つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
好きな先輩に頼りたくて今日提出の読書感想文を何もやらずに行ったのに、先輩が手伝ってくれなさそうでしゅんとしちゃった後輩の話。
バレンタイン、結局渡せなかったなあ。
私はため息をついた。そして部室に着いた。
バレンタイン当日は、せっかく部活はある日だから登校したのに、普通に終わっちゃったし、昨日も普通に終わっちゃった。
「こんにちはー」
私は、窓の外をぼんやりと眺めている先輩に挨拶をした。
この部室にちゃんと幽霊でなく出現するのは二人だけ。
私と、先輩だ。
私たちの部活は、映画部……だった何かである。
人数が減ったので結局映画鑑賞部みたいになっている。
それでも、文化祭前は他の演劇部とかと協力して、映画を撮ったりするらしい。
らしい。というのは私はやったことがないからだ。
今年はとある感染症で文化祭が中止になったので。
「お、こんにちは、坂村さん」
窓の外を見ていた先輩は振り返り、笑った。
「今日はなんかすることありますか?」
「ないよ。映画なんか観る?」
「あ、いえ、私、やらなきゃいけないことが……」
「やらなきゃいけないことって?」
「今日締め切りの、読書感想文の課題です」
私ははっきりと言った。
これが、私の作戦。
先輩は、今こそだらだらしているけど、去年の文化祭では、映画の脚本とかも自分で書いていたらしい。
きっとすごく国語力があるに違いない。
だから、私が読書感想文で困ってたら、助けてくれるかなあ、なんてね。
「今日締め切りか。がんばれ。僕邪魔しないように静かにしとくわ」
あれ?
えええ、先輩との今日の会話、ないことになっちゃうよ下手したら。
作戦、失敗どころか逆効果だったなあ。
私はしょんぼりして、鞄から原稿用紙を取り出した。
しばらくすると、先輩が話しかけてきた。
「あ、よく見たらその本読んだな僕も」
「えっ、そうなんですか?」
私が読んだ本は、ごく普通の恋愛小説だと思う。
感想が書きやすそうだから、選んだ。
「読んだ読んだ。去年僕もね、読書感想文を書くために読んだ」
「そうだったんですか。私、この本結構、感想文書きやすそうだなって思って……」
「僕も同じ。ほんとに好きな本とかって、なんか恥ずかしくてさ、発表もしないといけないしな」
「そうですね。発表もありますもんね」
私は先輩にとても共感した。
自分がほんとに好きな本の感想文なんて書くと、その本が周りから見たら変わった本だったりしたら、私まで変わった人だと思われちゃうんじゃないかとか、そんなことを思って、相手からどう思われるかを気にしてしまう。
きっと私は、恋においてもそう。
先輩からどう思われてるかが、すごく気になっちゃう。
「先輩は、どんなこと感想文に書いたんですか?」
でも私は先輩と話していたいから、そう訊いた。
「えー、なんて書いたっけなあ。無難なことしか書かなさすぎて忘れた。でも、ほんとに思ってること言うなら、すげーなって」
「すごい、ですか」
「いやだってこの人たち、小説の中だからか知らないけど、好きな人に対して、めっちゃ色々行動してるじゃん」
「たしかに、それはすごいですね」
「だよな。僕はたぶん、好きな女の子が隣にいても、多分何も特別なことはできないでいるな」
「私も、そうですね」
私は、三百字くらい埋まっている原稿用紙を見つめた。
「先輩、あの、今度映画観たいです」
「そうだな。見ようか」
「あの、ここじゃなくて……映画館で観たいです」
「なるほどな。たしかにでかいスクリーンでも観たいよな。行こうか。今度」
「はい」
私は少しはずむように答えた。そして、沈黙がやってきた。
「暑くなってるきもするし、窓開ける?」
先輩がそう訊いて、私はうなずいた。
先輩が窓を開ける。
外からの風は、先輩と私を押すように、勢いよく入り込んできた。