マスコット、異世界でも応援する
(どこに行くのだろう?)
大きなクマを引きずったまま、推定10才前後と思われる少女は森の中を迷いなく進んで行く。
彼女は“うちまで運ぶ”と言っていた。つまり彼女が住んでいる家まで案内するということだろう。もしかして森の中で寝泊まりしている野生児ではないかと勘ぐっていた太助であったが、どうやらその心配は杞憂で済んだようだ。
だがそうなると更なる疑問が浮かび上がってくる。
(何であんな所で一人で倒れていたんだ?)
何故家から出てわざわざ一人で危険な森の中にいたのだろうか。家族はいないのだろうか。
(そもそもこの子の名前すら知らないや)
分からないことだらけであったが、このトビ助の身体では何分質問をするだけでも難儀なのだ。口を開けばスズメの囀り声だし、筆談しようにも“設定”の縛りで字がまるで書けないのだ。
設定といえば先程から心配事が一つある。それは今の俺は人間であった頃の水野太助ではなく、マスコットのトビ助なのだ。ざっくりとその容姿を表現するのなら、黄色くて大きなスズメの着ぐるみといったファンシーな姿なのだ。
(保護者の人が見たらビックリしないかなぁ……)
ここは日本ではなく異世界の可能性が非常に高い。少女の話では魔物なる存在もいるそうだ。驚いた彼女の保護者が俺を魔物だと勘違いして逃げ出したり、逆に襲い掛からないか非常に不安であった。
「着いた。ここが私のおうち」
あれやこれやと考え事をしていたら、いつの間にか目的地へ到着していたようだ。だがここはまだ森の中だ。首を傾げた太助であったが、彼女が行く先を見ると確かに木造の小屋らしきものが見えてきた。どうやら彼女の家は森の中にあるようだ。
(こんな森の中に住んでいるのか)
先程クマと遭遇した場所からそこまで離れていない。どうやら彼女は都会っ子の自分には考えられない過酷な環境で生活を送っているようだ。
「ただいま」
そう彼女が告げるとドアを開けて中へと入っていった。慌てて太助も後を追う。彼女とはぐれた状態で他人と遭遇しようものなら事情を説明してくれる人がいなくなってしまうからだ。
(お、お邪魔しまーす……)
小屋の中は割かし広く玄関も図体のデカいトビ助でも問題なく入れるサイズであった。部屋の中はきちんと掃除しているのか思ったより綺麗であった。物が少ないのもそう見える要因だろう。それでいてただ殺風景なだけではなく、きちんと生活感のある暖かそうな内装であった。この世界に来てからずっと森の中だったので生活感のある場所というのは少しだけ心が落ち着く。
(ご両親やご家族はどちらだろうか?)
何よりもまずは少女の同居人に挨拶をせねばとキョロキョロ辺りを見渡すも、彼女以外誰一人居ないようだ。
その様子を見ていた少女は太助の意図を察したのか教えてくれた。
「ここは私だけだよ。お爺ちゃんは“すぐ戻る”と言って出て行ったきり、もう半年も帰って来てない」
少女の言葉に太助は衝撃を受けた。
(それじゃあこの子は半年もこの森の中で一人で暮らしていたってことか!?)
何ということだろうか。たった一人の同居人だと思われる彼女の祖父も出て行ったきり帰って来ないと言うのだ。しかもすぐ帰ると言ってから半年の年月が経つのだという。あまり考えたくはないが、彼女の祖父はもう生きていないのではないかと恵二は勘ぐってしまう。
つまり彼女はたった一人でこれからもこの森の中で孤独に生きていくのだろう。そう思うとあまりの不憫さに身体が震えてきた。思わず太助は羽根で少女の頭を撫でてしまう。
「ん、くすぐったい。どうしたの?」
「チュ、チュンチュチュン……」
(な、なんでもない……)
このマスコットの身体では慰めの言葉すら掛けてやれないようだ。思わず太助は俯いて凹んでしまう。
「どこか怪我した?元気ない?」
するとそんな太助を気遣ってか、今度は彼女が背中をポンポンと叩いて励ましてくれる。その彼女の優しさに太助はハッと気付かされた。
(俺は……何一丁前に落ち込んでいるんだ!応援する側のマスコットが凹んでいてどうする!)
