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あくる日、ユウジの部屋。
「ところで、食べ残しの件なんだけどさ」と舞が口を開く。
前回の秘密会議で解決しなかった問題について、再度議論が始まった。
”食べ残し”ってのは多少論点がずれているように感じるマモルだったが、気にしないでおこうと思った。
「フードファイターに食べてもらうってのはどう?」
それよりも、何故またお前がここにいる?そう思うマモルだったが口には出さない。だが、顔には出ていたようだ。
「え?何その顔?あ、フードファイターってわかんない?えっとね、大食いする人達のこと。テレビでたまにやってるでしょ?大食い選手権みたいな。すんごい食べるのよ。信じられないくらい」
面倒くさいから勘違いさせたままでもいいや、と思い目の前の鍋をつつくマモル。
「あのさ、そのフードファイターに、食べ残しを食べさせるってこと?それって酷くない?」
「他人が食べた残り物だよね?衛生上問題あるかも」
「いやいや、それ以前に、食べ残しの予定があるところに呼んでおくってこと?」
「食べ残った時に電話で呼び出すのよ」
「依頼した人はフードファイターが来るまで待機してるってことね」
「なるほど。面白いけど、却下」
「え?なんでよお」
「現実的じゃないから」
「あとさ、聞くところによると、フードファイターって、たくさん食べた後って吐いて出してる人もいるらしいよ」
「ホントに?」
「全員がそうではないと思うけど、そういう噂を聞いたことがあるよ」
「それじゃあ問題外だな」
「まだ豚の餌にした方がましってことだね」
「フードファイターがいない方がいいってことか?」
「じゃあ、フードファイターを抹殺だな」
マモルが口を開くと、過激な発言が飛び出す。
「いやいや、なんでそう極端なんだよ。抹殺だなんて」
「っていうか、フードファイターにたくさん食べさせて視聴者をビックリさせるような番組作りに問題があるのかも」
「だったら、テレビ局を襲撃するか」
普通なら冗談として聞き流すことなのだろう。だが、タダシとユウジは「いやいや、早まるな、何か策を考えよう」と言って何とか考え直してもらおうと説得にかかる。
「マモルさん、冗談で言ってるだけでしょ?それをそんなに必死にならなくても……」と舞が言うと、タダシとユウジは真顔で舞を見て静かに首を横に振った。
ふとユウミを見ると、ちょっと困った顔をしながら同様に首を横に振っている。え?本気なの?舞はマモルの方へ目を向けた。左手でこぶしを作ったところに顎を乗せて何やらブツブツと聞き取れないくらいの声で呟いている。確かに、怖い。
「話を戻すとして、食べ残さないように、一人一人が気を付ければいいんじゃないの?作る時は人数を考えて、注文する時は食べれる量を考えて、って」
「普通の事なんだけどね。それができないからこういう現状に至ってるんだよ。例えば、客に料理を振舞う場合は、物足りないと感じさせないように提供するでしょ。その考え方から変えていかなきゃならないんだよ。簡単なことじゃないってこと、分かる?」
「食べ残しを罪にするとか。食べ残し罪。そのままだけど」
「国会議員になって法律を作れってか?そんな法案、与党からも野党からも大反発をもらいそうだな」
「その前に、そもそも人望ないんで国会議員になれないよ。選挙で落選するに決まってる」
「確かにな」
全員がうなずいた。
「なぁ、そこはさぁ、選挙が通るように盛り上げてやるよ、って言ってくれないわけ?」
「言いたいんだけど、こっちも人望ないからさ、無理でしょ」
「そうそう、まぁ、本気で選挙に出る気なら考えるけど」
「直接議員になるよりも、環境大臣とかにメッセージを送るとかでもいいんじゃない?」
「まぁ、それもありか。ダメもとで」
「そうそう、法律考えるのはそっちの専門家にまかせて、自分たちが何をできるかを考えようか」
「食べ物がありすぎるんだよなぁ」
マモルが呟く。
「余るくらいの食べ物があるから、感謝の気持ちを忘れてしまってるんだろうな」
消費期限切れで食卓に出される事もなく廃棄される食品も多い。家庭でも飲食店でもスーパーやコンビニなどの小売店でもそうだ。
半分溜息混じりで言う。
「戦争中や戦後直後くらいのように、食べ物が不足していれば、もっと大切に扱うんだろうけど」
もちろんこの中には戦争を体験して人はいないが、歴史の授業やテレビや映画などで見聞きしたことにより、ある程度は想像できる。
「現在で食べ物を不足させたらどうなると思う?」
「まず食糧の価格が高騰するね」
「そしてお金持ちが食糧を買いあさって市場に出回らなくなり、さらに価格があがるってことになるだろうね」
「結局金持ちが食べ残しするんだろうな」
「でも、一般市民は食べ残しはなくなりそうだね」
「だけど、そんな世の中、嫌だな」
