第1話
『春川のどかの死は自殺ではない。彼女を殺した犯人はこの漫画研究部の中にいる。
この中の一人は、犯人候補である。
この中の一人は、部内に好きな人がいる。
この中の一人は、春川に好意を寄せていた。
この中の一人は、春川の原稿を破り捨てた。
この中の一人は、卵アレルギーである。
この中の一人は、部内に恋人がいる。
この中の一人は、部費を横領したことがある。
この中の一人は、春川から好意を抱かれていた。
この中の一人は、コスプレが趣味である。
この中の一人は、この事件の真相を突き止めかけている。』
「ねえ、これは何?」
先頭を歩いていた岡村香枝が、怪訝そうな表情で皆を振り返った。
これから酒を飲みながらゲームや恋バナでもして盛り上がろうか、と心を弾ませていた浴衣姿の一同が、大広間の襖を開けて最初に目にした光景がそれだった。旅館の一室の壁に張られた紙に印字されている、物騒な文言。S大学漫画研究部毎年恒例の夏旅行1日目を、朝、昼と楽しく過ごしてきた一同にとって、目の前の光景はまるでレクリエーションの一環であるようにも見えた。
『春川のどか』、彼女が今この場に居さえすれば。
春川はこの部の副部長であり、二ヶ月前、部室に遺書を残して亡くなった。警察が自殺と判断したため、誰もがそうと思い込んでいた。悔やみながら一緒に葬儀に参列した面々にとって、春川の死は乗り越えていかなければならない課題だった。今回の夏旅行は、その一歩目となる予定の行事だった。しかし、この張り紙によって、それぞれの脳内に彼女の死が呼び覚まされた。
「え、嘘・・・」
「なんだよ、これ」
「どういうこと?」
皆がうろたえ、顔をきょろきょろと見合わせる。その中で一人、一年生の前寺大智が不機嫌そうに舌打ちをした。
「誰なんすか、これ張ったの。しょうもないいたずらは止めてくださいよ」
しかし名乗り出る者は当然いない。前寺は再び舌を鳴らした。
「でも前寺、いたずらにしては酷すぎないか?」
「じゃあこれは事実だって言うのかよ」
「いや、それは違ってほしいけど・・・」
前寺に睨まれた星野聡がひるむ。星野もS大の一年生だ。次に、同じく一年生の栗原瑠花が怯えたような目をしながら、おそるおそる口を開いた。
「これって、本当なんですかね・・・?春川先輩が亡くなったのって、自殺じゃなかったんですか・・・?」
栗原のその言葉に、何人もの部員がごくりと唾を飲み込んだ。大広間に静寂が走る。三年生の日賀悠希が、「そんなわけないじゃないっ」と笑って茶化し、不穏な空気を破ろうとした。「だって、もし自殺じゃなかったら、のどかちゃんはさ・・・」その先に続く言葉に同意を求めようと、日賀は取り繕った笑みを携えて相羽恵実の顔をのぞき込む。たいして相羽は眉をしかめて、ひとつ年上である日賀に言い返した。
「だったら、この中の誰かがのどかを殺したってことですよね?」
相羽のはっきりとした物言いに、日賀の表情は強張った。
「春川先輩が、そんな、まさか・・・」
その傍らで、西水蘭が信じられないといった顔で呟く。彼女は一年生だ。眼鏡越しの、悲壮感にあふれた瞳は湿り気を帯び始めている。
「これが本当かどうかは知らないけど、この紙を貼った人物がこの中の誰かであることは間違いないわよね」
「確かに、岡村先輩の言うとおりです。その人が誰なのかを突き止めて話を聞くのが一番早い」
「でも星野君、この紙を貼った人物がこんな回りくどい手を使うのはなんで?のどかちゃんのことが知りたいだけなら、わざわざこんなことしなくても、目星をつけた本人だけに問いただせばいいんじゃないの?」
日賀のまっすぐな疑問に、全員が目をそらした。それぞれがその意味を自覚しているようだった。今回のこの場合の問題解決は、単に春川のどかの死が自殺かどうかを確認するだけではない。部員の中の何者かによってリストアップされた各々の弱みを、解き明かされてしまうことに直結していた。
「ねえ、このリストの内容は合ってるのかな?」
一同を見渡す相羽。うつむいている者がいれば、壁の紙をちらちらと確認している者もいた。
「少なくとも私は、この中のひとつに当てはまるけど」
全員を一瞥しながら、彼女は堂々と宣言する。すると呼応したように岡村も、「私もあるよ」と言った。続けて、
「ここに来てから一言も発していない先輩方はどう思いますか?」
と、三年生の横井賢斗・河々谷孝弘・六宮光輝に投げかけた。三人はお互いにぎこちなく顔を見合わせた後、黙って頷いた。
「じゃあ今日の夜は、これについて話し合いませんか?このまま宴会だなんて、とてもできませんし・・・」
星野の提案に全員が相槌を打つ。かくして、三泊四日の部旅行の中の初日の夜が始まった。