そう、自分はマスコットだ。どんな逆境でも最後まで諦めず、選手やファンを鼓舞しチームを盛り上げるマスコットである。それは日本でもこの世界でも変わらない筈だ。落ち込んでいる暇などマスコットにはないのだ。
(俺は―――この子を応援する!)
そうと決まれば早速行動開始だ。トビ助はビシッと羽根を正し、直立不動の姿勢を取る。
「わ、ビックリ」
急に姿勢を正したトビ助にびっくりした少女は一歩引く。トビ助はそんな彼女の方へ振り向くと、両羽根をビシッと斜め45°に揃えてから振付を始めた。大江戸球場でも毎回披露していたチームを鼓舞する為のパフォーマンスである。
「……?」
この世界にはこういった踊りはないのか、それとも森の中で暮らす少女には未知な動きであったのか、彼女は不思議そうにトビ助を観察する。そんな彼女の様子には目もくれず、トビ助は今できる精一杯のパフォーマンスを披露してみせた。
(身体がキレッキレだぜ!これなら愛知の大先輩にも負けない!)
トビ助は某ライバル球団のマスコットを思い出す。割と新参者なトビ助とは違い、彼はベテランマスコットでダンスが非常に上手かった。球界一と言われるそのパフォーマンスは流石なもので、こんな体型であるトビ助には一生無理な領域だと思っていたが、今はその大先輩にも引けを取らないキレの良さを見せていた。
「ほっ、よっ、とりゃ!」
するとなんと少女も踊り出したではないか。どうやら自分の動きを真似ようとあれこれ手足を動かしているようだがまだまだ甘い。
「チュチュ、チュン!」
(こいつで、締めだ!)
トビ助はラストのスピンを平常時より一回転半捻りを加えて見事に着地した。あまりに見事な完成度に自分自身でも驚いている。
「おー」
パチパチパチと少女が手を叩く音が聞こえてくる。どうやら気に入ってもらえたご様子だ。
「面白い。トビスケ凄い!」
(はっはっは!照れるじゃないか……ん?)
はて、と太助は首を捻る。それに合わせるかのように少女も首を捻る。
「あれ?トビスケの名前、何で知ってる?」
(何でトビ助の名前知ってるんだ!?)
自分は名乗った覚えなど無い。名乗りたくてもそれができないから先程から困っているのだ。それならば何故彼女はトビ助の名前を知ることができたのだろうか。彼女も同じく疑問に思ったのか不思議そうにしていたが暫く考えた末、両者は同じ結論へと至った。
「ま、いいか」
(ま、いいか)
考えても分かりそうにない事は深く考えない。この二人はある意味似た者同士であった。
「私、エル。よろしくね、トビスケ」
エルと名乗った少女はトビ助のお腹をポンポンと触って微笑みかける。先程までは感情が希薄そうな少女だと思っていたが、それは大きな間違いであった。彼女は人と接する機会が少なかった所為かあまり感情を表に出さないだけなのだ。
現に今彼女は年相応な女の子らしく笑っている。楽しい事、嬉しい事があったら笑うものだ。もっと彼女の笑顔を見てみたい。この子を応援してあげたい。太助の心の中はその気持ちで徐々に溢れていった。
ポーン
(ん?)
何か奇妙な電子音が聞こえてきた。しかしこの小屋の中には家電の類は一切なかった筈だ。では一体何の音だろうかと疑問に思った太助だが、直ぐその変化に気が付く。エルのすぐ近くに何やら文章が浮かび上がっているのだ。しかも―――日本語であった。
(へ?)
あまりの唐突な出来事に太助は固まってしまう。だがその浮かび上がっている文章を読んだ太助は更に驚くことになるのだ。
エル Lv21
種族:翼人族
称号:勇者の卵
スキル:身体強化Lv5 魔力増幅Lv3 勇者の加護Lv2 テイムLv1
ユニークスキル:【超耐性】【共感】【強化】
(な、なんじゃこりゃあ!?)