ここにいる誰もが世界平和とは逆行しているようにしか思えなかった。
「逆に考えてみない?誰もが食べ残ししてもいい世の中っていうのはどう?」
「どういうこと?」
「みんな食べ物に困っていないってこと。食べ物がたくさん、安く手に入るんだ」
「今がそんな感じになりつつあるのかもね」
「食べ残しが普通になっちゃえば、勿体ないと思うこと自体が古い考えになってしまうでしょ」
「そんなこと許されない。ゴミは増える一方になる。食糧廃棄物が山積みになってどう処分するんだよ」
「ゴミの処分の仕方が解決すれば、大丈夫なの?」
そんな事考えもしなかったが、そういう解決策もあるのか?だがマモルの心のうちでは納得いかない思いが渦巻いている。
「他の国は?日本とか先進国だけじゃなく、他の国も食糧があふれているのなら、それもアリなのかも。いや、アリなのか?」
自問自答している。どんどん食糧を大量に作っていけばいいってこと?何かが違う気がしてならない。
「確かに、食糧については世界平和になるのかもしれない。でも、何か大事なものを失うような気がする」
物を大切にする気持ち。勿体ないという気持ち。食糧にしても食糧じゃない製品にしても、その気持ちは大事だと思う。
ましてや食糧は、基本的に動植物から作られるものだ。つまり命があるということだ。牛や豚や鶏や魚その他の肉や卵を食す。植物の実や根、葉、茎なども食べている。動物も植物も命があるのだ。その動植物から作られる食べ物を食べることで、栄養となりエネルギーとなり、生きていくことができる。そんな食べ物を捨てるなんて、命を無駄にしているにすぎない。
「やっぱりダメだな。大量の食糧であふれかえる世界は。ちゃんと命を大切にする世界にしていきたい。動物の命も植物の命も」
確かにそういう意味なら空腹を満たすだけの物であってはならない。できるだけ廃棄を少なくする必要がある。
だが、議論は振り出しに戻ってしまったことになる。
「あれって、ユウジさんのもの?」
部屋の隅にある本棚に、CDやDVDが並んでいたのを見て舞は尋ねた。
ほとんどがアニメや特撮などの子供向けのものに見えた。中でも特撮ヒーローものの主題歌CDが所狭しと並んでいた。舞が生まれる前に放送されたものからつい最近のものまで揃っている。
「もしかして、お子さん居たりします?」
ん?と、みんなは一瞬舞が何故そのような質問をするのかと思ったが、舞の目線を確認してすぐに理解できた。
「子供なんていないよ。これは俺のもの。好きなんだよ。ヒーローもの」
「へー、そうなの」
その場にいる誰もが、舞が完全に引いたのがわかった。
「いやいや、特撮ヒーローものをバカにしちゃいけないよ」とユウジは力を込めて語り始める。
マモルとタダシは、舞がバカにしたのは特撮ヒーローものじゃなくユウジの事だと思った。
「子供向け番組とはいえ、作るのは大人だからね。その大人たちがどんな思いで番組を作っているか考えたことある?いかにおもちゃに結びつけるかっていう商売魂ももちろんあるけれど、それよりも、番組を通して子供たちに何を伝えたいかってこと。愛とか勇気とか友情とか信頼とか、ね。仲間と手を取り合って敵を倒す、っていうありきたりな勧善懲悪ものなんだけど。子供に伝えたい、こういう風に育ってほしい、そういう願いが、子供向けの番組に盛り込められているハズなんだよ。大人になると、そういうものって忘れていくだろ?世間の荒波に呑まれてさ。騙されたり裏切られたり嘘ついたり、そうやって大人になっていくって言う人もいる。でも、僕は無くしたくないんだよ。小さい頃の気持ち、そして大人が子供に望んでいる想いを。大人の自分が手本にならなきゃならなきゃね」
前のめりになり、いつになく熱く語るユウジだった。ヒーローものへの愛情の大きさがはっきりとわかる。その気迫に舞は圧倒されそうになっていた。ユウジの口はまだ止まらない。
「主題歌は特に、どんなヒーローでどんな敵と戦うのか、という紹介だけで終わらず、何ていうか深いんだよ。番組の内容だけでなく、子供への想いが凝縮されているっていうか。聞いてると、その大切なものを思い出して、なんだか勇気がでてきたりするんだよ。そうそう、昭和の時代の主題歌は命をかけて世界を守る的なものが多いんだけど、平成になるとそういう表現が無くなるんだよね。命を大切にしてほしいっていう気持ちの表れなんじゃないかと思うんだけどね、それと---」
「お兄ちゃん、もうこっちも食べれるんじゃない?」
目が泳いでいる舞の様子を見かねたユウミが、ユウジの話を割って声をかけた。
「あ、ほんとだ食べよ食べよー」と箸を持つ舞は、ユウミに「サンキュー」と目で合図を送った。
だがユウジ自身はまだ全て伝えきれていないもどかしさに身体を震わせていた。
「ユウジはカラオケでもヒーローものばかりだからな」とタダシは助け船を出した。
