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マスコット、転生する

今回、異世界転生モノを初めて書いてみました。小説自体はこれが二作目でまだまだ駆け出しですが、暇があれば読んで頂けると幸いです。


更に暇だという方は処女作「青の世界の冒険者」も呼んで頂けると嬉しいです。そちらは異世界転移モノとなります。

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 もう秋だというのに一向に気温が下がらない都心。まだまだ蒸し暑い夕暮れ時だというのに俺は一心不乱に駆けていた。


「はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」


 体力に自信のある俺ではあったが、流石に1Kmも離れた駅から全力疾走を続けていると、息も徐々に上がってきていた。否、とっくに限界など超えていたのだが、なんとか気力だけで手足を前へと動かして目的地へとひたすら駆けていた。


(―――やっちまった!まさか、こんな日に……遅刻をするだなんて……!)


 そう、俺はうっかり寝坊をして遅刻してしまい、現在勤務先へと駆けているのだ。


 え?よくある光景だって?確かに遅刻して走るだなんて学生の時はしょっちゅうであった。だが、その勤務先というのが球場で、今日がリーグ優勝の懸かった大事な試合の日だとしたら、果たしてよくある光景だろうか?




 そう、俺の勤務先はプロ野球チームの本拠地<大江戸球場>であり、その職業はマスコットであった。




 俺は小学校の高学年から友人の勧めで野球を始めた。そこから中学、高校と野球を続けてそこそこの学校でそこそこのポジションをもらい、そこそこに活躍をしてそこそこのところで負け三年の夏が終わった。


 今まで野球漬けの人生ではあったが勉強の方もそこそこできた。だが、こちらが白球を追いかけている間に勉強を続けてきた者たちと比べると、どうしても見劣りしてしまうのは仕方がない。例え大学に合格したとしてもこのままでは“そこそこの人生”で終わってしまうだろう。


「出来るなら野球関連の仕事に就きたい!」


 それが本音であった。野球ならば小さい頃から携わってきたし、そっちの関連知識ならかなり自信がある。だが俺と同じ様な考えの者は意外に多く、その競争率も高かった。しかしダメで元々というチャレンジャー精神で俺はプロ野球チームを持つ運送会社<大江戸急便>の面接を受けてみた。勿論希望の部署は球団職員だ。決して本社のトラック運ちゃんや配達業務の方をやりたいのではない。


<大江戸急便>は日本でも上から三本の指には入る大手運送会社であり、都内に本社を持つ大変立派な会社だ。そして俺にとって何より重要なのは、今年から新たに新球団を立ち上げるという点であった。


 そう赤字球団の買収などではなく新規だ。数十年ぶりに国内のプロリーグに新たな球団が増設されるのだ。本当は選手として球団に入りたかったのが本音ではあったが、プロで食っていける選手など天才の中の更に天才で、その上死ぬほどの努力を積み重ねてきた者のほんの一握りの人たちだけだ。そこそこ頑張っただけの自分ではその資格がないことは重々承知をしていた。


 だがこれでも球児の端くれ、それに昔は野球小僧でもあった。幼い頃は、今はもう亡くなった父や母に連れられてよく球場に足を運んでいた。プロ野球選手への憧れや尊敬の念は誰よりも強い。だからこそ、そんな憧れである彼らをサポートできる職に俺は就きたかったのだ。


 面接の場でそう熱く語り出し、思いを全て吐き出した俺は、面接官の一人からこう提案された。


「君、結構体力あるんだってね。どう?良かったらマスコットしてみない?」


「……え?マスコット?」


 それは予想外の提案であった。自分が思い描く球団職員とは試合の準備や運営、選手のスケジュール管理などといった仕事をするものだとばかり思っていた。それがまさか自分が着ぐるみを着て球場の中に入るなどとは1ミリも想像をしていなかったのだ。


 だがよくよく考えてみると、これ程選手を間近で応援できる存在もいないだろう。試合前はおろか試合中でさえも球場内でパフォーマンスをし選手を応援する。試合に勝てばファンや選手と一緒に喜びを分かち合い、負ければ自分のことのように悔しがり涙で枕を濡らす。マスコットとは正に身近で一番選手を支えられる職業ではないだろうか。


