マスコット、潜入する
徴税官の提示した法外な課税に痺れを切らしたペルナ村はついに反乱を起こした。
てっきりそうだと思い込んでいたジンは己が勘違いしていることに気がついた。
「なんだ、俺の早とちりか。はは、面目ねえ……」
ムントからこれまでの経緯を聞いたジンは照れ隠しなのか頭をポリポリとかいていた。
ジンたち総勢7人の冒険者で連なる集団<銀翼の狩人>は、この周辺で主に活動しているCランクパーティであった。
冒険者というのは各地方に点在する冒険者ギルドを介して、依頼者から頼まれた任務をこなしたり、魔物や野盗の討伐を行い治安維持を務める者たちのことを指す。その依頼の大半が一般人ではこなすのは難しく、戦闘能力を有している者向けの内容なのだそうだ。
冒険者たちは頂点のSランクから、A、B、C、D、E、F、Gとランク付けされており、そのランクに応じて依頼難度や料金も変わる仕組みなのだそうだ。
Dランクともなればベテランの領域だと評され、彼らはそれより一つ上、Cランク相当の冒険者パーティということになる。中には若い女性や男の姿もあるが、その腕は確かなのだろう。
(ジンって人のLvは19かぁ。この人よりもエルの方が上なのか……)
ジンたちが村人から経緯を聞いている間、太助はステータス画面で冒険者や村人たちを観察していた。恐らくこのステータス画面は自分にしか見えない現象のようだ。そしてその引き金となるのはどうやら名前らしい。相手の名前さえ知る事が出来ればステータス画面を見ることが出来るのだ。
ちなみに彼らのリーダーであるジンのステータスはこうだ。
ジン Lv19
種族:人族
称号:Bランク冒険者
スキル:身体強化Lv3 剣技Lv2
エルと比べるとスキルの数は少ない。それにユニークスキルという項目は一切なかった。それは他の冒険者や村人も同じであった。
ちなみに他の冒険者のレベルは大体12~16前後でジン以外は全員Cランク冒険者であった。ジン一人だけ頭一つ分飛び出ている形だ。
一方村人たちはというと女性や子供は殆ど1~2程度で、男性は良くて5、ハンスは流石のLv10であった。
(こう見るとエルのLv21って結構凄いんじゃないのか?)
毎朝鍛錬をしているだけはあるのか、大人顔負けのレベルであった。
それにしても冒険者や村人含め全員の種族が人族で、エルと同じ翼人族という者は誰一人いなかった。珍しい種族なのだろうか。
(本当にこの子は何者なんだろうか?)
この世界のことを知れば知るほど少女の存在は浮いているように思える。最初こそあまり気にはしなかったが、幼い少女が一人森の中で生活しているのは、元の世界以上にありえない事であった。何しろこの世界には魔物が存在するのだから。
その後話し合いを進めたエルやペルナ村の人たちは、新たに冒険者たちも加え、その魔物が蔓延るという北の森へと踏み込むことを決めるのだ。
「申し訳ねえ、ジンさん。ペルナ村の為にこんな所まで……」
「気にすんな。村には何度も世話になってるからな。それに余剰分は山分けなんだろう?その嬢ちゃんの言うことが本当だとしたらかなりの大金だ。報酬はそれで十分さ。森の大蟹はちと厳しい相手だが、目を盗むくらいなら、まぁ何とかなるだろう」
ハンスの言葉にジンは笑って応えた。
事情を聞いたジンたち<銀翼の狩人>は、なんと金貨集めに協力してくれることとなった。元々徴税官の悪い噂を聞きつけて村の力になろうと駆けつけてきたのだ。これで村が救われるのならばとジンは進んで協力を買って出てくれたのだ。
「ジンさんたちが手伝ってくれるなら心強い!どうか宜しく頼みます!」
「おうよ!」
ハンスはやけにジンのことを買っていた。どうみてもハンスの方が年上に見えるのだが、彼がジンのことを慕うのには理由があった。
ハンスは元々王城勤めの兵士である。とはいっても王城に数多くある門の一つに配備されている門番にしか過ぎず、しかもあるトラブルが原因で退役し、故郷であるペルナ村へと戻ってきたのだ。
一応軍の訓練を受けていたハンスはそれなりの強さを誇っており、小さい村の中で少し天狗になっていた。そこへ現れたのがBランク冒険者のジンであった。
Bランクといえば王城の戦力で例えるなら騎士相当に値する。門番でしかなかったハンスとは偉い差であった。
