第2話
一番最寄りのコンビニに行くには、歩いて片道二十分もかかるような旅館。そこは山と海に挟まれており、外へ出ると道路を蟹が歩いている。今回の漫画研究部の夏旅行のテーマは、『まったりゆったり』だった。癒しと休息を求めてやってきたこの旅行で、仲間の死や不当な行いを探り合うことなど、誰も望んでいないことであった。
「じゃあ、分かるところから解き明かしていきましょう。この紙に書いてあるリストの項目は十個で、私たちは十人いるから、一人一つずつどれかに当てはまるんじゃない?」
岡村が相羽に確認する。「そうね」と頷き、相羽はそれぞれの顔を見渡した。
「でもこれさあ、結構みんな答えたくないやつじゃね?わりと繊細なことも書かれてるじゃねーか…」
ここで 三年生の河ヶ谷が口を開いた。耳にはピアスを開けており、髪も明るい茶色に染めている。漫画研究部には珍しい部類の男だった。
「まあ、確かに。この中でまだ堂々と宣言できるのって、卵アレルギーの人ぐらいなんじゃないすか」
「そうかもね。みんなに知られると恥ずかしい内容もあるかもしれないし、信用を失っちゃうこともあるかも」
「でも…」
前寺と日賀の考えに、星野が付け足す。
「それでも、犯人と疑われるよりかはマシなんじゃないでしょうか」
その通りだった。どんな気持ちを持っていようが、どんな不正を犯していようが、『殺人』に比べればなんでもないようなことだった。その反面、自分が殺人犯でないと自身の中で分かっている限り、わざわざ秘密を打ち明ける必要はないと感じるのもまた、大多数の者たちの本音であった。
「私は自分が何に当てはまるか言えます」
自信たっぷりに発言する岡村に、全員の視線が集まる。
「私は卵アレルギーですよ」
力強い物言いからして、その通りだろうと納得するような表情の西水や、今初めて知ったと言わんばかりの少し驚いた面持ちの相羽や日賀。星野が冷静に、
「他に自分こそが卵アレルギーだって方はいませんか?」
と、確認を取った。しかし岡村の言葉に反論する者はおらず、彼女が『卵アレルギーである』ということを全員が了承したようだった。
「そしたらまずは一つ分かりましたね。岡村先輩は卵アレルギーということで」
解き明かされた時のダメージが一番少ない項目がなくなったことで、一同の中には安心する一方で張りつめた空気が流れた。
「ごめんね香枝ちゃん。だからこの前、ご飯食べに行った時にオムライスは嫌って言ってたんだね…」
日賀が岡村に謝る。そんなことで謝らないでくださいという困った顔で、いえいえ、と岡村は横に首を振った。
「でも、これで岡村先輩は白だってことが分かったので、先輩を中心にお話を進めていけばいいんじゃないでしょうか…?」
栗原が小さな声で提案する。そのか弱い視線の先に、横井がいた。
「あ…そうですね。では、岡村さんにお任せしましょう」
一年生の女子に対しても丁寧な言葉で返答する横井は、この漫画研究部の部長である。その部長直々に任命された岡村に、一同の注目が集まった。
「じゃあ、ええと…。他に誰か、自分はどの項目に当てはまるかをこの場で言える人はいますか?」
先ほどのように、自ら己の秘密を明かす者はいなかった。この場では殺人容疑から外れて乗り切れるかもしれないが、この話し合いは旅行後の部での人間関係に大いに影響を及ぼすことは間違いない。時刻は夜十時を回っていた。
「なんか、アレすね。人狼やってるみたい」
前寺の呟きが、一同の沈黙を破る。たしかに、と各々が頷き小さく笑った。そしてまた皆黙り込む。
「…誰も名乗る人がいないなら、逆にこの人は怪しいって意見はないですか?」
そう言って周囲を見渡す岡村だったが、ここで容易に発言する者もいなかった。これでは話が一向に進まない。だが岡村には、誰が何を隠しているのか一向に検討がつかなかった。それほど今まで、部内恋愛の類の話は部で表面化することはなかったのだ。今回のリストの残り四つがそうであるというのに。
この沈黙の間、前寺は舌打ちをし、相羽は進行役の岡村を見て、栗原は周りの様子をちらちらと不安そうに伺った。横井は足を組み替え、西水は俯き、河ヶ谷は前髪を整え、星野は頭を働かせた。六宮と日賀は何度か目を合わせた。
そして、しばらくして意を決したように六宮が口を開いた。
「俺と日賀は、実は付き合ってる」
「えっ」
西水が素っ頓狂な声をあげ、周りの皆も驚いた。
※ご愛読ありがとうございます。感想ツイートや考察ツイートをもししていただける場合は、作者がツイートを見つけやすくなるので「#黒影をあなたに」のハッシュタグをつけてくださると嬉しいです。とてもとても喜びます。 君鳥いろ