「やります!俺、頑張って日本一の……世界一のマスコットになります!」


 俺は二つ返事でその提案を受けた。そして後日、見事俺は新球団<大江戸エクスプレイズ>の新マスコットとして採用されるのであった。




 それから10年後、28才となった俺は<大江戸エクスプレイズ>のマスコットとしてその実績を着々と積み上げてきた。初めは苦手だったダンスだって一生懸命練習をした。そして今日、創設10年目にして我が<大江戸エクスプレイズ>は初のリーグ優勝が懸かった大事な試合日を迎えていた。



 よりによってこんな日に遅刻をするとは、この水野太助(みずのたすけ)一生の不覚であった。


(くそお!昨夜は楽しみ過ぎて全然寝つけられなかった!すみません大城監督!ごめんなさい足立さん!)


 心の中で俺は大の仲良しである第四代目の大城監督とキャプテンの足立選手に謝りながらも、目的地である<大江戸球場>へと走り続けた。マスコットが遅刻など前代未聞だ。選手が必死に頑張っているというのに自分は寝過ごすなど、マスコットの風上にも置けなかった。


(もうすぐ……あそこの横断歩道を超えれば……もうすぐなんだ!)


 幸運にも信号は丁度青に変わりそうであった。これなら急げば何とかイニング間のダンスには間に合いそうだ。


(よし、青だ!)


 キッチリ信号を確認した俺は、最後の直線一気にラストスパートをかけた。


 そこへ―――


 猛スピードでトラックが迫ってきている事も知らずに……


 疲労困憊の身体に鞭打って横断歩道を全力疾走していた俺は、すぐそこまで迫りくるトラックの存在に寸前で気が付いた。あちらは赤信号ギリギリで横切ろうとしたのだろうか、横断歩道なのにスピードを緩めるどころか逆に加速をしていた。このままでは間違いなくあの世行きだ。


(―――甘いぜ!)


 だが俺は腐っても元高校球児、運動神経と特に体力には自信があった。限界?そんなものとっくに通り越して二周半はしているわ!


「どりゃあああああっ!」


 全力疾走のまま俺は前方へとダイブし、そのままゴロゴロと横断歩道を転がった。そのすぐ後方、至近距離を暴走トラックが通過していくのを肌で感じる。仰向けになっていた俺はしっかりとそのトラックの横腹を見ていた。あれは我が<大江戸急便>のライバル会社<ベアー通運>のトラックであった。あんな胡散臭い会社のトラックに轢かれて堪るか!


 トラックに轢かれてそのまま異世界転生送りだなんてお約束をなんとか回避した俺は安堵した。思わず仰向けになりながら一言呟く。


「ふ、たわいない」


 そう油断していたのだ。


 まさか暴走トラックに釣られてもう一台、信号無視をしたバイクがすぐ斜め後ろに併走していたことにも気付かず……。


 仰向けに寝転がっていて起きようとしていた俺にそのバイクは直撃した。凄まじい衝撃と音と、目まぐるしく変わっていく光景が一度に襲い掛かり、気が付いたら俺は道路に血まみれで横たわっていた。視界の先には半壊したバイクと俺と同じく血まみれの女性運転手が倒れ込んでいた。かなりの美人さんっぽいが大量の血でそれも台無しだ。


 (あ、段々と意識が朦朧としてきた。これ、やばいやつなんじゃないのか?)


 視界がぼやけてきて耳鳴りも酷かったが、そこへ遠くから歓声が聞こえてきた。そうか、この距離だと球場の声も聞こえてくるのか。普段試合中は球場の中にいるから気が付かなかったな。


 (ああ、今度は寒くなってきた。)


 全身血まみれで身体は動かせないのに不思議と痛みは無かった。どうやら神経がいかれているようだ。そして更に意識が遠のいていく。


 (俺、このまま死ぬのかな?あの美人さんも動かない。大丈夫かな?あ、また歓声……どっちが勝ってるんだろう。リーグ優勝……見たかったなぁ……。死にたくない……っ!)


 思考がぼやけていくほど、死にたくない、まだ死ねないという思いが強くなっていく。だが現実は虚しく、いくら体力自慢の俺でも遂には限界を迎えた。


 そして享年28才にして俺、水野太助(みずのたすけ)はこの世を去った。





 筈だった。





(……ん?朝か……?)


