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マスコット、餌付けをする

 ぐうー、ぐうー


 ある日森の中クマさんに出会った、と思ったら少女が行き倒れていた。


 ぐうー、ぐうー


 その少女はというと、どうやらお腹を空かせているご様子で、先程から大きな腹の虫を鳴らし続けている。最早声を出す気力もないのか、ずっと俯せに倒れたままである。


(うーん、困った。流石に自分を食べさせるわけにはいかないからなぁ)


 先程最後の力を振り絞ったのだろうか、腹ペコ少女が襲い掛かり食べられそうになった太助ことトビ助は心底困っていた。


 これが某アニメのヒーローであれば、自らの頭の一部を千切って差し出すのだろうが、そもそも自分はあんパンではないし、新しい顔を作ってくれるシェフもいなければ、頭部を見事なコントロールで首元目掛けて投げ込めるメジャー真っ青な剛腕助手もいない。


 自分はスズメと飛脚をモチーフにした、ただの球団マスコットなのだから。


(む。飛脚といえば、確か背中の箱に飴玉が入ってるんだったか?)


 トビ助は背中に箱を背負っているのだ。これはモチーフにした飛脚になぞらえて装備しているトビ助の標準装備であった。その他にも球団のロゴがプリントアウトされたスカーフを巻いている。


 太助の中にある飛脚のイメージといえば、江戸時代に褌姿で棒のついた箱を背負って走り回っているイメージである。トビ助の背中の箱は、まさにその飛脚が手紙や荷物を届ける際に使っていた挟み箱をイメージしたものなのである。


 この挟み箱の中にはファンを喜ばせる為に、サイン入りのボールやユニフォーム、その他グッズなど、色んな物を収納できるのだが、イベントなどの際には子供用に飴玉を入れていることがあるのだ。


(飴玉じゃあ腹の足しにもならないだろうけど……。できればあんパンでもあげたいが今はこれで我慢してくれ)


 俺は背中に背負っている箱の蓋へ手(羽根)を伸ばそうとするも、僅かなところで届かない。


(そうだった!何時もはマネージャーの佐々木さんに取り出して貰ってるんだった!一人じゃ蓋を開ける事もできない!)


 着ぐるみのままでは自力で箱を取り外すのは至難の技だ。


 何とかならないものかと太助は羽根をばたつかせた。しかし無情にも背中に背負ったままでは開けることは叶わない。かといってこの着ぐるみ状態で背中の箱を降ろせるのだろうか。結んである紐をほどくなど、そんな器用なことができる手ではなさそうだ。


「ピュイ!チュンチュチュン!チューン!」


 腹を空かせた少女を助けたい。その一心で太助は全身を無茶な格好で激しく動かす。そして何とか逆立ちをすることで、蓋を開けることに成功をした。逆さになり蓋が開くと中からバタバタと大量のモノが出てきた。


(やった!何か入ってたぞ!?―――って、これは!?)


 そこには何と、大量のあんパンが山積みで置いてあったのだ。


(え?何故にあんパン?)


 確かに先程あんパンが欲しいとは思った。しかしこうも都合よく、しかもこんなに大量のあんパンが入っているとは夢にも思わなかった。あんまりな光景に太助は呆気にとられる。


(―――って、それどころじゃない。早くあの子に食べさせてあげないと!)


 太助は山積みの中からあんパンを一つ手(羽根)に取る。きちんと日本のプラビニールで包まれた市販のパンだ。ご丁寧に商品名やバーコード、それに賞味期限まで書いてある。


(って今は何月の何日だよ!?)


 この世界と日本の時間が同じならば9月半ば辺りなのだが、この際期限がどうとか贅沢なことはを言っていられない。


(お、何だこの手。くっつくぞ!?)


