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単調傀儡の案内人  作者: がおがお
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背を見るなかれ

「くそが、あいつのせいで……なんで俺まで巻き込まれるんだ」

 ブラーヴ率いる鳥人の住人アングストらに押し込められるようにして檻に入れられた誠司は、檻に入れられる際にブラーヴに最低限の自由は保証してやると身体を縛る縄を解かれ、どこか抜け道はないかと隅から隅までくまなく探し回っていた。

 出せと言おうにも周りに住人アングストの姿は無く、どうやら誠司の案内人シュトラーゼ捕獲に全員を投入しているようでその証拠に誠司が好き放題檻から抜ける術を探しても誰も注意しに来ない。どうぞお好きにとでも言われているようで、うっすら罠であると分かってはいても何かせずにはいられないのだ。

(遊びたいとかなんとかで勝手に喚んでおいてなんだこの扱いは。大体、贖罪とかなんとか言って俺が何したかも言わないで好き勝手……)

 そこまで考えたところで、不自然な影が伸びてきて檻の影に重なろうとしているのが視界に入る。

 それは大柄で、影が重なる少し前に垣間見えた頭部には特徴的な2つの獣耳らしきものも確認出来た。これがあるのはこの世界シュメルツにはいない存在、つまり自身の案内人シュトラーゼだけだ。

(今頃来たのか?随分早いご帰還でーー……)

 まずは何から言ってやろう。いや、あの案内人シュトラーゼの事だ、気持ち悪いと拒否しても抱きついて謝罪するかもしれない。もしかしたら、この世界シュメルツから抜け出す方法を置いて逃げたフリをして探してきてそれを伝えに戻って来たのでは? そんな期待や憤怒が入り交じる心情の中、特にこれといった危機感や緊張感もなく誠司は影を下からゆっくり上ーー……つまりは顔に向けて視線を向ける。

「……は?」

 その姿を目にした誠司は思わず間の抜けた声を発し、立とうとしていた姿勢から一気に腰が抜けて硬い岩の床に尻をつく。

 誠司は大きな勘違いをしていたのだ。この世界シュメルツの出来から侵食プリュンデラーは居ないものだと、成し得ないものだと思い込み、信じていた。しかしよく考えてみればこの世界シュメルツ案内人シュトラーゼであるブラーヴはこの世界シュメルツは安全だ、侵食プリュンデラーがいないとは一言も言ってはいなかったのだ、ストレス社会と言われる中ストレスがまるで無い世界など余程恵まれた環境でなくては有り得ない事。

目の前にいるのはこの世界シュメルツ住人アングストと同等とはまではいかないが大きな翼を背に持ち、黒く鋭い爪を手足に生やした体型や骨格自体は人間似ではあるものの、顔や身体を覆う体毛は明らかに人間のそれとはかけ離れた、正真正銘鳥の姿をした人間の成り損ない……鳥人だった。

 鷹の顔を持つそれがこの世界シュメルツを脅かそうとする侵食プリュンデラーであると誠司が悟った理由は金に光る瞳の奥にドロドロとした嫌な感じのする闇がモヤモヤと渦巻いているのが檻越しながらも本能或いは直感で見抜いたからである。

(こいつは、やばい……)

 案内人シュトラーゼを薄々目障りと思っていた誠司ではあったが、目の前に迫る危機に焦りと不安、それから何故こうなっても現れようとはしないのかと知らぬ名前を叫びたくなる。案内人シュトラーゼしか持たないという武器すら鈍器くらいの使い道しかない分厚いのが取り柄の本で、ここの案内人シュトラーゼはいかにも破壊しかできないビーム砲を武器としていた。

 名も知らない自分の半身、けれど無駄に慈悲ある偽善者のようでもある欠片。

(考えろ……ここには俺しかいない。俺にしか……)

逃げようにも逃げ場は無い、戦おうにも武器は無い、抗おうにも檻のせいでそうできない。

(……諦めたら、現実の俺はどうなるんだ?ここで終わったら二度と 世界シュメルツに出入り出来なくなるのか?)

