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21.ヘラり笑顔と苦い笑顔


「お疲れ様~♪」

「本当に疲れた……」


 由宇さんは当然のように僕の席で待ち構えていた。

 能天気に手なんて振っている。僕がさっきの作戦にどれだけ冷や汗を流したか知っているくせにこの人は。


「読み通りのスキルが発動したからよかったものの」

「うん、よかったね。大成功!」

「失敗したらどうするつもりだったんですか。ぶっつけ本番だったんですよ」


 ぶっつけ本番の一発勝負。これが冷や汗を流した最大の原因である。


「仕方ないよ。だってその能力、条件が特殊すぎてお試しで発動させるなんて難しかったんだもん」

「それはそうですが」


 昨日、僕は由宇さんとのやり取りで新スキル『独占』を習得していることが判明した。けれど試しに発動させてはいなかったのである。こんな時に限ってフェルミーも不在だったし。


――ヴァレッドに使った『独占』は本当にたまたま運よく成功しただけなんだよなぁ


「読みが当たってよかったよ。悪役令嬢で『独占』ときたらやっぱりこの展開かなって思ったんだよね」

「ぐう……」


 何がやっぱりなんだか。

 でも僕には由宇さんを責める権利はない。確かに能力の内容も発動条件も彼女が考察した通りだったのだから。

 それでも、それでもだ。


「失敗したら、僕はアイツの前で意味も無く突然告白するすっっっごく頭の悪い奴になるところだったんですよ」

「それはそれで絵にはなったと思うので良いかと」

「良くないの!」

 

 何が悲しくてあんな奴に告白しなきゃならないんだ。

 机に向かって叩き付けた手のひらがじんわりと痛い。

 彼女は顔色一つ変えずに遠くを見つめていた。


「んーまだ言うか」

「言いますよ。結果オーライで片付けるほど僕は……」

「でも森田さん、すぐに例の『学園の王子様』を対処したかったんでしょ?」

「っ」

「そんなに不安ならあと二、三日、せめてフェルミんに協力して貰えるまで待ってればよかったよね?」

「うっ」

「でも君はそれをしなかった。確かに『いいからやっちゃえ。なんとかなるなる~』って背中を押したのは私だけど」

「……」

「待てなかったのは森田さん、君デスヨ」


 ニヤリと彼女の口元がゆがむ。


「くっ」


 分かってる。

 本当は、ただ自分が『クラスメートが魅了されている状況』に我慢出来なかっただけだって。だって悔しいだろ。個人の意思が誰かに縛られるなんて。ようやく自分の運命を変えようと動き始めたリリェルの意思すらも、能力一つでうやむやにされるなんて。

 だから僕は危険な橋を渡った。僕が渡った。


「……すみません。まだ少し自分の行動に頭がついていけなくて」


 今までの自分なら諦めてスルーしていそうなことなのに、この世界に来てからはなんだか少し違う行動を取っているように思える。


「うんうん、いいよ」

「えっと、その……ありがとう」


 助言をくれたことなのか、こんな僕に愛想を尽かさなかったことなのか、はたまたそれ以外だったのか。口から出た言葉の真意は僕にもよく分からなかった。


「お嬢様のデレいただきました。よい、100点です」

「……」


 今のは聞こえなかったことにしよう。


「ああそうだ、でも――」

「なんだい?」


 やっぱりこれだけは言っておきたい。


「でも、せめてもう少し、ソフトな能力発動方法は無かったんですか」

 

 男に告白したり、それで周りの女子達に敬遠されたり、能力のためとはいえその状況は普通にメンタルに傷がつく。


「そうだねぇ」


――でも由宇さんの答えは決まってる。


「仕方ないね、だって悪役令嬢だから」


 だよね、知ってた。

 ヘラりと笑った由宇さんに合わせるように、苦い笑いを僕は浮かべた。



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