勇姿亡き島
「ああもう、これだから他人に関わるのは嫌いだ」
「火種飛ばしたのは明らかに誠司くんなんだよなぁ」
誠司とその案内人は広い大地をひたすら全速力で駆け抜けていた。
上空からはそれを余裕と言わんばかりのゆったりとした羽ばたきをしながらもこの世界の案内人や住人らが追いかけ、時折速度を上げろと言わんばかりに鳥人の案内人がビーム砲を放つ。怒りを通り越して遊ばれているというのは何となく分かってはいるのだが、逃げなくては命が危ない。
「どうしたらいいんだよアレ!」
「僕に聞かれても困るってぇ」
「とりあえず本出せ、あの本!」
「アレは壊されたらダメなんだってばぁ!こうなったら誠司くん、あの手を使おうかぁ」
「あの手?」
案内人は誠司を左側から少し追い越し、懸命に走るその肩を掴むと追い越した勢いを利用してそのまま誠司を回れ左にする。とてつもなく嫌な予感がした。
「おい、何やろうと……」
「まあまあ、ここは僕に任せてよぉ」
嫌な予感以外何もしないのだが、なら任せようと誠司は案内人にその身を任せる。案内人はよし来たと誠司の肩をポンと叩くとふわりと宙にひとつまた高く浮かび、一気に加速して誠司を置き去りにして逃走。
まさか自身の想像主を置き去りにして行くとは思ってもいなかったのだろう、誠司を取り囲みながらも鳥人らは呆気どころか愕然としている。
「この野郎……」
そうつい出てしまった言葉に同情してか、先程までやりたい放題誠司にビーム砲を放ちまくっていた鳥人の案内人が翼をたたみ、どんまいと言いたげな哀愁漂う表情で誠司を見つめる。
「ああいうやつははじめてみた。みすてられてやーんの!あはははは!」
「……」
誠司は暗い表情をしていたがそれを取り消し、鳥人らの笑い方と何よりその外見からは想像もしていなかったたどたどしい幼児特有の舌足らずな口調に真顔になり、それもまた笑いの火種となってか鳥人たちの声はより一層大きいものとなった。
(こいつら、やっぱりあの緋色って幼女の住人だ。この清々しい感じ……間違いない)
外と中がさっぱり一致しないこの鳥人をどうしたら説得でき、どうすれば無理矢理連れてこられたこの世界から出られるのか。自身の案内人は一人で逃げ、もうどこに行ってしまったのか行方も分からない。
これはまさに袋の鼠、絶体絶命というわけだ。
「こいつどうする?」
「もういっぴきはにげちゃったし、どうしよう?」
「ボス、こいつたべれないでしょ?」
「おいしくなさそうだもんね、みたかんじせかいがちいさいしどうしようもないね」
もうどうしようもないと項垂れる誠司をよそに、外見と使用言語の釣り合いがまるでなっていないおっさんの姿をした鳥人たち。声は幼女でおっさんの身体とは、身体が先に進化したと言うよりも中身が外見と合っていないという事がイマイチ脳が受け入れないらしく、頭がぐらぐらする。
「おまえもたいへんだな!」
がはは!と豪快に笑いながらも住人たちは長である案内人の指示の元、誠司を蔦を編んで作ったらしい縄で縛っていく。他人の世界は夢のようにふわふわしたものだと思っていた誠司は、強く縛られた事による苦しさと痛みにこれは現実だと事実を示されているようでいたたまれない気持ちに突き落とされる。
(くそが、どこに逃げた……!あいつ見つけたらただじゃおかない)
舌打ちする誠司をよそに、誠司を縄で縛り終えた鳥人たちはいっせーのの掛け声で翼になっている手腕で器用に自身の腹や足に巻き付けた縄を誠司を縛る縄と繋ぎ、どこへ向けてか歩き出す。
「どこ行く気だ?」
「しんにゅうしゃにはなすきはない」
淡々と誠司の前を行く白肌に茶髪の住人は答えたが、それが気に食わなかったのか周りで同じく誠司を連れて歩いていた住人らは口々に騒ぎ始める。
「ちがう、しょうたいしたのはおさだろ?だからしんにゅうしゃじゃない」
「ちがうちがう、しんにゅうしゃだよ」
「おまえばかだろ、しんにゅうしゃじゃない!」
さすがは幼女の世界と言うべきか、ああでもないこうでもないと口喧嘩を始めてしまった。こうなってしまっては、通常保護者による仲裁が必要なのだが……生憎ここには保護者と呼べる者がいない。いたとしても案内人の知能がそこまで高くはないということはこの口喧嘩をする住人を見れば一目瞭然。
静かにしろと例のビーム砲で黙らせるやり方をする姿しか浮かばない。
「なあ、お前が長……って言うか、ここを纏める案内人なんだろ?早くこの喧嘩を止めろ、あと俺をどうして喚んだりしたんだ、教えろ」
「けんかはほうち、かってにしずかにするのをまつんだ。よんだりゆうはおまえがつみをつぐなっているけはいがしたからな、たいくつだったしあそんでもらおうとおもったんだ!」
「力加減の保証がない喋り方するおっさんと遊びたくないんだが」
「なまえでよべ!」
「うわっ!」
言ってすぐに鳥人の案内人は誠司に向けて威嚇するように間近で翼を大きく広げ、思いもよらない動きに誠司は驚きその場にへたり込む。
自身の案内人は自分を案内人としか名乗っていなかった為に、案内人にはそれ以外の名前はてっきり無いとばかり思っていた。しかし、鳥人の案内人曰く、案内人以外にも住人にさえ個々の呼び名が別にあるらしい。