 スズメの鳴いている音がやけに煩かった。窓でも開けっぱなしにして寝ていたのだろうか。


(ふわあああ!よく寝た……よく……寝た?寝坊する!?)


 一気に意識を取り戻した俺は飛び起きた。だが起立して周囲を見渡した俺はその景色に唖然とする。


(……ここ、どこだ?)


 俺は森の中としか形容のできない密林の中に佇んでいた。周り一面木、木、木。後、見たこともない小動物らが駆け回っている。人間様が怖くないのだろうか?


(え?俺、こんな所で寝ていたの?流石にそこまで寝相は悪くないよ?多分……)


 飛び上がった俺に驚いたのか、先程まで大合唱(コーラス)をしていたスズメたちは飛び去ってしまった。スズメ仲間なのに何だか悪い事をした。


(ん?スズメ仲間?)


 徐々に思考がクリアになっていく。そうだ、俺の名は水野太助28才。職業はマスコット。<大江戸エクスプレイズ>のスズメをモチーフにしたマスコットだ。それがどうしてこんな森の中に、しかも着ぐるみを着たまま(・・・・・・・・・)寝ていたんだ?


 そう自分の両手は羽毛でふさふさであった。触り心地の良いと評判な羽毛に覆われた羽根だ。せめて先っぽだけでも人間の手にしてくれれば某球団のマスコットみたいに筆談ができたのだが、この手?(羽根)では子供の頭を撫でるか叩くくらいしかできない。


 マスコットが子供を叩くなだって?カンチョーをする悪ガキには時に強気な対応も必要なのだと大先輩のマスコットさんに教わったのだ。決して体罰じゃないよ?教育だよ?


 しかし全く見覚えのない森の中で一体どうしたものだろうか。地方球場か何かのイベントなのだろうか?そもそもお付きの球団職員である佐々木さんはどこに行ったのだろうか?いや、そもそもこの大事なシーズン中に森の中でイベントなんてあるのだろうか?


(待てよ……大事なシーズン?)


 直後、俺は大事な試合の日に起こった出来事を思い出す。


 そう、俺は大事な大事な試合の日に、あろうことか寝坊をして……そして事故に遭った!


(俺、死んだんじゃないのか!?)


 ベアー通運のトラックに轢かれそうになり、避けた先で運悪くバイクに撥ねられたことを鮮明に思い出した俺は、事故現場の惨状を思い出し一気に気分が悪くなった。夢にしてはやけにリアルな光景だ。否、あれが夢であるはずが無い!


(ということは、ここは天国か何か?まさかマスコットに異世界転生した、なぁんてね!)


 ふと過った推論ではあったが、一度考え出すと止まらない。


 果たしてここは夢の中だろうか?


 それにしては妙にリアルだ。


 羽毛もやけに精巧にできている気がする。


 それに背中にもチャックがないから脱げない。


(……待て。チャックが……無いだと!?)


 慌てて背中をまさぐるも、どこにもチャックがなかった。確かにチャックは普段見え辛いように隠されてはいるが、この着ぐるみはつなぎ目が全く無いのか、どこにもチャックらしき手触りがなかった。


(ていうか口も動くぞ!わぁ新機能だぁ……んな訳あるかっ!?)


 思わず一人でつっこむ。口を開こうと意識すると、きちんと着ぐるみの大口もパクパクと動き出し瞬きも出来る。そんな仕掛け着ぐるみには存在しなかった。しかも開けた口から人の言葉が発せられることはなかった。代わりに―――


「チュンチュン!チュンチュン!」


(―――ってスズメかい!?いや、確かにスズメのマスコットだけどさぁ……)


 世の中には喋るマスコットもいるのだが、俺は喋らない派だ。お世辞にも可愛い声とは呼べない俺のボイスだと子供の夢を壊すんだとか。部長からは「絶対に喋るな、絶対だぞ!?」と厳命されている。それ、フリじゃないですよね?


 しかしここまで来ると否応でも理解せざるを得ない。


 鮮明な事故の記憶。


 見たことの無い動植物と風景。


 そしてこの特異な身体。


 つまり俺は―――


(マスコットで異世界転生してしまった!?)


 これが水野太助改め球団マスコット“トビ助”の苦難の始まりであった。

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