突然現れた日本語に太助は困惑をする。
「ん?どしたの?」
エルの声に太助はハッと意識をそちらへ戻す。すると不思議な事に先程浮かび上がっていた日本語の羅列は消失した。今のは幻か何かだったのかと太助は頭をぶんぶん振る。
すると彼女はトビ助が“何でもない”と答えたとでも思ったのだろうか、玄関へと向かっていく。
「待ってて。クマ解体してくる」
何とも恐ろしい事を口走った少女は外へと出て行った。窓越しに見ると彼女は慣れた手つきでクマを解体して肉や骨、内臓などを切り分けていく。毛皮も綺麗にナイフで剥いでいった。あまりの手際の良さに最初は気持ち悪がっていた太助も興味津々に見学をしていた。
(そういえば、さっきのは一体何だったんだ?)
一瞬見えた文字を思い返す。確か彼女の名前やLvといった表記が浮かび上がっていたはずだ。
(まるでゲーム画面のような……試してみるか)
窓越しに彼女を観察し目を凝らす。すると―――
(―――出た!)
先程と同じ様に再び彼女の横に文字が浮かび上がる。少女はそれが見えていないのか、クマの解体作業にとりかかったままだ。どうやら自分だけにしか見えていないようだ。
(だって日本語だしねぇ。ええと、どれどれ……)
浮かび上がっていた文字を太助はゆっくりと読んでいく。
エル Lv21
種族:翼人族
称号:勇者の卵
スキル:【身体強化Lv5】【魔力増幅Lv3】【勇者の加護Lv2】【テイムLv1】
ユニークスキル:【超耐性】【共感】【強化】
(名前にレベル。それに種族や称号スキルまで……まんまゲームのステータス画面ってところかな?)
“HP”や“素早さ”といった表記までは流石にないが、これは恐らく彼女のステータス情報であろう。
太助はこの現象に少しばかり心当たりがあった。それはトビ助の設定だ。
鳥なので目が凄くいい(夜目が利く/嘘を見抜く/才能を見抜く)
(これに違いない。恐らく“才能を見抜く”って項目だな。俺はあの子の才能を覗き見しているってことだよな?)
そう思うと勝手に見てもいいのだろうかと躊躇ってしまうが少し考えた末、バレなければいいかとそのまま読み続ける事にした。
(それにしても色々とツッコミどころのある内容だな。エルは普通の人間じゃないのか?)
種族の項目には“翼人族”と記してあった。トビ助みたいに翼があるのだろうかと彼女の背中をジロジロと見るも、その様子は見られない。
(いかにも“翼があります”て感じの種族名なんだけどな)
翼人族だからといって翼があるわけではないのだろうか。これ以上考えても分からないので次だ。
(勇者の卵……これって凄い、のか?)
これもいまいち判断に困る。勇者であれば素直に驚くのだが卵とつくあたり、恐らく勇者の才能があるかもしれないというだけなのだろう。それがこの世界にとっては凄い事なのかどうか、異世界生活初日の自分には判断しようもない。
(これもパス。次はスキルか……)
【身体強化Lv5】【魔力増幅Lv3】【勇者の加護Lv2】【テイムLv1】
身体強化と魔力増幅は何となくだが分かる。というよりも、だ。
(―――魔力!?ってことは、やっぱあるのか、魔法……)
これは増々異世界転生が濃厚となってきた。いや、まだだ。まだ地球のどこかに魔物や魔法が存在する秘境があるという可能性が……うん、無いな。
流石にここまで来たら腹を括るしかあるまい。俺は死んでこの別世界で生まれ変わった。水野太助はもう死んだのだ。あの球場で踊ることも、エクスプレイズの優勝を見届ける事も叶わなくなってしまったのだ。そう思うと漸く自分の死という現実に向き合った太助は徐々に気が沈んできた。
(……よそう。これ以上考えても悲しくなってくるだけだ)
窓から外を見ると、どうやらエルはクマを見事に解体し終えたらしく、かなり大きな肉の塊を小屋の中まで運んできた。
「今日は大量。これ焼いて食べる。元気出す」
どうやらまたしても気落ちしているのを見破られたようだ。つくづく自分はマスコット失格だなと自嘲する。
(そうだな。しょげていても仕方ない。今日は肉でも食べてさっさと寝よう!)
思えば自分はこの世界に来てまだ何も食べていなかったのだ。腹が減っては気が滅入るし考え事もまとまらない。今後の事やステータス画面については明日考えるとして、今は大人しくエルがクマ肉を調理するのを見守った。
初めての異世界料理はちょっと焦げていたが、なかなか美味であった。