マスコット、少女と旅立つ
普段見慣れた森の中をエルは不思議な魔物トビスケに連れられてひたすら歩き続けていた。
(どこまで行くんだろう……)
てっきりすぐ近くだと思っていたのだが、どうやらトビスケが案内したい場所はもっと遠くの場所のようだ。こんなことなら念の為武器でも持ってくれば良かったかと考えるも、例の余所者相手でなければ素手で十分かとエルは思い直した。
それにしてもトビスケは不思議な魔物であった。
見たこともない容姿。鳥のようにも思えるがどうやら飛べないようだ。あのお腹ではそれも無理だろう。足も鈍足のようだ。こんな魔物がよく連中に食べられずに生き残っていられたものだとエルは呆れていた。
(でも、賢い)
ただ彼はとても頭が良かった。エルの言葉を理解できるのか、話すことこそ出来ないものの意志疎通をしあえるのだ。こんな魔物は今まで見たことがない。
“知能の高い魔物は非常に強力じゃ。注意するのだぞ!”
もう半年以上も帰って来ない祖父がそう話していたのをエルは思い出す。きっとトビスケには他の魔物にはない力があるのかもしれない。あの不思議な食べ物が一杯出てくる箱にしてもそうだ。あんな美味しい物エルは生まれて初めて味わったのだ。以前祖父が都会から買ってきたパンという食べ物に少し似ているようだが、それとは段違いの美味さであった。
(……あ)
そんなことを考えていたエルだが、いつの間にか見慣れない所まで来てしまった。
“いいか、エル。ここより先は決して出てはならんぞ?これはお前の為なのじゃ”
またしても祖父が口にしていた言葉を少女は思い出す。祖父は小屋からある一定以上の距離出ることをエルに固く禁じていた。見慣れない景色だと思っていたらいつの間にか禁止されていた領域を過ぎてしまっていたようだ。
だが祖父はこうも言っていた。
“……もし万が一、儂が死んだら、お前の好きに生きるがいい”
そう言い残したのは祖父が家を出る直前のことであった。それから半年、祖父は帰って来ない。最初はあまりの寂しさに涙を流したものだが半年という時間の経過は少女を成長させるのには十分であった。
(……もう、いいよね?おじいちゃん)
エルは生まれて初めて自分の意志で領域の外へと踏み出すのであった。
二人で森をひたすら南下すること五時間、ようやく目的地へと辿り着こうとしていた。
「トビスケ!あれ……!」
エルは初めて見る村が珍しいのか指差して尋ねてくるも、自分は囀り声を上げるしかできなかった。
(エルはこの村初めてなのか?しまったなぁ……)
小屋の一番近くにあると思われるこの村になら、もしかしたらエルの事を知っている村人がいるかもしれないと考えての行動だ。だが少女の様子を見るにそれも期待できそうにない。どうしたものかと思案する太助であるが、あまり良い考えは浮かんでこなかった。やはりここは出た所勝負しかあるまい。太助は考えるよりも先に行動に出るタイプであった。
もう目的地までは目と鼻の先だ。ここまで来ると村の方でも二人の接近に気が付いたのか、どうやら出迎えてくれるようだ。槍やら鍬やらを持った村人たちが慌ただしく村の門へと集まっていく。
(―――違う!これ、迎撃されるパターンだ!)
今の自分の姿はデカいスズメの化物だ。これが現代日本であるのなら着ぐるみとでも思ってくれるのだろうが、魔物も蔓延るこの異世界ではどうやら村人たちには刺激が強すぎたようだ。
「魔物め!これ以上好き勝手させねえぞ!」
「見ろ!女の子が一緒だ!」
「君、早く逃げなさい!」
「くそ!喰われる前に助けるぞ!」
村人の一人はそう声を荒げると、太助と一緒にいるエルの身を案じたのか槍を持ったままこちらへと迫って来た。
(冗談じゃねえ!このまま串刺しにされて堪るか!)
かといって逃げようにもこのままエルを置いて行く訳にもいかない。そこで太助は両手(羽根)を上げて降参のポーズを取った。
「―――おもしれえ!このハンス様とやろうってか!?」
どうやら相手は威嚇のポーズだと思ってしまったようだ。尽く行動が裏目に出る太助は軽い眩暈を覚えつつも、鬼の形相で突撃してくる槍男ハンスへと注力をする。すると―――
(―――!?ステータスか!)
