてはすでに頭に入っている様子だ。


「山菜がたくさん採れるんだよ」

「それはお前の仕事じゃないだろ。構っちゃいられん。行くぞ」

 ただの言いがかりのしか聞こえない返答に背を向ける。

「湧き水も綺麗で美味しいのに。それも無くなるなんて横暴だ!」

 行政の担当者と業者の取締役は振り返りもせず、足早に会場を後にした。


 マモルはこの説明会の一部始終を見ていた。質問で手を上げようかとも思ったが、注目され、住民ではないことがバレることを恐れて今回はおとなしくしていた。



 後日、住民投票が行われる。反対派の住民はほとんどこの説明会には参加していない。投票の結果、反対多数であっても法的根拠とならず廃棄物処分場建設が白紙撤回される訳ではないらしい。だが、反対派の住民は複数回にわたり集会を開き、意志を固め合っているのだった。


 それを知ったマモルは反対派住民の一人一人に話を聞きに行った。

 怪しまれないように、アンケートを取っているような形式で質問していく。

 初対面のマモルに対し、怪訝な対応をする人も少なくなかったが、真摯に答えてくれる人もいた。


「何故反対しているのですか?」


 反対派とはいえ、その理由は人によって様々だった。

 実際に自然が失われることを懸念する声や、環境が汚染される恐れがあることを理由とする人もいれば、町内会での付き合い上反対しなければ孤立してしまうという人もいた。自由に自分の意見を言うこともできない肩身の狭い思いをしている人もいるようだ。人付き合いは難しいものだ。マモルは改めて思った。


「廃棄物処分場を建設しないと、処分するところがなくなりますが、それについてはどうお考えですか?」


 この質問については、ほとんど同じような解答だった。


「他の場所に作ってほしい」

と。これはマモルの想定内の解答だった。たいてい、反対する人は自分達さえよければそれでいいという考えだとマモルは想定していたのだ。


「すみません、お言葉ですけど、反対するためには、それなりの代替案を提示するべきかと思うのですが」


 眉間にしわを寄せて面倒くさそうにマモルを見る住民に続けて言う。


「他の場所に作ってほしい、というのは、他の地域の住民はどうなってもいいという意味ですか?自分達さえ良ければそれでいい、と」


「そういうわけじゃ…」


「他の場所に作られたとして、自分達のゴミもそこで処分されることになる訳ですよね。それでいいんですか?」


「……」

 ここまで言うと、腹を立てて怒鳴ってくる人もいた。舌打ちして家の中に入ってしまう人もいた。今回の相手は、真剣に考えてくれている様子だ。マモルは続けて言葉を出す。


「例えば、自分たちはゴミを出さないから廃棄物処分場は必要ない、だから他の場所に作るべきだ、そう主張するなら理にかなってると思うんですよ。こういう考えについてはどうですか?」


「確かにそうね。でも、ゴミを出さないなんて、現実的に無理でしょ」


「いや、不可能じゃないと思いますよ。相当な努力が必要ですけど。食物残渣はコンポストで堆肥化する。紙類は古紙としてリサイクル。不要になったまだ使える物は、必要とされる人へ譲渡または安価で販売。故障した物はできる限り修理。使えなくなったものは分解して徹底的にリサイクル。そうすることで、限りなくゴミをゼロに近づけることができるはずなんです」


「あぁ、なるほどねぇ……、でも……」


「でも?」


「面倒ね」


 すべてのゴミをリサイクルさせるには、細かい分別が必要となる。それは決してたやすいことではない。それはマモルにもわかっていた。


「それができないなら、ゴミの処分場は必要なのではないでしょうか。処分場が無ければ、街がゴミだらけになってしまいますよね」


 住民は黙っていた。


「どこかで処分場が必要なのであれば、この村にあってもいいのでは。何か、不安要素があるのですか?」


「そりゃあるわよ。飲料水に変なものが混入したり、変な臭いがしたりするんじゃないかって。子供もいるから、不安にもなるわよ」当然でしょ、と言わんばかりに尖った口調になる住民に対し、これだから女性は苦手だ、とマモルは思った。それでも、話を聞いてくれた方だった。


 住民の意見を聞いても、やはり、他の所に作ってほしいという意見しかなかった。自分たちさえ良ければ、他の地域の住民はどうでもいいという考えに嫌悪感を抱く。


 一通り話を聞き終わった頃、マモルは「あっ!」と思わず声をあげた。

 うっかり、ボイスレコーダーの電源を切るのを忘れていた。説明会前に入れた電源が入れっぱなしだ。

 しまった。余計な電力を使ってしまった。乾電池であろうと充電式電池であろうと、無駄に電気をつかうことはマモルの生き方に反するのだ。

 ボイスレコーダーの電源を切ろうと胸ポケットに手をやる。


「ん?」


 あるべきハズのボイスレコーダーが無い。違うところに入れたのかと、ズボンのポケットに手をやる。やはり無い。顔を真っ青にしながら体中を触ってみる。どこかに落としたのか、周囲の足元をキョロキョロと見まわす。無い。