それから何度か交流を重ね、腕もさることながら人当たりの良いジンにハンスは尊敬の念を抱くようになった。王城の騎士たちはどこかエリート意識が強く、いけ好かない性格の者が多かった。反面ジンは決して相手を見下さなかったからだ。
そんなジンたち冒険者が手伝ってくれるとあってかハンスは少しだけ舞い上がっていた。
因みに洞窟捜索のメンバーは太助、エル、ハンス、それと<銀翼の狩人>7人の総勢9人と1匹で挑む事となった。
「こっち」
一人場所を知っているエルが先導し、そのすぐ後ろを太助は付いていく。全体の指揮を執るジンは隊列の中央を歩き、殿はジンの他にもう一人いる戦士職の男が務めている。その男が口を開いた。
「しかしこの子に案内を任せて本当に大丈夫なのか?」
男の言葉に続いてジンがハンスへと尋ねる。
「こんな女の子に吹き飛ばされたんだって?本当かよ……」
「俺を吹き飛ばしたのはこいつですよ!まぁ他の連中はこのチビっ子に伸されちまいましたが……」
ハンスは太助を指差して返答をした。
最初は、こんな幼い子を森の中へと連れて行くなど反対だとジンは主張したが、目的地である森の大蟹の棲家を案内できるのはエルしかいなく、渋々同行を許可したのだ。
「ほお、そりゃあすげえな。ぜひうちに入って欲しいくらいだ。有望な新人は歓迎だ」
(おお!?これは思わぬ形でエルの保護者候補が見つかったか?)
村の今の状況ではとてもではないがエルの面倒を見るというのは難しいだろう。だが冒険者ならばどうだろうか。確かに危険と隣り合わせで楽な仕事ではなさそうだが、このジンという男はなかなかに信頼できそうだ。短い時間ではあるがそれは村人たちとの付き合い方を見ても明白だ。
「それにハンスさんを吹き飛ばすとは、ええと……トビスケ、だっけ?この魔物もなかなか戦力になりそうね」
そう言葉を発したのはローブに身を包んだ女性冒険者カーナであった。歳は生前の太助と同じくらいか少し上だろうか。見るからに後衛職といった装いだ。
(いかにも魔法とか使いそう。だって杖持ってるし)
太助はまだこの世界に来て魔法というものを見たことが無い。出来るならこの機会に見ておきたいと思っていた。これは期待できるのではないかと、太助は不謹慎にも胸を躍らせていた。
「こっち」
エルの案内に従って一行はどんどん森の奥へと進んで行く。すると突如森の中に霧が立ち込めてきた。
「ちっ、またこれか……。この森は何時もこうだぜ」
「霧さえなければこの森も、もう少し楽に探索できるんだが……」
ハンスやジン曰く、どうやらここ北の森の深部は日常的に霧が立ち込めているらしい。だが太助は二人の会話を聞いて“おや?”と疑問に思った。
(霧なんて俺がいた時は全く出ていなかったけどなぁ……)
ジンたちの悪態や太助の疑問を余所に、エルはどんどん奥へと進んで行く。
「お、おい嬢ちゃん。あんまり一人で進み過ぎるな」
「そうだぜ。これ以上先は慎重に進んだ方が良い。あちこちから魔物の気配がプンプンするぜ」
斥候役である小柄な男ウェズがそう警告を発する。確か探索職と呼ばれる特殊な職業で、敵や罠の索敵・解除に特化しているのだそうだ。
魔物の気配は至る所から感じられ、探索職でなくともこの場が危険であるとすぐに理解ができる。
「やはり北の森は厳しいか?ちょっと魔物の数が多そうだ。一旦引き返そう」
そう提案するジンであったが、エルはそれを聞き流して一人どんどんと進んで行く。
「おい、待て!」
「大丈夫。このまま進めば霧も気配も消える」
「な、何?」
訊ね返すジンを無視してエルは歩みを止めずに突き進んで行く。仕方が無いので太助もここはエルを信じて付いていく。
「あー、くそ!カーナ、エリー、何時でも魔術を放てる準備をしてくれ!ドアン!何かあったら嬢ちゃんを優先して守れ!他は俺とニックがカバーする」
「「「了解!」」」
「任せてくれ!」
予期せぬ事態にも関わらずジンは冷静にパーティメンバーへと指示を飛ばす。これぞBランク冒険者の風格といったところだろうか。少なくともパニック状態のまま戦闘とはならずに済みそうだ。
(俺も自分とエルの心配をしよう。それにしても霧で視界が悪いな……ん?)
