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ゴミくず  作者: 多田のぶ太
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 ユウジの部屋で、会議が行われようとしていた。

 テーブルの真ん中には、鍋が用意されている。

 十畳一間キッチントイレ付でバスは付いていない。木造二階建て、築四十年のアパートの二階、二〇三号室。鉄製の階段は人が通る度にガンガンと音がする。


「マモル、合コン行ったんだってな。どうだった?」


 タダシがマモルに問いかけた。


「おう、その話は止めてくれ」


 その返答で、撃沈したのだな、とタダシは悟った。


「まぁ、女なんて、いくらでもいるからな。噂じゃ世界に30億人くらいいるらしいぜ」


「確かにそうかもしれないが、30億の中で、独身の二〇代から四〇代の日本人、しかも俺の生活圏内に絞るとどれくらいになるんだ?ほんの一握りじゃないか?何の慰めにもならないよ。っていうか、女に構っている暇はないんだ。俺にはやらなきゃならないことがあるから」


 タダシはそれでよく合コンに行ったな、と思ったがあえて言わずにいた。


「そうだな、やらなきゃならないことがあるもんな。それで、どうだった?調査の方は」


「調査なぁ」マモルは深くため息をついた。


「先日、スーパーでさ、顔見知りの人がいたから、聞いてみたんだよ。トレイが付いている野菜と付いていない野菜があるのに、どうしてトレイが付いている方を買うのかって。そしたらなぜかキレちゃって」


「いったいどんな聞き方したんだよ」


「いや、そのまま普通に聞いたよ。そしたらリサイクルするからいいでしょ、とか言うんだよ。いや、そういうことを聞きたいんじゃないんだけど、と思って言葉を選びながら聞こうとしたら、既に相手は目の前から消えていたんだよ」


「お前が言葉を選ぶって、珍しいな。もしや相手は女性か?じゃあ、調査にならなかったってわけだ」


 そのとき、ガンガンガン、とアパートの階段を上がる音が聞こえた。


「ユウジが帰って来たのかな」


 ガチャっとドアが開いた。


「遅いぞユウジ」と声を掛けたが、ドアのところには想像とは違った姿があった。

「差し入れ持ってきたよー」と食材が入った袋を顔のところまで上げている。


 ユウジの妹のユウミだった。


「あと、友達も連れてきちゃった。さ、入って入って」


 ユウミの後ろから顔を出したのは、舞だった。

 舞とマモルは、お互いの顔に気づいた瞬間、指を挿しあい、声をそろえて「アッ!!」と叫んだ。


「ちょっと、話が違うじゃない!私帰る!」と背を向ける舞に対し、ユウミは「まあまあまあ」となだめる。


「ねぇ、あれがユウミのお兄さんなの?」とマモルを指さして尋ねると、「えー、違うよ。あれ?お兄ちゃんは?」


「ユウジなら買い出しに出かけてるよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないかな?」とタダシが答えた。


 舞は声の主の存在に気づいて、そちらを見る。目が合ったタダシは簡単に自己紹介。


「どうもこんにちは。タダシといいます」


 タダシは落ち着いた感じの素敵な男性、そんな印象を舞は受けた。


「こんにちは。舞と言います」

 外向けのちょっと高い声で舞は言った。

 それを聞いたユウミは「あ、タダシさんは、妻子持ちだからね」とくぎを刺す。

 舞はがっくりと肩を落とし、「やっぱり帰る!」とドアのノブに手をかける。ユウミは「まあまあまあ」となだめる。


「ユウミちゃん、無理に引き留める必要ないよ。だいたい何の集まりか知ってるの?」

ちょっとイライラした感じでマモルが言うと、舞は「冗談です。出会いを求めに来たんじゃなく、秘密の会議とやらに興味があって来ました」と言って鍋の前に座った。帰っていいと言われると帰りたくなくなる天邪鬼な性格だ。


「私だって食材差し入れしてるんだから、食べる権利はあるよね?」


「発泡トレイは食えないから鍋には入れるなよ」


「なっ!今日はトレイはありませんけど!」


 舞とマモルの言い合いを見て、タダシは「知り合いなの?」と聞くと「別に!」と二人声をそろえて言い放った。


「食材は私が選んだから。舞ちんには半分出してもらったの。あと運搬も」キッチンの方からユウミが言った。


「運搬って言い方やめてよ。半分持ってあげただけでしょ」


「ユウミちゃんが選んだならまあ安心か」


 キッとマモルを睨みつける舞。「おいおい」とタダシ。



 そうこうしていると、ドアが開いて「ただいまー」とユウジが帰って来た。

 部屋に見慣れぬ女性を見て、「どうも。ユウミの友達だっけ。兄のユウジです」と軽く挨拶した。

 舞は「あ、お邪魔してます」とにこりと会釈した。ユウジを見た舞は弱冠がっかりしたように見えた。本人はその気はないのだろうが、周囲の人にはそう見えた。ユウジの容姿も端麗とは言い難いものだった。体つきはいいのだが、イケメンとは言えない顔立ちだ。


