第4話
『卵アレルギーである』のが二年生の岡村香枝。『部内に恋人がいる』のが三年生の六宮光輝と日賀悠希のどちらか、もしくはその両方が当てはまるというところまで、一同の中で話が進んだ。六宮と日賀は、自分の役目を終えたかのように口を閉じ、次に誰か何を言いださないかと様子を伺っている。
「あの、話し合いで分かったところはこの紙に書いていきませんか?」
一年生ながら、先ほどから積極的に発言している星野の一声で、栗原が小さく手を挙げた。
「あ、じゃあ、私がペンを取ってきます」
あまり会話にも参加せず、ずっと三角座りでちょこんと丸まっていた彼女は、いざ立ってみても小柄な印象の少女だった。この大広間に筆記用具を持参していた部員はいなかったため、部屋まで戻る必要がある。小さな旅館とはいえ、深夜の暗い廊下や階段を栗原一人で歩かせるわけにはいかず、星野も続けて立ち上がった。
「僕も一緒に行くよ」
「二人ともありがとう」
岡村の声を背中に浴びながら、二人は襖を開けて廊下へと出る。この大広間は建物の二階に位置していたが、漫研部員が泊まる三部屋は全て三階だった。
「なんだか、こわいね…。急にこんなことになっちゃうなんて」
廊下を歩きながら、栗原が小声で言う。
「そうだな。まさか旅行でこんなことになるなんて思ってなかった。…まあ、二ヶ月前に春川先輩が亡くなった時もだいぶショックだったし驚いたけど…」
「…急だったもんね」
「うん。そう考えると、確かに他殺でもおかしくない気がしてきた」
「こわいよ、やめてよ」
栗原が怯えて星野を軽く睨んだ。睨むといってもその愛らしさは増すばかりなのだが、小学校からの幼馴染である星野にはもう見慣れすぎた光景だった。
星野と栗原は昔から家が近所で、小学校から大学まで全て同じところに通っていた。恋愛感情はお互いに全く持っておらず、兄妹のような関係がずっと続いている。家族同然であり、一番信頼の置ける異性の友達だった。
「瑠花は、さっきの話どう思う?」
星野が栗原のことを下の名前で呼んだ。栗原も、星野に対しては同じように呼ぶ。
「聡くんはいつもみたいに先輩たちの話の中心にいて、すごいなあと思った」
「そういうことじゃなくてさ」
真剣な星野は、褒め言葉をさらっと流した。階段を登り始めた彼女を気にかけながら、斜め後ろを一緒に歩く。
「先輩たちが話してた内容?うーん…」
階段を登りきったところで、栗原は立ち止まって振り返った。星野もつられて足を止める。
「岡村先輩は正しい気がするなあ。嘘とかつかなさそうな人だなあってなんとなく思うし」
「うん」
「でも、他の先輩は嘘をついていると思う」
「他って?」
「六宮先輩か、日賀先輩」
「そうだね」
彼女の言葉に星野も同意した。お互いに、確信を持っている表情だ。二人はその場に留まり、会話を続ける。
「私が先輩のこと好きなの、聡くんは誰にも言ってないよね…」
「もちろんだよ」
「じゃあ、他にそれを知ってる人って春川先輩しかいないんだよね…」
「春川先輩には、相談してたの?」
「うん…」
そういえば、と星野がさっきの会話を思い出す。日賀も、六宮と付き合っていることを春川だけは知っていたと言っていた。その件に関しては偶然春川に知られたような口ぶりだったが、この漫研の中で一番社交的で皆の中心にいた春川を、栗原が恋の相談相手に選ぶのは納得のいくことだった。ただ、星野からすればそれは誤った選択だった。ずっと栗原を見守っていて彼はなんとなく察してしまっていたのだ。栗原の想い人は春川のことを好きだったのではないかと。
「ってことはやっぱり、あのリストを作ったのは春川先輩と関係が深かった誰かなんだろうね。僕たちが知らないだけで、同じ二年生の岡村先輩や相羽先輩以外にも実は、特別仲良くしていた人もいるかもしれない」
頭では色々考えながらも、星野は栗原にそれを悟られないように返した。まだ彼女をむやみに傷つけるべきではないと思っていた。
「そうだね。先輩、誰と仲良くしててもおかしくないくらい素敵で憧れの人だったもん」
栗原が春川の死を悼み、切なげに呟いた。
二人はそれから栗原の荷物が置いてある部屋まで向かった。星野は筆記用具を足早に取りに行った栗原を部屋の前で待ち、一緒に大広間へと戻る。
「おかえり、ありがとう」と声をかけてくれたのも、行きと同様岡村だった。
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