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23. だから、おはようイベントはいらないと


~次の日の朝~


「お嬢様」

「んー、眠い。まだ寝かせて」

「駄目ですよ」

「えーじゃああと5分…………っておい」


 布団を握りしめて飛び起きた。


「おはようございます」

「おはよ……ってそうじゃなくて!」


 まだ眠い目を擦って確認すると、フェルミーが凛とした佇まいでベッドの隣に立っていた。こいつはまた。


「なんでまた今日も当然みたいな顔で人の部屋に入って来たのかしら」

「全然お部屋から出てこなかったので」


 僕にプライバシーというものは存在しないのだろうか。彼の顔から察するに、そんなことは微塵も考慮していないらしい。全く。

 文句を言うのも馬鹿らしくなったので、それ以上の追及は諦めた。


「色々疲れてたの」


 そうとだけ伝えて枕に顔をうずめる。いくらか気持ちが楽になったような気がした。どうも昨日新しいスキルを使ったせいなのか、今日は妙に体が重い。


「それで?」


 枕に身をゆだねたまま、僕はもう一つの疑問を口にした。


「それで、といいますと」

「何日か姿を見なかったけど、どこに行ってたの?」


 何故かは知らないが、僕は一昨日も昨日も一人で帰宅していた。静かだしまあいいかと深く気にはしなかったけど、ヴァレッド率いるクラスメートに取り囲まれた時はさすがにいて欲しかったと後悔していた。あれ、でもそういえばその日の朝はいたような気が。

 フェルミーは「ああ」と小さく漏らし、相変わらずの抑揚のない口調で答えを口にした。


「シオン先生にちょっとお手伝いを頼まれまして」

「お手伝い」

「はい」


 お手伝いって……フェルミーは僕のお抱え執事じゃなかったのか。それなのにシオン先生のお手伝いって。別に、いいけどさ。いや、うん、いいんだけど。でもなんとなくモヤモヤするような。お手伝いっていったらリリェルも確か……

 意味は無いだろうがチラッとだけフェルミーの表情を確認した。


「お嬢様とのテスト勝負でリリェル様は最近忙しいらしく、代わりに自分が手伝いをと」


 そう言葉が付け加えられた。そうか、リリェルの代わりか。


「それはいい事をしたわね」


――なら仕方ない。フェルミー、君は立派に役目を果たしてくれ。


 僕はそれ以上考えることを止めた。


「ところでお嬢様。こちらからも一つ質問よろしいですか」

「何かしら?」


 フェルミーから質問とは珍しい。


「ヴァレッド様と関係を持たれたと」

「っ」

「お嬢様?」


 ああ、なるほどその話ね。でもその言い方は語弊があるな。


「ま、まあね。ちょっとね、ちょっと。そんな大したものではないのよ」

「お二人は元々非常に険悪な仲だったと認識していましたが?」


――あら、そうなの。


「お嬢様はよくあの方を『外見だけしか取り柄のない勘違い男』とかなんとかいつも言っていた気がするので」

「そう、だったかもね」


――見る目があるなぁ、僕が転生する前の悪役令嬢。しかし道理でやたら棘のある男だと思った。


「会えば公然と喧嘩を始めるような仲のお二人が、一体どうして急に?」

「いっ、色々あったのよ」

「色々ですか……」


 フェルミーがじーっと僕の顔を見つめた。無表情すぎて何考えてるか分からないけど、その二つの黒い瞳が僕を捉えていることは間違いない。なんだこの微妙な空気は。逃げたい。今すぐ逃げ出したい!



「そう、色々あるのだよフェルミん。ケンカップルは奥が深いのでね! そこを背景の一部になりながらニヤニヤと楽しむのがよろしい」



 救世主登場、ではなかった。コイツは。


「佐々木様」

「やあやあ、おはよう二人とも。たまには一緒に登校しようと思ってね。お迎えにきたよ」


 由宇さんだった。由宇さんがノックも何もせず、普通に扉を開けて立っていた。

 フェルミーといい由宇さんといい、こいつらなんで平然と人の部屋に入りこんでくるんだ。僕の部屋を村人Aの家と間違えてないか。そのうちタンスやツボも漁りはじめるんじゃないのか。


「そんな訳でさあ学校行こう、森田さん!」

「……出て行って」

「?」


 二人で顔を見合わせて、駄目だコイツら何も分かってない。


「聞こえなかった? 着替えるから今すぐ出て行きなさい!」

「だってフェルミん。お嬢様のお着替えだからね。ラッキースケベイベントはまた次回」

「由宇さんも出て行くの!」

「えー」

「えー、じゃない」


 ラッキーだろうがアンラッキーだろうがそんなイベント発生させてたまるか。


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