 ボイスレコーダーは主に金属とプラスチックで構成されている。それだけでも、使えていたものが自分の不注意でゴミになってしまうのは心が痛む。さらに電池が入っている。電池の液が漏れでもすれば、環境汚染だ。


 ボイスレコーダーをセットしたのは説明会前だ。それは覚えている。間違いない。確かあの時はトイレで用を済ませている間にセットした。説明会中は胸ポケットを確認したっけ?……したような、しなかったような。記憶にない。


 ズボンのポケットにはスマホはちゃんとある。スマホにもボイスレコーダーの機能は付いていた。いつもスマホのバッテリーを気にして、音声録音は専用のボイスレコーダーを使っているのだが、今回は後悔したマモルだった。


 とにかく、どこかに落としたのに違いない。辿ってきたルートを巻き戻すように逆順に進んでいく。足元を注意深く確認しながら、誰かに気づかずに蹴られてしまったかもしれないので、隅の方にも目を向けながら、足早に来た道を戻る。あれは十二時間は電源が持つため、無事ならまだ電源は入っているハズ。踏みつぶされたり水没していないことを祈りながら、探し回るマモル。途中、ゴミもたくさん目に入った。拾いたいのだが、今はそれどころではない。一刻も早くボイスレコーダーを探さなければ。罪悪感を抱えつつ、ボイスレコーダー探しに集中した。


 説明会会場まで戻ってきた。座っていたパイプ椅子はすでに片付けられている。無い。

 最後に確かに操作した記憶にあるトイレに入ってみる。説明会前にトイレで電源を入れたのだけは覚えている。だが、ここにも無い。

 落とし物として届けられているかもしれない。最後の望みを託し、施設の管理室に行ってみる。


「ボイスレコーダー?これかな?」

 管理人のおじさんが手に取って見せてくれた。


「あった!どこにありましたか?」


「トイレに置いてあったみたいだね。トイレの利用者が届けてくれたよ。トイレの音を録音してたのかい?危ない趣味だね」


 笑いながら渡してくれたが、見つかった安心感とは裏腹に、説明会の内容も何一つ録音できていなかった事実にがっくりと肩を落としていたマモルには愛想笑いで返すことしかできなかった。



 絶望に駆られながら、とりあえず録音データをパソコンに落とし、データを確認していく。音声が録音されている部分には波形が表れるのでそこを順に再生していく。たぶん隣の個室で用を足す音、カランカランと紙を巻き取る音、水が流れる音が繰り返されている。諦めかけていた時、最後の方に長めの音声が録音されているようだったので再生してみた。時間的には説明会が終わったくらいの時間だろう。

「予定通りですね」

「このままいけば住民投票での賛成多数も問題なさそうだな」

「仮に反対が多くても法的に影響無いってことも伝えられたし、全然気にしなくて大丈夫ですよ」

「廃棄物業者も、施設の建設業者も、この村もすべて潤うってことか。いいことづくめだ」

「村長も喜んでくれるでしょう」

「それより建設費の予算は大丈夫なのか?」

「それなら、今の仕様から何点か項目削除すればだいぶ余裕ができますし、その分を懐に入れることもできますよ」

「おぬしも悪よのう」

「はっはっは」

 二種類の声が交互に流れてくる。

 何かのコントなのか?とマモルは一瞬思ったが次の瞬間固まった。


「でも設備を数点減らすだけで数億浮きますからね。しかも仮に問題が発覚するにしても数十年後になるでしょ。その時は自分たちは定年退職の身だしね。それまで測定値をごまかせるよう測定業者もうまく丸めればいいんでしょ。楽勝ですよ」

「こらこら、滅多なことを言うもんじゃない。誰かに聞かれでもしたらおしまいだぞ」

「その辺は充分注意してますよ。大の方にも誰も入っていないし」


ボイスレコーダーの存在までは気づかなかったようだな。でもこれはどうしたものか。誰と誰の会話かははっきりとは分からないが、聞き覚えはある。この内容が事実なら大変なことになるんじゃないだろうか。