「これ、買ってきたから。飲むよね?」と缶ビールが入った袋を鍋の横に降ろす。


「酒かよ。会議にならないじゃないか」


「飲んだ方がいい案がでるときだってあるもんだよ」


「あとこれも。酒のつまみに、と思って」とハムを出した。発泡トレイにパッケージされている。


「お前がこれかよ」がっくりと肩を落とすマモル。


「トレイは鍋に入れないでくださいねー」と舞。


「え?何々?」何が何だかわからないユウジ。


「まぁ、ハムは仕方ないか。普通トレイに入ってるしな」


「それはいいんだ」


「仕方ないだろ。俺が言いたいのは、選択の余地がある場合に、できるだけ発泡トレイのものを避ける、発泡トレイだけでなくゴミになるような容器包装を避ける、ってこと。ゴミを増やさないためにね」


「ふーん。感心感心。一人の人が頑張ってどうにかなる問題でもないと思うけど」冷ややかに舞は吐き捨てた。


「一人一人みんなが気を付けて、ゴミを削減することが大事だって……」


 カチンときたマモルが声を荒げているところに、言い終わるのを待たずに「まあまあ、それくらいにしておこうや」とタダシが割って入った。


 舞とマモルの出会った経緯(いきさつ)の一部を聞いた一同。

「でもマモルが合コンとは、珍しいな」


「別に好きで行ったわけじゃない。仕方なく」


「それはこっちも同じです」


「まあまあ。でも舞ちんとマモルさんが合コンで会ってるなんて、ね。世界はちっこいね」とユウミ。


「そういえば、舞ちん、この前ランチしたとき言ってた人って……」

とユウミが口にしたところ、舞は慌てた様子で首を横に小刻みに振って見せた。どうやら触れてほしくないようだとユウミは気づいて、「あ、ビールもう冷えたかな?」と席を立った。



 鍋がグツグツ騒ぎだした。


「あれ?マモルさんは飲まないの?」


 みんなが缶ビールを飲んでいるなか、一人だけウーロン茶を飲んでいる。


「こいつはカエルだから」とタダシが言う。


「え?カエルってどういうこと?」


「下戸だからな。下戸下戸。ね、カエルだろ」


 そこへユウジが割って入る。

「飲んでもゲロゲロ。やっぱりカエルだよね」


「食事中にやめろよ、ったく。これでも少しは飲めるようになったんだぞ」

「強がるなって。どうせビール一口飲んだだけで全身真っ赤になるんだろ」


 そういえば、合コンの時もお酒を飲んでなかったような気がする。あまり気にしてなかったから曖昧だけど。興味ないんで。だが少なくとも酒の強さについては、カエル男に勝ったと心の中でガッツポーズを作った。どんなことに対しても、舞は負けず嫌いだった。



 鍋に入っている食材も、いい具合に煮えてきた。

 それぞれがお玉と菜箸で器に取り分ける。客人にも割りばしではなく、洗って何回でも使える普通の箸が用意されている。ここで割りばしを使っていたら、嫌みたらたら言ってやろうと思った舞だったが、さすがにそんな隙はなかった。ゴミ拾いの件といい、自分の発言には自分なりに徹底しているように思った。



「で、秘密の会議って何なの?」

熱そうなつみれをふうふうしながら口に入れている舞。

そうそう、そのためにこんな場所に来たんだった。


この質問に、マモルは真顔で答える。

「世界平和のための会議だよ」

舞は思わず口の中のつみれをプッとそのまま前に飛ばしてしまった。

コロコロとテーブルの上を転がり、あぐらをかいているマモルの左膝の上に落ちた。


「あっやだっ、ごめんなさい!」

他の三人は、舞のリアクションを予想していたかのように、ニヤニヤ笑っている。

テーブルの上にはつみれが転がった軌跡がわかるように帯状に濡れていた。


「テーブル拭かなきゃ」と布巾に手を伸ばす舞。

「先に落ちたつみれをなんとかしろよ」と言いながら、マモルは落ちたつみれを箸でつまんで皿の上に乗せる。


「さあ、これをどうするか、だな」


「捨てればいいんでしょ」


「食べ物をか?世界には食べたくても食べれない人がどれくらいいると思う?そんな人たちの前でも同じことが言えるか?満足に食べることもできない人たちが大勢いるという現実から目を背けてはいけないんだ」