するとあら不思議、先程まで数メートル先も見えなかった濃い霧があっという間に晴れたのだ。いや、晴れたというよりかは消失したと表現するのが正しいのだろう。まるで狐にでもつままれたような気分だ。
「一体どうなってるんだ……霧は?魔物の気配は?」
「あれは結界で作った幻影。きちんとしたルートで入ると消える。お爺ちゃんがそう言ってた」
「結界!?広範囲に影響を与える大魔術じゃない!あれが結界で作った霧だって言うの!?」
魔術師であるカーナは信じられないといった表情でエルへと尋ねた。
「あまり詳しく知らない。結界は私も習ってない」
「習ってないって……。あなたのおじい様、一体何者なのよ……」
「お爺ちゃんはお爺ちゃん」
どうやらエルも自分の祖父の詳しい素性を知らないようだ。この分だとお爺ちゃんとやらの名前すら知らない可能性も考えられた。
「まあ、今はそこを詮索しても仕方が無い。それより先へ進もう。嬢ちゃん、引き続き案内できるか?」
「ん、先にうち寄りたい。武器取ってくる」
どうやらエルもかなりやる気らしい。太助としてはあまり危険なことに首を突っ込んでほしくはなかったが、自衛のためにも武器を持つことには賛成だ。
「よし。それじゃあエル嬢ちゃんの家で休憩してから向かうとしよう。ここからどのくらいの距離なんだ?」
「んっと……太陽があそこまで進むくらい?」
「あー、よく分かんねえが、とにかく日が暮れる前には着くんだな?」
ジンの言葉にエルは頷く。どうやら時間の概念も教わっていないようだ。ところどころで常識が抜けている子であった。
「着いた。ここエルの家」
一行がエルの家に着いたのはあれから四時間後であった。森暮らしのエルや一度来た事のある太助はともかく、初めて訪れた森の深部に気を張り続けた他の面々は心身ともに疲れきっていた。
「嬢ちゃん、今日はここに泊めてもらってもいいか?流石に疲れちまった。洞窟とやらに行くのは明日にしよう」
ジンの提案にエルは黙って頷く。全員その意見に賛成のようだ。
結局今日はエルの家に戻るのが精一杯で、本格的な活動は明日行うことにした。
(朝早くから鍛練か。元気だなぁ)
今日もエルは様々な武器を手に取っては、素振りをして汗を流していた。これには現役冒険者たちも舌を巻いていた。
「こりゃあ見事なもんだ」
「ハンスがやられたってのも納得だな」
「だから俺がやられたのはコイツですって!」
一通り武器の素振りを終えたエルは長い髪を鬱陶しそうに払うと、着ているシャツに手を掛けた。男どものいる前で裸になる気だろう。
(そう来ると思ってたぜ!)
太助は素早くエルの前に現れると、予め手に持っていた布を広げて男どもから少女の裸体を隠す。
「ちょっとエル!?駄目よ、こんな所で服を脱いじゃぁ」
カーナが注意するとエルは不思議そうな表情を浮かべる。
「?汗、気持ち悪い。服着てたら水浴びできない」
「いい?女の子の裸は男に気安く見せるものじゃないの!裸になるのなら男どもの見ていない所でしなさい」
「……そういえば、お爺ちゃんがそんな事言ってたかも……分かった」
どうやらカーナの説得は上手くいったようだ。これでひとつ心配事が減った。
「それにしても、この子本当にお利口ですね。中に人間でも入ってるんじゃないかしら」
もう一人の女冒険者エリーゼ、仲間からはエリーと呼ばれているシスター服の女性は太助を見ながら、かなり真相に近い発言をする。だが実に惜しい。今の太助は着ぐるみの中に入っているのではなく、着ぐるみそのものなのだ。
(しかしお嬢さん。マスコットにそれは禁句だよ。中身なんて無い。いいね?)