ガリガリと鋭い爪を木製の檻に立て、どうにか破ろうとする鷹を模した侵食プリュンデラーを前にし、誠司の頭の中を様々な考えが渋滞を起こすように飛び交う。

 ーー結果、行き着いたのは手放すという手段。楽をしたい、巻き込まれたくない、逃げたい。誠司の中から忍び足で出ようとしていた考えを手繰り寄せるように、途端に誠司はその事しか頭には浮かばなくなる。

(俺は巻き込まれたくない、それだけだ。それ以下でも以上でもなく、ただただ淡々とページをめくるように日が過ぎていって、最期を迎える楽な生き方をしたい。誰にも邪魔されない、自分だけのーー……)

 侵食プリュンデラーの瞳には見る者を魅力し懐柔させる力でも宿っているに違いない。ここでページを閉じてしまえば物語は簡単に終わるのだ。

 自身の案内人シュトラーゼに接触したせいか変わりかけていた誠司の価値観が、ギシギシと錆びついた時計が新しい時を刻もうと軋むように歪んでいく。

(こいつに任せれば俺は戻れる。馬鹿みたいにけたたましく騒ぐ奴らを見下して窓側で外の景色を見ながら月日が過ぎるままに息をするあの時間に、蔑まれようが自分だけの世界でいられる日々が)

 そうして誠司は無意識に侵食プリュンデラーに縋るように手を伸ばしていた。何故、侵食プリュンデラー住人アングストらが似て非なる姿をしているのか、それすらもうどうでもいいと吐き捨てるように。

 ーー逃げる事と戦う事は違うよ。逃げるのは楽だけど踏み出すまでは勇気がいる、戦うのも勇気がいるけど戦う事ってそれだけじゃないだろう?ーー

「……違う」

 あと少しで侵食プリュンデラーの手を取るというその時、いつか聞いた誰かの言葉が誠司の頭をよぎった。

 逃げるは恥と言うけれど、それは勇気あるからこそ出来るものであって逃げられた人が言っていいものではない。一番の恥は、逃げるでも戦うでもなく傍観し過ぎるのを待ちおこぼれを狙うような、そういう気持ちだ。

「俺は袋の鼠、けどお前は違うだろ!」

 誠司のお前と言う言葉に侵食プリュンデラーは「え、俺?」と言いたげに戸惑いを見せる。

 しかし、残念ながら誠司が差したのはその先ーー……してやったりと厭らしく口角をあげて笑う、自身の案内人シュトラーゼだ。いつからそこにいて、このやりとりを眺めていたのかは分からない。ただただ自分の心の変化を楽しむように姿をくらませて見ていただけなのかもしれないが、心なしかその信じていたよという意味もあるような笑みに安心した。

 侵食プリュンデラーが苛立って羽ばたく隙に姿を見せた白黒の案内人シュトラーゼは両手を大きく広げ、バサッと袖を靡かせる。その先には何も無いが、侵食プリュンデラーが攻撃を加えようと爪を更に鋭く出して案内人シュトラーゼに迫った時、見覚えのある光が案内人シュトラーゼ侵食プリュンデラーの前に差した。

 その眩しい以上の効果を生み出す光、それはこの世界シュメルツを代表する案内人シュトラーゼであるブラーヴによるビーム砲だ。

「え、なんでこいつら……お前を探してたんじゃなかったのかよ!」

 奇声を上げ、誠司とその案内人シュトラーゼには目もくれずブラーヴ目指して飛び去る侵食プリュンデラーを視界に入れながらも誠司は自身の案内人シュトラーゼにそう問いかける。

 すると、案内人シュトラーゼはそんなの簡単でしょうと口に袖口を当てるようにして笑いながら返す。

「僕らは自分の世界シュメルツでは自由に動けるけど、他所の世界シュメルツじゃ動ける範囲が決まっているからそれ以上無理に行こうとすると強制的に想像主トラオムの影に閉じ込められるんだ。だから誠司くんさえいれば僕は捕まえたも同然、追い詰めるだけで想像主トラオムの居場所が分かってれば尾を握ってるようなもんだよぉ」

 案内人シュトラーゼはそう身振り手振りで誠司に説明するものの、よく見ればその一見高貴な衣装には小さく裂けた箇所があり、住人アングストに例のビーム砲ができないにしろその逃亡がかなり雑な扱いの上で繰り広げられていたという事は安易に想像がつく。

(こいつ……追い詰められたのか。ひょいひょい逃げれそうなのに)

