プロローグ
黒影をあなたにプロローグ
春川のどかは人気者だった。
彼女は春川がどうして自殺したのかは何度も考えたが、どうして殺されたかなどという発想に至ったことはなかった。文学部二年生の春川は、彼女たちの所属する漫画研究部でも才能を発揮しており、命を落とした数日前には「出版社から連載の誘いがきた」と嬉々として語っていた。交友関係も広く容姿も整っており、人当たりのいい春川は常にみんなの輪の中にいた。
それなのになぜ、と彼女が疑念を持ち続けていたのは事実だ。しかし、彼女は春川と同じ部に所属し、二十年近くの付き合いを続けてきた幼馴染であるのにも関わらず、堂々と「自分は春川の親友である」と名乗っていいのかと躊躇うことが少なくなかった。それほど、彼女は春川のことを理解しきれていない気がしたのだ。
彼女は、昔とは比べ物にならないほど絵が上達した春川の影の努力も知らなかったし、自殺した理由も知らないところにあったのではないかとすら慮っていた。そして、自分がもっと春川のことを分かっていれば、自殺という事態にはならなかったはずだという無責任な私意を脳内に巡らせていた。
ずっと疑問と後悔が渦巻くばかりだった。
…このファイルを、漫画研究部の部室で見つけるまでは。
彼女が偶然発見し、なんとなく中身を見てしまったUSBのファイル。その中には、春川の死を他殺だと疑っているであろう何者かによって、漫研部員それぞれの弱みが匿名で記されていた。そしてその内の一つにこう書かれてあったのだ。「犯人候補」と…。彼女はこれを見て一瞬唖然とした後、強烈な寒気に襲われた。それと同時にただならぬ怒りがこみ上げてきた。なんとしてもこの「犯人候補」を探し出し、春川が死ななければならなかった理由を問いたださなければならないと強く感じた。
次に現存する漫研部員十人が一堂に会するのは、夏の部内旅行だ。
そこで、全てを暴く。
彼女はそのままUSBを持ち帰った。
【部員たちの有効な弱み】
A 犯人候補
B 部内に好きな人がいる
C 春川に好意を寄せていた
D 春川の原稿を破り捨てた
E 卵アレルギーである
F 部内に恋人がいる
G 部費を横領したことがある
H 春川から好意を抱かれていた
I コスプレが趣味である