太助の心の声を余所に、カーナもエリーゼの言葉に賛同してこちらを間近で観察する。
「ほんと変わった魔物ね。一体どこから来たのかしら」
(異世界からです)
エリーゼやカーナの問いに心の中で返答する太助。悲しいかな、返事をしようにも今の自分ではチュンチュンと囀ることしかできないのだ。
「どうだっていいだろ。それより準備が出来たら早速出発するぞ!」
今日こそ森の大蟹が棲んでいる洞窟へ向かうのだと一行は息巻いていた。
「嬢ちゃんの武器、それかよ……」
「ん、威力抜群」
年端のいかない少女が選んだ武器は何と大きな戦斧であった。柄から刃の部分までエルの身長分はある巨大な斧だ。
「まぁ蟹ってのは硬いって相場が決まってるからなぁ。破壊力の高い斧はアリだな」
「かにって何すか?ジンさん」
内陸暮らしのハンスは森の大蟹の名を知ってはいても、どうやら蟹自体を知らないようだ。
「海とかに棲息している皮の硬い生き物だ。それと中の身は美味いらしい」
「へぇ、もし森の大蟹を倒せたら是非村に持って帰りたいところだな」
「ちょっと!?森の大蟹と戦う気はないわよ!?あくまで見つからないようにこっそり洞窟に潜入してお宝を盗ってくる作戦でしょう?」
そう、相手は海にいるただの蟹ではない。ジンたち冒険者の話では体長4、5メートルもある四本のハサミを持った森に住む巨大蟹だそうだ。その討伐難易度はBランク冒険者であるジンですら相手にするのが困難なAランクなのだそうだ。
いくらペルナ村の危機だからといって、そんな化物と正面から戦うには命が幾つあっても足らない。そこで考えた作戦は、何人か囮となって森の大蟹を誘き寄せ、留守の間に別働隊が洞窟内部に潜入してお宝を盗ってくるというものであった。
(なのになんでエルの奴、あんな大きな斧なんか持ってきたんだ?)
あれだけ重量のある得物だと、逃げるにしても誘き寄せるにしても移動に不向きだと思うのだが、そう思えるのは自分が戦いの素人だからだろうか。
「着いた。あそこ」
そんなことを考えている内に一行は例の洞窟とやらに辿り着いた。
「どうだ?ウェズ。いるか?」
「……ああ。大きいのが一匹、他にも二匹……少なくとも三匹はいる」
探索職であるウェズは洞窟の外からでも中の様子を伺える術があるのか、洞窟内に複数の気配があることを告げた。
「よし、作戦通りだ。俺とウェズ、案内役の嬢ちゃんにこの珍獣の四人……三人と一匹で洞窟に忍び込む」
「……ねえ。本当にこの魔物も連れて行って平気なの?足手まといにならない?」
ジンの作戦にカーナが水を差す。彼女の言葉に太助は少しムッとするも、すかさずジンがフォローをしてくれた。
「戦闘能力の方は問題ないだろう。それに……嬢ちゃんがどうしても連れてきたいっていうから、仕方ねえだろ?」
「うーん、まあ魔物にしては頭良さそうだし、むやみに騒ぐこともないかしら……分かったわ」
何しろここの洞窟はエル以外誰も入ったことがないのだ。潜入メンバーに案内役のエルは絶対欠かせない。その彼女がトビ助を強く推す以上、カーナはこれ以上文句を言えなかったのだ。
「それよりそっちも色々と大変だぞ?何しろAランクの化物どもを引きつけておくんだからな?」
「分かってる。それより連中、本当に動きは遅いのよね?」
「ん、横は早い。それ以外の動きは遅い。泡に注意する」
森の大蟹は横歩きは素早いのだが、それ以外の方向、つまり前後の動きが遅いのだとエルは指摘する。つまり相手の向きに気をつけながら逃げれば割と簡単に撒くことができるのだそうだ。ただし口から泡攻撃をしてくるそうなので注意が必要なのだとか。
(泡攻撃ってなんだ?あんまり怖そうには思えないが……一応注意はしておこう)
ここから先は命懸けの作戦だ。一行は無駄なお喋りを止めると、パーティリーダーであるジンがジェスチャーで他の冒険者たちへと指示を送る。
皆からはケリーと呼ばれている射撃職のケーリッヒが位置へと付く。彼の得物は弓であった。他にも魔術を扱うらしいカーナとエリーゼが後方で待機をし、そんな彼女らを守るかのように前衛のドアンとニックが武器を抜き前へと出て、ハンスも遅れて槍を構える。
「よーし!作戦開始だ!」
リーダーであるジンの言葉にまずはウェズが行動を起こした。懐から何やら筒のような物を取り出すと、洞窟内部へと放り投げた。その直後―――
―――パアアンッ!