「これは村の担当者と、廃棄物処理業者の会話じゃないか」

「やっぱりそうだよな」

「お前は直接声を聞いてるんだろ?覚えてないのか?」

「いやぁ、ボイスレコーダーあると思って安心してたから、真剣に聞いてなかったってのがホントのとこだ」

「なんでそんなに偉そうに言ってるんだよ、ったく」

 マモルはユウジの部屋で、タダシに意見を聞いていた。


「で、これをどうするんだ?」

「そこで悩んでるから集まってもらったんだよ」

「住民投票はあるんだろ?どんな感じ?やっぱり反対派が多い?」

「いや、どうだろう。説明会の後、無責任に反対するのはどうか、ということを住民に言って回ったからなぁ」

「そうか、余計なことをしたな」

「いやいや、大事なことだよ。自分が出したゴミがその後どうなるか、を考えてもらういい機会だった。それとこれとは別問題だ。ちゃんとした設備を作ってもらわなきゃ」


 トクトクトクと自分のグラスにビールを注ぐタダシ。マモルは人に注いであげるという気遣いを持ち合わせていない。タダシもそれは承知している。


「その担当者と業者とのやりとりが、村長からの指示なのか、独断でやってるのか、で対策が変わってくるな」


「どうするつもりだ?」


「担当者の独断なら、担当者を殺す。村長の指示なら村長を殺す」


「短絡的だな。捕まるぞ。自分の人生をそんなことに掛けるつもりか?」


 確かに、とマモルは思った。まだまだやるべきことが残っているのに、こんなところで終わってはダメだ。まだ何一つ解決できていないのだから。


「じゃあ、どうするの?マスコミにでも送り付ける?」


「それも不安だな。権力者に握りつぶされる可能性もある」


「あと、処分施設の計画を白紙に戻すのがいいのか、正しく計画を進めさせるのがいいのか、というところでも対策が変わってくるよね」


「白紙に戻すとなると、処分施設ができるのが大きく遅れることになるよな。必要な施設なんだし、それはイタイ」


「必要な施設なのか?」


「ホントはすべてリサイクルできるのが一番いいんだけど、現実難しいし、やっぱり必要だと思う」


「ゴミオタクのお前が言うならそうなんだろうな」


「ゴミオタク言うな」

 マモルは水滴のついたグラスを手に取り、半分ほど残っていたお茶を一気にのどに流し込んだ。


「しかしさ、どうするよ」

 腕を組んで呟くマモル。

「とりあえず、今度住民投票あるのよね?それまでに住民を説得して反対過半数に持ち込むとかは?」

 舞がビール片手に意見を言ってきた。

 いつの間にか、舞とユウミも座っている。マモルが舞の顔を見ると「何よ」という顔をされ、ユウミをみるとニコッと微笑むだけだった。まあ、真剣に意見を出してくれるならいいか、とマモルは諦めた。


「反対過半数になったところで、法的な影響は無いって話だからなぁ」とマモル。


「でも、反対多数で計画が白紙になったり、再検討されたり、という事例もあったはずだよ」

 珍しくユウミも発言してきた。


「じゃあ、とりあえず住民投票までに反対派多数になるようにしないとな」

 タダシがそう言うが、マモルはうつむいたまま黙っていた。

 折角、住民の何人かを説得して賛成に流れるように取り組んできたのに、その逆のことをしなければならなくなるとは。そう考えると気が重い。少なくとも自分に対する信頼は砕け散るだろうなぁ。だが、そんなことは言ってられない。でも・・・。


 なかなか決心がつかず、悩んでいる。

「直接、担当者と話してこようかな・・・」

 ようやくマモルはうつむいたまま重い口を開いた。それは人に伝えるというよりは、独り言のようにも聞こえた。

「うん、村の廃棄物対策課の担当者に会ってくる」

 決心した様子だ。だが、不安な気持ちも拭いきれていない。


 そんな様子を見てタダシは

「大丈夫か?」

とマモルの顔を覗き込む。


「音声データを突き付けて、適正な施設を作ってもらえるように説得してみる」

 そんなこと自分にできるのかどうか確信はないが、このまま放置するわけにはいかない。自分がやらなければ、という使命感に従っている。先ほどよりは口調も強くなった。


「説得というより、脅迫に近い形になるんじゃないの?」

 舞は含み笑い気味に言う。どちらかというと状況を楽しんでいるようにも見える。


「う、うん。そうなっちゃうかもな。でもやるだけやってみるよ。ダメだったら次の手を考えるさ」


「でも、マモルひとりじゃ心配だな」

とタダシが言うと、

「じゃあ、わたしも一緒に行くよ」

とユウミが手を上げた。


「舞ちんも一緒にいく?お弁当作っていこうか」

 楽しそうに話すユウミに「何しに行くんだよ」と周囲からのツッコミが飛び交う。

 巻き添えをくらった舞はただ困惑していた。


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