ハンスと名乗った男の横には日本語で文字や数字の羅列が浮かんで見えた。どうやら自分にだけしか見えないこの男のステータス画面のようだ。恐らくこれも“設定”による効果だろう。
ハンス Lv11
種族:人族
称号:村の矛
スキル:身体強化Lv1 採取Lv1
しかしゆっくり見ている時間はない。レベルだけは辛うじて見えたが11という数字が高いのか低いのかいまいち判断に困る。だが隣にいる少女は確かLv21であった筈だ。ならばそれほど恐れることはないのではないだろうか。
(くそー!一か八かだ!)
まずは相手を無力化し話を聞いてもらう。だが下手にこの男を怪我させようものなら村人たちの火に油を注ぎかねない。そこで太助はハンスの持っている槍を取り上げる事にした。
「くたばれ!鳥野郎!」
鍛え抜かれた身体つきをした男は持っている槍を突き出した。それを太助は見切ると咄嗟に横へとステップして躱してみせたのだ。
(見える!それに身体も思うように動く!これなら―――負けない!)
トビ助へと生まれ変わった太助の五感は研ぎ澄まされていて、常人では避けるのが難しい刺突を悠々と躱し、そのまま短い足で男の槍を蹴り上げた。同時に破壊音が炸裂をする。
「な!?」
ハンスが驚きの声を上げるも、ビックリしたのは太助も同じであった。蹴り上げて槍を落とすつもりでいたのだが、なんと槍の柄を粉々に蹴り砕いてしまったのだ。いくら不出来な木製の柄だったとはいえ、恐るべき破壊力であった。
(あっぶねぇ。こんな蹴り人間相手に使えないぞ!?)
よくよく思い返してみれば、今の自分の跳躍力は凄まじいものであった。脚力が上がっていて当然なのだ。
「く、このっ!」
一瞬躊躇したハンスであったが彼は本当に勇敢なようで、少女を助ける為にトビ助へと立ち向かってくる。壊れた槍の柄をこちらへと投げつけると、そのまま素手で殴りかかってきたのだ。
(いたっ!このー!)
分からず屋にはお仕置きが必要だ。だが蹴りは駄目だ。そこで今度は羽根で相手を叩く事にした。今まで何度も少女をこれで叩いてきた。流石にこれならば身体を粉々にすることはないだろう。
だがその考えはどうやら甘かったようだ。
トビ助の羽根で叩かれたハンスはまるで強烈なライナー性のヒットのように吹き飛んでいった。
「ぐあっ!」
「は、ハンスー!?」
「大丈夫か!?」
それを見ていた村人たちは大慌てで彼の元へ救護に向かう。
(うぁ……マジか……)
一方太助は己の手(羽根)をまじまじと観察すると、その恐るべきパワーに顔を青ざめる。この羽根で何度かエルを叩いてしまってるが大丈夫だろうか。恐る恐る隣にいる少女へと目を向けるも、彼女は平然とした態度でそこに立っていた。どうやらこの諍いを見てもあまり動揺をしていないようだ。心身ともにタフな少女であった。
「畜生、皆武器を取れ!村を守るんだ!」
「ハンスの敵だ!」
どうやら完全に村人たちを焚きつけてしまったようだ。今度は数人がかりで村の男達が突撃してきた。どうしたものかと頭を悩ませていた太助であったが、ここでようやく隣にいるエルが口を開いた。
「私がやる」
そう告げると太助が止める間もなく少女は走り出した。それを見た村人たちは最初こそ少女が助けを求めるべくこちらへ逃げてきたと思い込んでいたのだが、その考えが間違いであったことにすぐ気付かされた。
「ぶっ!」
「え、何を!?」
「うわあああっ!」
あろうことか助けに来たつもりでいた大人たちを少女は素手で次々と倒していったのだ。これには様子を見守っていた村人だけでなく太助も唖然としてしまった。武器を持った男達を全て倒してしまった少女は村の方へと視線を移すと一言呟いた。
「まだやる?」
その言葉に村人たちはざわめくも、一人の男がエルの元へと歩み寄った。
「ま、待ってくれ!我々は君を助けようとしたんだ!敵対するつもりはない」
そう告げた男を太助は観察する。歳は先程のハンスという槍男とそう変わらなそうだが、こちらの方が多少は理性的なようだ。この男となら話し合いができるのではと太助は考えた。あまり驚かさないように気を遣いながらエルの傍へとゆっくり歩み寄る。