軽い炸裂音が響いてきた。どうやら爆竹かなにかだったのだろうか。それを投げ込んだ本人はすぐさまジンやエルたち潜入班が身を隠している岩の裏側へと逃げてきた。
「来るぜ。三匹ともご登場だ」
小声でウェズがジンへと報告する。彼の発言を裏付けるかのように洞窟入口から巨大な何かが蠢く音が聞こえ出した。そしてウェズの言葉通り、巨大な蟹が二匹と更に大きな蟹が一匹姿を現した。
(で、でけぇ!あれが森の大蟹!?)
この森で遭遇したクマよりも大きな蟹。そしてその大蟹の中でも一際大きな蟹がハサミを音立てて威嚇を始めた。どうやらあれが森の大蟹の親なのだろう。子供だと思われる他二匹も十分脅威となる大きさだ。
(あんなの倒せる訳がねえ!)
流石は討伐難易度Aといったところだろうか。とてもではないが人の身で倒せる存在とは思えなかった。あんな映画で登場するような大怪獣、ロケットランチャーでもなければ撃退など不可能だろう。
だがここは魔法が存在する異世界。重火器は無くても人類には魔法という武器があった。
「―――氷槍!」
カーナの言葉とともに氷の槍が大蟹へと飛来した。
「ピギャアア!」
氷の槍は一番大きな蟹の胴体に突き刺さろうとした。着弾した瞬間森の大蟹は悲鳴を上げる。だが大蟹の甲殻はよほど硬いのか、傷つけこそするも、氷の槍を砕いてしまった。
直後、ケリーが放った矢が飛来するも、こちらはダメージすら与えられずに弾かれてしまった。
「くそ!やはり硬いな!」
「おい、化物!こっちだ!」
ケリーがそう悪態をつき、戦士職であるニックが大声を上げた。標的を視認した森の大蟹は三匹ともニックたちの方へと横歩きで進んで行く。
「―――石槍!」
そこへ横から追加で魔術らしき攻撃が飛んできた。今度は石の槍が大蟹を貫かんと襲い掛かった。
「グギャアアッ!」
さっきよりも効いたのか、一番巨大な森の大蟹は悲痛な叫び声を上げた。
「ほら!余所見をするな!お前らの相手はこっちにいるぞ?」
今度は別方向から守衛職であるドアンが大蟹の気を引こうと声を出した。大蟹は慌てて方向転換をし、今度はドアンとその後ろにいるエリーゼたちの方へと横歩きで迫ってくる。
「よーし!散れ!」
ここまでくれば大蟹たちの気を引くという彼らの役目は十分果たした。後は出来得る限り洞窟から引き剥がして逃げ続けられれば任務は完了だ。囮役であるハンスや<銀翼の狩人>のメンバーたちは交互に魔術や矢、それに大声を出して森の大蟹を誘導していく。
暫くすると洞窟前はすっかり静かになった。
「……よし。カーナたちが引きつけている間にとっとと内部へ潜入するぞ。嬢ちゃん、最短ルートで例の場所へと案内頼むぜ」
「ん」
太助にエル、ジンにウェズの潜入班四人は森の大蟹が棲家とする洞窟内部へと踏み込んでいった。