第3話
「俺と日賀は、実は付き合ってる」
「えっ」
張り詰めた空気を破るかのように、 三年生の六宮光輝が宣言した。一同の視線が、同じく三年生の日賀悠希に集まった。日賀はそれを受けて頷いた。
「うん、私は光輝と付き合ってるよ。ごめんねっ、なんかこんな少人数の部活での部内恋愛って色々と気を遣わせちゃうかなって思ってね…。ずっと言うタイミング逃してたんだけど、まさかこんなことがきっかけでやっとみんなに知ってもらえるとはね…」
夜十時すぎの明るい大広間の壁際で輪になって座っている面々を見回しながら、日賀が眉を下げて謝った。
「いえいえ、別に謝ることはないですよ、先輩。でも全く気づきませんでした…」
「いや、一年生の星野が知らないのは分かるけどよ。俺も全く知らなかったぜ。三年間も一緒に活動してきたのになあ」
六宮と日賀のカミングアウトに一驚する星野や河ヶ谷の言葉に次いで、一年生の西水が呆然としながら「私もです…」と呟いた。二人の部内での交際は、それほどまでに周囲に悟られることがなく完璧に隠し通されていたようだった。
「このことはみんなが知らなかったみたいですね。私も、今初めて知りました。別に隠すことでもなかったとは思いますが」
と、進行役の岡村。これに対して日賀は、深妙な面持ちで答えた。
「このこと、のどかちゃんだけは知ってたんだ。…まあちょっと色々あって偶然バレちゃってさ」
日賀は「色々」の部分は俯きながら濁した。誰もその部分を言及しない代わりに、星野が日賀にこう尋ねる。
「でも先輩。亡くなった春川先輩以外にも少なくとももう一人、このことを知っていた人はいたってことですよね?」
その時、 それを聞いた全員が同じことに気づいた。そして真っ先に口に出したのは岡村だった。
「のどか以外にも、今回この紙を用意して壁に貼った人物は知ってたってことね」
「そうなると誰でしょうか…。春川先輩と仲が良かったのは、二年生の岡村先輩と相羽先輩だと思うのですが…。安易すぎますかね?」
星野がおそるおそる二人の顔色を伺う。岡村は呆れ顔で、「私が今こんな演技までして、ややこしいことするわけないじゃない」と反論した。相羽も、
「私も今初めて知ったわ。それに私だって、こんな面倒なことしないわよ」
と星野を軽く睨む。「すみません」と素直に謝り、肩を落とす彼をよそ目に相羽が続ける。
「でも、このリストを用意した人物って、ここに書かれている部員の秘密を全部知っている人ってことですよね?それってどうなんでしょう」
その意見に対し、各々がお互いに顔を見合わせた。
「立場的には三年生で部長の横井くんが一番知ってそうだけど、うーん」
「部長は会議の時以外、基本的にあまり部室にも来ないですからね。私は部長は違う気がします」
日賀や岡村の言葉を聞き、部長である横井はほっと胸を撫で下ろした。そのような安易な理由で疑われてしまっては、ひとたまりもない。
「この紙を用意した人物と、犯人候補を見つけるのが最重要事項ですけど、やっぱりそのためには分かるところからひとつひとつ紐解いていくのが近道なんじゃないでしょうか」
岡村の主張に星野や周囲の皆が頷いた。
「そうだね。とにかく私と光輝が付き合ってることは紛れも無い事実だから、その枠は埋まるんじゃないかな」
「だとすると…」
壁に貼られたリストを見て、岡村は首を捻る。『部内に恋人がいる』という項目は一つだけである。ということは、交際している六宮と日賀のどちらか一人は違う項目に当てはまる可能性が高いということだった。
「六宮先輩と日賀先輩のどちらかは、他にも当てはまる項目があるのではないでしょうか」
二年も年上の先輩二人にはっきりと提言した星野。六宮は一瞬眉をしかめてこう返す。
「じゃあどっちかが『部内に恋人がいる』で、もう片方が『部内に好きな人がいる』なんじゃないのか?」
すると今度は日賀がムッとした表情で六宮を見つめた。
「それじゃあ私と光輝のどっちかが片想いしてるみたいじゃない、どういうことよ」
「いや、だってそうじゃないとさ」
「何よ、何か私も知らないこと隠してるんじゃないの?」
先ほど恋人宣言したばかりの二人の間に険悪なムードが漂った。その他の部員たちは、対角線上に座っている両者を交互に目で追いながら静観している。その中で西水は一人、ぼうっと斜め下方向に視線を遊ばせていた。
「…でもよく考えてみれば、一人一つずつどれかに当てはまるというのは先入観なのかもしれませんね。もしかしたら二人で一つの項目に当てはまったり、一人でいくつかの項目に当てはまることもあるかもしれません」
岡村のそれが鶴の一声となり、六宮と日賀は一旦口を閉じる。直後、「でも、私はこれにしか当てはまらないからね」「俺もだよ」とお互いに怒りっぽく交わし、その場は収まった。
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