「こころだからってなめるな、たましいはなくてもいきているんだ!」
バサバサと羽音を騒がしく立てて誠司に必死にそう訴える案内人の姿は、まるで過去にも同じように誰かに言われた事があるかのような、そんな悲痛な想いを抱いているかのようにも見える。
「……分かった、分かったから、いい加減ちょっと離れてくれ」
「わかった?ほんとうにか?」
「本当にだ」
「ふん……ならよし!」
鳥人の案内人はようやく誠司から離れると、本当に誠司が理解したと判断してか鳩胸ならぬただの胸……もはや巨乳と言っても過言ではない大胸筋を張り、これ見よがしに誠司に見せつけた後にその翼である手腕で胸をドンと叩くと勇ましいままに自身を語った。
「あたしのなはブラーヴ。てんかけるしはいしゃ、ここでいちばんつよくてかっこいい、ゆうかんなせんしだ!ほんとうはまなはいっちゃいけないんだからな、おまえにはとくべつだぞ!」
「その顔で一人称があたし……んんっ、何でもない」
どう見ても中年顔で一人称があたしという中身が幼女だけでなくオカマ口調になっているという爆弾にどうにか耐えながら、誠司は本当は言わないという部分について詳しく聞きたいながらもこの案内人……ブラーヴの相手は疲れるからと後で自身の案内人にでも聞こうと判断する。
(それにしても、あいつどこ行きやがった……。俺の案内人なのにどうして想像主の俺を置いて我先に逃げた、俺のーー……)
延々と自身の案内人に恨み言を内心で吐きまくっていた誠司だったものの、そうして考えていくうちにはたとその理由をようやく理解した。
(俺が、そうするから……か?)
嫌な事、面倒な事はできるだけ自分には来ないよう他者を盾にするように陰に隠れて過ごし、できるだけ目立たないようテストだって均等になるよう平均点に届くようにして過ごしている誠司。その感覚もあの案内人が持っていたとしたら、それはあながち間違いではない。ただ、盾にしたのが身近にいた想像主である誠司だったというだけ。
「げんきがないな、そんなににしょくもちがきになるのか?」
「二色持ち?」
誠司を馬鹿にしていたブラーヴではあったが、誠司が自身の案内人について考えているのを察してか大丈夫か?と首を傾げる。誠司はそれよりもブラーヴの言う二色持ちに反応し、ブラーヴはそっちか?という顔をしながらも頷いた。
「おまえのやつはしろとくろ、にしょくだろ?ああいうのをあたしらはにしょくもちっていうんだ。にしょくもちはふめいよのあかし、だからにしょくもちはあたしらのなかでもかとうなあつかいをうける……らしい」
「らしいってなんだよ、らしいって」
「にしょくもちはあたしのとこにはいないんだ。だからうわさしかしらないし、どんなあつかいだろうがあたしはみょうなことをしなければひどいことはしない。おじょうはそうしてる、だからあたしらもしない」
「お嬢ねぇ」
オカマなのかそっちの道の人なのかおっさんなのか幼児なのか、個性の混合体にどうにかならないのかと頭を悩ませながらも、今はこうして縛られてはいるが鳥人たちは案外思っていたよりも優しいのだと誠司は会話を通して知る。
こんなにも、仮にも自分自身の内面であろうが愛される世界があるのか。恵まれた環境だからこその感覚なのか自身が最初から持っていた感覚なのか、定かではないがきっとこれは世間的には素敵と賞賛されるのだろう。
「二色持ちってのはどうしたらなるんだ?」
「さぁ?あたしにはさっぱり」
できるだけ気を緩ませてそのうちに逃げようとしていたがそうはいかないらしく、ブラーヴは住人たちが持っていた 誠司の身体を縛る縄を束ね自らの身体に括りつけると数名の住人に何かを指示して飛び立たせる。恐らくは逃げていった自身の案内人を捕まえに行かせたのだろうがあの案内人の事だ、巧みにかわしているに違いない。
それよりも気がかりなのはブラーヴが言っていた二色持ちという新たな言葉。言われてみれば確かにここの世界には髪の色が二色の者がいない。個体差はあるにしろ皆、何かしら暖色を中心として髪が一色に染まっている。
(あの真っ暗な俺の世界とは違う、生き生きとした世界。それに二色持ちと言われる俺の案内人と二色以上ではない案内人。似ているようで明らかに違う……)
現実で生きる人間、想像主。想像主の思考や願いなど、様々な物を固めて作り上げられた箱庭、世界。世界を統べ、一番想像主に近い形で具現化される世界のほぼ全権を持つ案内人。案内人に唯一成り変われ世界を案内人同様支えている住人。想像主を害し、それにより世界に生み出されてしまう想像主にとっても世界にとっても案内人にとっても住人にとっても絶対的な悪であるという侵食。侵食により侵され負傷し、或いは喰らわれ堕ちた存在の虚無。
異国には異国の発音や言葉があると言うが、これらもきっとそれと同じなのだろう。
「とりあえず、おまえはりこうみたいだからなわをはずしてとじこめてやる。ありがたくおもえよ!」
閉じ込めるにありがたいもクソもあるかと言い返したいが、中身は幼女なのでどうしようもない。そうして誠司がブラーヴに連れてこられたのは人が二、三人は入れそうな周りを積み重ねた岩で囲まれた木製の檻の前だった。