 どうやって袋を開けようか困っていたのだが、どうやらこの不思議な手(羽根)は吸盤でもあるかのように物にくっついて引っ張ることができる。離すのも自由自在だ。まるで某猫型ロボットのように便利な手だ。


 袋からあんパンを取り出した俺は少女の上体をゆっくりと起こすと、その小さい口にパンを差し出した。


「チュン、チュン」

(ほれ、食え)


 最早お腹の音も小さく鳴りはじめていた少女だが、生存本能がそれを食料だときちんと認識したのか、僅かに残された力を振り絞って口を開ける。俺はそっと彼女の口にあんパンを差し出した。


「んぐ、もぐもぐ。ごっくん」


 一度食べ始めると元気が出てきたのか、食べるスピードが徐々に早くなってきた。さっきまで薄っすらと開けていただけの目は今ではしっかりと開き、食べさせてもらっていた状態だった少女は自らの手も動かして次々に食べ始めた。


「チュン、チュチュンチュン」

(ほら、おかわりもあるぞ)


 太助は二袋目を開けて少女へと差し出す。それを素早く奪い取るような形で少女は黙々と食べ始めた。


(おお!すげえ食べっぷりだなぁ!これなら大丈夫そうかな?)


 それにしても凄まじい食欲と回復スピードだ。太助は次々と袋を開けては少女に渡していきそれを完食する。もうすでに5個目を食べ終わるところだ。


 流石にすきっ腹にこれ以上ものを詰め込むのは身体に悪いのではと考えた太助は止めようとするも、少女は一瞬で山積もりの中からあんパンをふんだくると、なんと袋がついたまま食べようとし始めたのだ。


「……不味い」


「チュチュチュン!チュッチュン!チュッ!」

(当たり前だ!ペッしなさい!ペッ!)


 注意しようとするもスズメの囀り声が聞こえてくるだけだ。仕方が無いので強引にあんパンを奪い返すと、袋を開けて差し上げた。


「もぐもぐもぐ」


「チュ、チュン!チュチュンチュッチュ!」

(ああ、ほら!良く噛んで食べろって!)


「もぐもぐもぐ」


「チュ、チュチュンピューン?」

(ほら、あんこが顔についてるぞ?)


「もぐもぐもぐ」


「チュンチュンチュンチュ!チュチュンチュ?」

(もっとゆっくり食べなさい!喉に詰まらせるぞ?)


「もぐもぐ―――んぐ!?」


「チューン、チュンチュチュン……」

(ああ、言わんこっちゃない……)


 早食いした所為で喉を詰まらせた少女は苦しそうな表情を浮かべる。慌てた俺は何か飲み物はないかと辺りを探る。


(泉は……少し離れているしなぁ。それにこの子も水筒とか持ってなさそうだし……)


 どうしたものかと困った太助は再び挟み箱をひっくり返そうと逆立ちをする。何か飲み物でも入っていればと考えての行動だ。


(って例のポケットじゃあるまいし、そんなことあるわけ……)


 ボトリ、と何かが落ちた。そこにあったのは牛乳瓶であった。


(―――そんなことあった!?何このご都合な展開!?チート?チートなの、これ?)


 確かにあんパンといえば牛乳だ。そんな事を頭の中で思い浮かべていたが、よもやあんパンに続いて牛乳瓶まで出てくるとは思いもしなかった。手(羽根)で器用に蓋を開け瓶を手渡すと、少女は迷う事無く牛乳を一気飲みした。


「……おいしい」


 そこで少女はやっと言葉を発した。牛乳がいたく気に入ったのか、未練がましそうに瓶を逆さまにして一滴も逃すまいと上下に振り残りも全て喉へと通す。


(そんなに気にいったのなら、もう一本あげちゃおうかな?)


 もう一度逆立ちをして牛乳瓶を出してみようと太助が試みるより先に、先程の光景を見ていたのか黒髪の少女は素早く回り込むと、勝手に挟み箱の蓋を開けて中から牛乳瓶を取り出していた。


「チュチュ!?チュチュ!ピュピューイ!」

(ああ!?こら!勝手に取っていくな!)


 抗議の囀り声を出すも少女は牛乳に夢中な様子で、ごくごくと美味しそうに喉を鳴らしてあっという間に飲み干した。それが終わると少女は再びあんパンに手をつけ始める。


(しかしこの箱は一体……。もしかして欲しい物なんでも取り出せるのか?)


 それにどうやら自分だけでなく、他人も勝手に取り出せるようだ。太助はトビ助の設定を思い出す。


 背中の箱(挟み箱)にはなんでも入っている


(確かにそういう設定はあったけど……まさかお金も出せたりして。うわ、億万長者じゃん!)


