第6話
ペンを持って大広間へと帰ってきた栗原は、そのまま壁の前に立ち、以前と変わらず側で円になって座っている一同の方を見た。それから壁と皆に交互に視線を彷徨わせながら躊躇いがちに、
「えっと、これ、どうやって書けばいいですか…? っていうか、私が書いて大丈夫ですか…?」
不安げに岡村や星野の顔を確認する。
「とりあえずさっきの話し合いで出たところを埋めていこう。っていうか僕が代わるよ」
星野はさっと立って栗原に近づき、彼女の手からペンを抜き取った。そして彼女に座るように促す。
「ほんとお前ら、付き合ってるみたいだな」
星野の栗原に対する丁寧な気遣いを見て、三年の河ヶ谷が何気なく言った。
「いえ、付き合ってないです…っ」
首を振って即座に否定する栗原。「いやまあ分かってるけどさ」と、河ヶ谷が返した。
「星野くんと瑠花ちゃんは幼馴染なんだもんね。昔からそんなに仲良いの?」
日賀が顔を綻ばせて星野に聞いた。栗原は元の場所に戻り、ちょこんと体育座りをする。星野は栗原の油性ペンのキャップを開けた。
「良かったと思いますよ。でも今は話を戻しましょう。とりあえず、『卵アレルギーである』のところに岡村先輩の名前を書いて、『部内に恋人がいる』のところに日賀先輩と六宮先輩の名前を書けばいいですかね?」
相変わらず真面目に、星野は一同の顔色を伺ってから紙にペンを走らせる。これで十個の項目のうちの二個が埋められた。しかし、その二箇所だけではまだ何も見えてこないままだった。
『春川のどかの死は自殺ではない。彼女を殺した犯人はこの漫画研究部の中にいる。
この中の一人は、犯人候補である。
この中の一人は、部内に好きな人がいる。
この中の一人は、春川に好意を寄せていた。
この中の一人は、春川の原稿を破り捨てた。
この中の一人は、卵アレルギーである。 …岡村
この中の一人は、部内に恋人がいる。 …日賀・六宮
この中の一人は、部費を横領したことがある。
この中の一人は、春川から好意を抱かれていた。
この中の一人は、コスプレが趣味である。
この中の一人は、この事件の真相を突き止めかけている。』
「うーん。もっとこの項目を埋めていきたいわね。本命は一つ目の犯人候補と、最後の項目だけど…」
「その他の項目も、怒らないから誰か出てきて〜って感じだけど…まあ、信用問題にも関わるしねえ。難しいなあ」
既に名前を書かれた岡村と日賀が唸る。二年の相羽は睨むように紙を凝視し、一年の西水は相変わらず俯いていた。
「僕たちがペンを取りに行っていた間は、何か進展はなかったですか?」
「何もなかったわね。一応前寺くんとか横井先輩たちにも話は振ったけど」
「そうですか」
岡村の返事を聞いて、星野はその場で立ったままペンの蓋を閉めた。
「あ、でも」
日賀が思い出したように呟く。
「恵実ちゃんは、重要なものには当てはまってないって言ってたね。河ヶ谷くんも、本筋には関わってないっていう言い方をしてたよ」
星野はそれぞれの方を見た。二人は無言で見つめ返す。その沈黙の中で前寺が、「あの、恵実ちゃんって誰すか」と、後頭部を掻いた。相羽がムッとして尖り声を出す。
「私よ」
「あ、相羽先輩っすか。すみません」
へこへこと頭を下げる前寺。そのやりとりに日賀が笑った。
「先輩の名前ぐらいちゃんと覚えててよね。…でも前寺くんの物言いも、あんまり自分は重要人物じゃないって感じだったわね。どうなの?」
仕返しのように相羽が前寺に質問をする。
「別に俺は言う必要も無いし言いたくもないんすよ」
「へえー」
あまり信用していないといった表情の相羽。星野はそんな二人の会話も注意深く聞き、なにやら考えているようだった。「重要なものには当てはまらない」「本筋には関わらない」などの微妙なニュアンスでも拾う日賀のように、もっと細かいところに着目すれば見えてくるものもあるかもしれない、と彼は思った。
※今回も読んでくださってありがとうございます。毎度更新が遅れてすみません。ハッシュタグ「#黒影をあなたに」の感想ツイート本当にいつでも待ってるんです。次からまた話が動くので、楽しみにしててください。 君鳥いろ