「カラオケとか行くんだ。タダシさんはどんな歌を歌うの?」
舞はうまくヒーローの話題からカラオケの話題に切り替えることに成功したことでホッとした。
「フードファイターを呼ぶんじゃなく、食べたい人にたべてもらえばいいんじゃない?食べ残しだと分かったうえで、食べたい人を募集して食べてもらう仕組みを作るとか。売れない芸人や借金まみれで一日三食食べれない人にとっては、ありがたいシステムだと思うけど」
鍋をつついていると、また話が戻っていた。
「なに?例えば、食べ残しを写真撮って、SNSにアップして、近隣の食べに来れる人に募集をかけるってこと?」
「うん、そんな感じ」
「プライドを捨てた人なら集まるかもしれないけど」
「衛生上問題あるよね」
「それを承諾した人のみ、食べることができる。つまりは自己責任だな」
「人権的な問題も出てきそうな気がする。人を見下す人が増えるんじゃない?」
「でも、餓死するよりは、マシだという人もいるかも」
「そこまで苦しいなら、生活保護とか受けれるんじゃないの?」
「人に食べてもらうよりも、自分で持ち帰って食べるようにすれば?難しいことは考えず」
「タッパに入れてもらって、持ち帰ればいいんだ」
「もちろん、タッパも持参して、だよね。マイタッパを持って食事にでかけるってことで」
話が進んでいるようで滞っているのはいつものことだ。
「作りすぎるとゴミになるっていうのは、食べ物の話だけじゃないよね?」
「そうそう、そうなんだよ。すべての商品に当てはまるんだ」今度はマモルが熱くなった。
「売り場に並んでる商品って、工場で作られたものが店頭に並ぶわけだからね。陳列された商品が全て買ってもらえるわけじゃない。当然売れ残りが発生する。その売れ残ったものはどうなるか。安売りして買ってもらうこともあるかもしれない。でも、それでも売れない場合だってある。そういった商品は、モノにもよるけど、廃棄されるケースが多い。製造元に返却される場合もあるけどね。そこで再利用されるならいいんだけど、それでも廃棄される」
「需要よりも供給が多い場合ですよね。でも、供給より需要が多くなると、価格が高騰しちゃうわよ」
「流石経理の鬼、経済には詳しいみたいだね」
「え?これくらい一般常識でしょ」
ユウジとタダシは会話には入っていかないが顔を見合わせ、二人同時にニヤリと口もとを緩ませた。
「そういう廃棄物を無くしていくためには、受注生産にしていくしか無いんだよね」
「全部受注生産?無理でしょ、そんなの」
「まぁ、確かに現実的ではないね」
「小売店も無くなっちゃう」
「小売店は、いらないでしょ。ネットで注文すればいいし。まぁ、現存するお店はショールーム的なものになるかもね」
「はぁ」
「廃棄物を無くす、っていうか最小限にする為に、部品等を規格化して組み合わせることで作ることで、部品を無駄なく利用できるようになるわけ」
「ふーん。でも、それじゃ、新しいものを作れなくなるんじゃないの?規格だらけのものだと、新しい発想が生まれないような気がするのよね」
「いや、新製品の開発は別だよ」
ソフトウェア開発に携わっていたマモルは、ソフトウェアだけでなくいろんな製品の開発する大変さを知っていた。新しものを作るときは試行錯誤で失敗しては対策しての繰り返しをしていくものだ。
「じゃあ、新製品の開発については、廃棄物出し放題ってことなのね?」
「うん、いや、それでもできるだけ出ないようにしていかなきゃ、なんだよなぁ」
そういいつつも、どのような方法で廃棄物をすくなく新製品を作り上げればいいのか、見当がつかないマモルだった。
「ところで、お兄ちゃんとタダシさん、何笑ってるの?」
「いやぁ、舞ちゃんの口から”一般常識”って言葉が出たからさ」
「え?何?私が一般常識無いってこと?」
怒った口調になる舞。
「違う違う、そうじゃなくって。”一般常識”っていつもマモルが口癖のように言っていたから、それを舞ちゃんが言ったのがちょっと面白かっただけ」
「ああ、そういえば、確かに」とユウミも納得。
舞は自分が馬鹿にされたような、あるいはマモルと同じにされたことでか、モヤモヤとしたものが胸に残る。
ふと、テレビからニュースが流れた。
「・・・廃棄物最終処分場建設についての説明会が行われ、住民の賛否の投票が実施されることとなりました。かねてより住民の反対運動が過熱しており今後の行く末が気になります」
テレビから聞こえたニュースに敏感に反応したのはやはりマモルだ。
「住民の反対する気持ちも分からなくはないけど、最終処分場だって必要な施設なんだから、安易に反対しても仕方ないんだよな」
ブツブツと独り言のように呟いた。
本文中の会話が誰の言葉かわかりにくくて、申し訳ありません。
誰の言葉か、ということよりも会話のテンポを重視するためにこうなりました。
もっとよい書き方があれば変更していきます。未熟者故、ご容赦ください。