 欲望丸だしなマスコットであった。





(まさか全部食べきってしまうとは……)


 数えきれないほどのあんパンの山は、あっという間にプラビニールのゴミだけとなってしまった。結局あの後も少女は好き勝手に箱の中から牛乳瓶を取り出して、計9本も飲み干してしまった。その少女はというと天罰が下ったのか腹を下したのか、木の陰に隠れて排便中であった。


 人前?マスコットの前?で用を足すのは流石に憚られるのだろう。


(どこか野生児のような子だけど、そういうところは躾されているのかな?)


 森の中で一人とあって、てっきり狼にでも育てられた常識の無い野生児かと思いきや、言葉も喋れるようだし身なりも整っている。着ている服はきちんと洗濯しているのか、行き倒れていた割には綺麗だ。


「ふう、すっきり」


 戻ってきた少女はすっかり元気になったのか、改めて俺(トビ助)を観察し始めた。


 トビ助の体長は180cmくらいある。俺の身長が170cmちょっとで、トビ助はその10cmくらい高い。羽根を広げればそれなりの巨体だ。こんな大きな鳥は物珍しいのだろうか、少女は俺の周囲をぐるぐる周ってはジロジロと視線を投げかけてきた。


「チュ、チュン。チュチュン、チュチューン」

(や、やあ。俺トビ助、怖くないよ)


「……変な魔物。おいしいのかな?」


 前言撤回、やはり野生児だったようだ。


(やだ、この子怖い!幼女に食べられるだなんて俺にはレベル高すぎて無理だ!)


 食べられまいと必死に首を横にぶんぶんと振る。その様子を少女は無表情な瞳でじっと見つめていた。


「驚いた。私の言葉、分かる?」


 こくんと俺は頷く。どうやら知性のある生物だと認識されたようだ。それにしても先程この少女は何と言ったか。聞き捨てならない単語を口にしたような気がした。


「安心して。恩人は食べない。知性のある魔物は人を襲わないのもいるってお爺ちゃんが言ってた」


(魔物って何!?ゲームとかに出てくる、あの魔物?そんなおっかないのがいるの!?)


 どうやら完全にここは異世界で確定のようだ。魔物がいるこの世界で俺は幼い少女と二人だけで森のど真ん中に遭難しているようだ。眩暈を起こしそうな現状にフラフラするも、そういえばこの少女は何故一人でこんな森の中にいるのだろうか尋ねてみる事にした。


「チュチュンチュン、チュチューンチュン?」


「……何言ってるか分からない」


(ですよね~)


 異世界だというのに少女の言葉はしっかりと聞き取れるものの、こちらから伝える術が全くない。


 そういえばと、太助はトビ助の設定をいくつか思い出す。



 人の言葉を喋れない


 鳴き声はチュンチュン


 字も書けない


 でも相手の言葉は理解できる



(これの所為か……)


 こちらが言葉を話せないのは、恐らくトビ助の設定による呪いのようなものなのだろう。試しに木の枝で筆談を試みようとするも、何故か字が巧く書けない。あれほど器用に袋や蓋を開けていたにも関わらず、字を書こうとすると、ぐにゃぐにゃ曲がってしまうのだ。


(まぁ、どの道この子が日本語を知っている訳ないしね)


 それに悪いことだらけではない。設定のお蔭なのか異世界人である少女の言葉はしっかりと分かるのだ。それだけでもまだ救いがあった。


「あれ、貴方が倒した?」


 少女が指した方向には内臓が飛び出して見るも無残なクマの死体がそこにあった。


 怖がらせるかもしれないと一瞬躊躇ったが、ここは正直に頷いておいた。すると少女はそのグロテスクな死体を臆するどころか、なんとクマの足を持ち上げてずるずると引きずり出したのだ。


「うちまで運ぶ。お礼にクマ肉をご馳走してあげる」


 ついてこいと言っているのだろうか。そう告げた少女は自分の数倍以上はあるだろうクマの死体をそのままずるずると引きずっていった。物凄いパワーであった。


(この子は一体……)


 金太郎の妹だろうかと冗談を思いつつも、それならクマを食べたりしないかと馬鹿な考えを止め、太助は大人しく少女の後を付いていくことにした。

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