「ひょいひょいかどうかは想像主トラオムの質なんだけどねぇ。そんなこんなで彼らに追い詰められた僕だけど、彼らに侵食プリュンデラー倒しに加担してほしいって話されてねぇ」

(……なるほどな、大体察した)

「誠司くんは察しが良くて僕助かるぅ」

 棒読みで悠長な事を言う案内人シュトラーゼはケラケラと笑い、笑っている場合かと言いかけた誠司より先に動き誠司を閉じ込める檻に触れた。途端、檻はバキバキメキメキと伐採され倒れゆく樹のような音を立てながら縦に亀裂が入り、一気に周りを囲う岩諸共弾け飛んだ。

 砕けて弾け飛ぶ破片はやがて粒子となり、サラサラと消えていく様を見ながら誠司は自身の案内人シュトラーゼがむやみに他人の世界シュメルツで物を壊してはいけないと言っていた事に反している事に気づく。

(おい、お前物壊すのもダメだとか言っていなかったか?)

「大丈夫、あれは壊しても支障はないって案内人シュトラーゼに許可もらってるからぁ」

 支障はないと言ってはいても多少響くものがあるのでは?そうツッコミを入れる間も与えず、案内人シュトラーゼは上空で取っ組み合いビームを放つブラーヴと侵食プリュンデラーを見上げ次に誠司の方を見る。

 とても嫌な予感がした。

「……なんだよ」

「いやぁ、誠司くんってばちょっと成長しているなぁって」

「待て、何する気だ」

 さりげなく掴まれた右手をどうにか解放しようと、案内人シュトラーゼの左手……正しくは袖に爪を食い込ませたり腕を掴んでみたりと思いつくだけの抵抗をする。だが、案内人シュトラーゼの力は誠司を上回るらしく誠司は引きずられるようにして取っ組み合うブラーヴと侵食プリュンデラーの真下まで連れてこられてしまった。

「待て、待て待て待て、ステイだステイ、やめてくれ」

「だーぁーめ!誠司くん、男を見せるのよ!」

「口調変えるのやめろ気持ち悪……っぐ!な、何、して……っ」

 あろう事か、自身の案内人シュトラーゼは誠司の胸に勢いよく左手を突っ込んできたではないか。しかし、どういう事かその手は直接誠司の肌に触れるでもなく、ズブズブと波紋を放ちながらも沼に嵌るように埋まっていく。内部をまさぐられる言いようのない圧迫感は、近い表現にすれば内臓を麻酔も何もなしに直接弄り上下関係なくばらまかれたトランプを混ぜるようにしっちゃかめっちゃかかき混ぜられるようだ。

 後を追うように抱く嫌悪感はその弄る行為よりも弄られた事により自分が暴かれる危険性を本能的に察知し出された緊急信号のようで、視界には確かに目の前にいる案内人シュトラーゼが映っているというのにそれに重なるようにしていつかの自分の記憶がノイズだらけの中荒く再生された。

 これ以上はいけない。好き放題される中、トびかけた思考にぽつんと存在感を持って現れた言葉に我に返った誠司は案内人シュトラーゼを精一杯の力で突き放す。

「な、なんだ、よ……お前、そんな……」

 睨むだけじゃきっと足りない、ただの説教では気が済まないとぼんやりぼやけた視界で案内人シュトラーゼを捉えた誠司だが、案内人シュトラーゼが手にする自身の武器だという本を見て驚いた。

「僕は誠司くんの半身。なら、僕らの武器は想像主トラオムの核で出来ている。僕らの武器は弱くも強くもあるんだよ、だってこれは想像主トラオムだけの気持ちだからね」

 ページ数は進化と言うよりも見た目では数ページ程減っており、むしろ退化の方が近いように思う。本を包むようにゆらゆらと揺らぐ焔は紫を孕む薄い水色で、いつの間にか挟められている栞には夏色のカラーリングに夕焼け色のリボンが付いている。

 ほんの少しだけ変化したらしい本を無造作に開き、案内人シュトラーゼは本を持っていない方の手で誠司を抱き寄せるとふわりと宙に浮き、思わず力強く服を掴む誠司に大丈夫大丈夫と声を掛けた。

「さて、誠司くんの力を試そうか」

 もう角で倒すしかないとか言わないでね。と案内人シュトラーゼは傷だらけになりながらも尚争うブラーヴと侵食プリュンデラーとの間に入るべく、真上へと飛翔した。

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