「じゃあ、どうすればいいのよ」


「それを考えるんだよ。そのための会議だ」


「だいたい、なんでこの時期に鍋なのよ」


「簡単だから。あと、残り物の食材を使うのにうってつけだしね。ってか舞ちん、話がすりかわってるよ」

 横から口を出してきたユウミをブスッとした顔で睨みつけた。確かに、この際それはどうでもいいことだったが、舞は何かに当たらなければ気が済まなかった。噴出した失態を鍋を企画した人のせいにしたかったのだろう。




「まずは、秘密結社のことから話した方がいいんじゃない?」


「俺たち三人は幼馴染なんだけどさ。ある時、こいつが言い出したんだよ。秘密結社作ろうぜって」


 

「世界中では戦争や飢餓に苦しんでる人たちがいるでしょ。日本にいたら実感わかないけどさ。時々報道されて知ることができるでしょ。それ以外にも環境問題とか少子化や高齢化の問題とか、問題が山積みなんだよ。それらを解決するにはどうすればいいかを考えたときに、少なくとも個人レベルではどうにもならないという結論が一つ出た、と。だったら仲間を募りましょう、ということで秘密結社を作ろうかって話になったわけ。

で、秘密結社を作るにはどうすればいいか、ということになってね。そもそも秘密結社って何なんだよ話になるわけ。「秘密結社」という名前の株式会社あるいはNPO法人をつくるか、つまり法に則って法人化すべきなのかってことで躓いてさ。ただそうすると、全然”秘密”じゃなくなるんだよね。

法人化せずに任意団体としてもいいんだけど」


 何を言ってるんだこの人たちは。舞はそう思いつつ口添えしてみた。

「法人化すると、作ったはいいけど運用は大変ですよ。決算やら確定申告やらで」


「さすが経理の鬼、朝浦舞!」とユウミが(はや)し立てるように言った。


「ちょっとやめてよ、その言い方」


「へー、経理やってるんだ」感心したようにユウジが言うが、タダシは別のところに食いついた。


「え?朝浦舞?朝浦っていうんだ」


「ええ、そうだけど」


「どこかで聞いたような…。朝浦舞、アサウラマイ、アサウラ…!」

ハッとしたタダシ。思わず叫んだ。

「マイアサウラ!」


「はぁ?何それ」


「マイアサウラっていう恐竜がいたんだよ。おおっすげーっ!アサウラマイ、マイアサウラ!」

 一人で感動しているタダシ。

 他のみんなは若干引いている。


「そういえば恐竜好きだったな、タダシは」と思い出したようにマモルが言った。

 タダシはそのフォローともいえる言葉も耳に届いていないのか、興奮冷めやらず一人で騒ぎたてている。


「舞ちゃん、貴重な存在だね。君は結婚したらダメだ。もし結婚するなら同じ苗字の人と。あ、夫婦別姓という手もあるのか。とにかく、朝浦の姓は変えないでよね」

 恐竜の名前と同じだから結婚するな、と?ふざけた事を言う人もいるもんだ。冗談だとは思うのだが、目が真剣で怖い。舞はそう思った。


「そういえば舞ちゃんさぁ、突然だけど」ユウジがしゃべり出す。

「マイ箸って持ってるの?」

「いえ、持ってませんけど」舞はうつむきため息混じりにそう答えながら、そっと箸に手を伸ばした。

 それを察知したユウミはユウジと舞の間へと急いだ。手にはお盆を持っていた。

「残念だなぁ。持ってたら本当のマイハシになっていたのに。舞だけに」

箸を握り振りかざそうとされた舞の右手を何とか掴んだと同時に、お盆で兄の額をガードしようとしたが、勢い余ってお盆がユウジの頭に大きな音を立ててぶつかった。

 だがなんとか兄の額に箸が突き刺さるのだけは阻止できたことで、一安心したユウミ。ふぅっと胸を撫で下ろした。


「なんで、お盆で殴られんだよぉ」

「あ、ごめんね、お兄ちゃん」


「ったく、何なの?ひとの名前で遊んでくれちゃって!」

 呆れかえったように周囲を見回す舞であった。



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