「そ、そいつは君のテイムモンスターなのかい?」
「テイム?」
訊ねられたエルとそれを聞いていた太助は二人揃って首を傾げる。テイムとは一体何だろうか。ペットみたいなものだろうか。そういえばと太助はエルのステータス画面に表示されていたスキルを思い出す。
テイムLv1
確かそういうスキルが記載されていた筈だ。太助の疑問を余所に男はエルへと言葉を投げかける。
「テイムというのはモンスターを従えるスキルのことさ。君はそのモンスターをテイムで服従させたんじゃないのかい?」
「トビスケは友達」
「うーん、違ったかな?テイムに成功するとモンスターの名前が頭の中に浮かび上がってくるらしいんだけど……そうじゃなかったかい?」
「うん。そうだった」
男の説明に太助は“なるほど”と納得をした。どうやら俺はテイムというスキルで服従状態にあるようだ。急に名前を知ったのもその為であろう。とはいっても彼女の命令に絶対服従しなくてはという感覚は皆無で、どちらかというと彼女の言う友達感覚に近かった。
「そうか!するとこの鳥はテイムモンスターだったんだね。あ、挨拶が遅れたね。僕はムント。この村の村長の息子さ。父は今病気をこじらせていてね。僕はその代理なんだ」
彼が名前を告げると、そのすぐ横にステータス画面が表示された。先程からこの男のステータスを探れないか試していたのだが、急に見れるようになった。もしかしたら名前が引き金になっているのかもしれない。
「私、エル。こっちはトビスケ」
エルはそう名乗ると頭をペコリと下げてお辞儀をした。こういう面はとても礼儀正しい。太助も合わせて頭を下げる。その様子を見ていた村人たちは驚いていた。
「おい、あの魔物危険じゃないのか?」
「でもあの子のテイムモンスターだって言うじゃない?」
「それに礼儀正しいし、うちの夫よりお利口だわ。きっと大丈夫よ」
最初こそ見慣れぬ姿に怯えられ警戒されていたものの、やはりこの容姿は怖いというより可愛らしさが優先されるのか、特に女性陣には好評のようだ。
「それでエルちゃんといったかな。君はこの村に何の用で来たんだい?」
「分かんない。トビスケに連れられてきた」
そうであった。肝心のこの村に来た理由は、誰かエルの面倒を見てくれる人はいないか探しに来たのであった。だがこの分では知り合いは一人もいなさそうであった。
「うーん、この魔物にかい?とにかく外で立ち話というのもなんだ。うちに招待をするよ。その魔物も―――」
「トビスケ」
「―――失礼。その、トビスケ君も一緒に来てくれるかい?なるべく君と一緒に居て欲しいんだ。村人たちが怖がるといけないからね」
「ん、分かった」
二人して頷くとエルと太助は村へと入ろうとした。その傍らで先程吹き飛ばされたハンスという男が手当てを受けていた。大怪我をさせてしまったかと太助は心配そうに覗きこむ。それに釣られてエルもハンスの方を見ると、ムントが声を掛けてきた。
「ああ、ハンスなら大丈夫だよ。彼はああみえて元王国の兵士でね。身体だけは頑丈なのさ」
ムントの言葉が聞こえたのか、ハンスは抗議の声を上げた。
「いてて。大丈夫なもんか!骨が折れてるぞ、こりゃあ……」
「後でミル婆さんに回復魔術を掛けてもらうといいよ。俺はこの二人……一人と一匹を連れて行くから」
「……本当に大丈夫なのか?そいつら」
横になりながらもハンスはエルや太助たちに睨みを利かせる。元兵士というのは伊達ではないのだろう。鋭い眼光だ。その瞳の奥には、もし謀っているようならば容赦はしないぞと、まるで意思表示をしているかのような光を宿していた。
「大丈夫も何も、既に男衆皆倒されちゃってるしね。この子たちが何かを企んでいたとしても僕らには止めようがないよ。こっちは任せてハンスは治療してきなよ」
お手上げだと言わんばかりのポーズを取るムントにハンスは“違いない”と笑って返した。その拍子で傷めた骨に響いたのか、彼は苦痛の表情で顔を歪めた。
「言わんこっちゃない。さぁ、怪我人は放っておいて早くうちへ行こう。父の村長に妻と娘を紹介するよ」
ムントはそう言うとエルと太助を村の奥にある一件の古屋へと案内をした。