白黒の男
(ここは……)
やけに暗い、何も見えないと暗闇の中で目を覚ました御園誠司は手当たり次第に何か場所の分かりそうなものはないかと手がかりを探す。しかし、暗闇で何か見つけられたとしてもそれが何かを手の感触だけで当てられるはずもなく、やけに焦げ臭い臭いが鼻をつくだけだ。
「ご機嫌いかが?」
「!」
少しでも情報を得ようとしていると、どこからかあの時自身に話しかけてきた声が聞こえてきた。どこからか、というよりも声の響き加減からするにこの暗闇そのものからかもしれない。それ程大きな闇にいるのかもしれないし、逆にそれ程狭い場所に閉じ込められているのかも……などと憶測をあれやこれやと並べていると、声は更に続けて言う。
「愛し子には子守唄を。子守唄には暗闇を。暗闇には灯りを。灯りには……勇気を」
一体何を言っているのか、その意味は理解しかねるが声はだんだんと確実にこちらに近づいてきているように思う。
(さっきから何を言っているんだこいつ。……さっさと出てこればいいのに、面倒な)
誠司が嫌々ながら相手をするか否か検討し始めると、声は「ちょ、ちょっと雰囲気!雰囲気が!」とまるで心が読めているかのような口ぶりで慌てだす。
「ああもう、これだから僕の想像主ってのは!」
そう声が言ったかと思うと、誠司が瞬きをする間に目の前に一人分の人影がぼんやりとその姿を光らせながら現れる。
頭の先から足の先まで全体的に左右非対称で白黒のカラーリングに、尻尾らしきものは見えないものの頭部から生える狐の耳、和と中の境目のようなヒラヒラとした服装に目だけを覆うお面。
今こうして会うのは初めての初対面であるはずなのにやけに親近感がある上、それとはまた逆に不思議と苛立ちや嫌悪感さえ覚える。はて、どこで会ったかと考えながらぼんやりと見つめていると、誠司の反応をよそにその場に跪いた。
「急に呼び出してしまった事を僕はまず謝罪しよう、ごめんなさい」
「……は?」
何を言っているのか、そして自身のおかれている状況がまるで理解しきれていない誠司は思わずそう反応する。
「ああ……そうだったね、はじめましては丁寧にするんだよね。僕はここの案内人。呼び出した方法は簡単、僕の権利で誠司くんを開門でお呼びしたんだよね~」
「……」
まずは普通、跪いたのなら場所についてはっきりさせるべきなのではないのか。と誠司は一歩引いた場所から見る如く冷静に心の中でツッコミをした。口調からして付き合ったら面倒な人柄だと本能的に察することすら容易だ。
「そうそう、僕がお呼びしたら現実での時間は進まないから安心してよねぇ!褒めてくれたら嬉しい!僕褒めてくれる人大好きだよぉ!」
「……コミュニケーションって言葉は無いのか、お前には」
常にやる気が低い誠司にとって、自身を案内人などと名乗る不審な上にやる気がカンスト済みの相手にいちいち反応するのは骨が折れる。ただでさえ会話をするのが苦手だというのに、どうしてよりによってこうも自分とは正反対な人柄を相手にしなくてはいけないのか。
そうこうしている間にも男は黙ることはなく、疲れる様子も見せずに一人喋り続けている。
(こいつ絶対説明書なしにゲームするタイプだ)
「そこは喋るの好きなんだなぁ……に留めてほしかったなぁ」
「……は?お前何、今……俺喋ってないぞ?」
「そうだよぉ!僕ら案内人は想像主の心が分かるからねぇ、喋りたくなければ喋らなくて大丈夫!」
おまけに会話をしなければしないで、思っている事がそのまま伝わってしまうらしい。もういっそ、このまま一人喋らせておいて、自分が黙っていても考えが伝わるのなら喋る体力を使わなくて済むし一石二鳥では?とさえ考えている。だが、目の前にいる自身を案内人と名乗る性別不明の人物はそれを本来ならばしたくないと頭を抱えて地団駄していた。
「喋らないとコミュニケーションじゃないよぉ!それにほら、ここはどこ?って思っていたんだからここは僕にそっくりそのまま聞かないとぉ!」
(分かったよ……ここがどこか白状しろ)
「あーん恥じらっちゃうの可愛い!僕の誠司くん可愛い!」
(……気色悪い)
袖がぶかぶかなせいで完全に萌え袖以上の代物になっている袖を合わせて一人興奮気味で悶絶され、正直首を絞めてやりたいが生憎誠司にそこまでする度胸は無くぐっと堪える。そんな誠司を尻目に、案内人は誠司には度胸が無いと理解してか更に続けた。
「誠司くんが可哀想だからね、説明シてアゲるよぉ。ここは世界。誠司くんだけの誰も知らない宝箱、誠司くんの世界観そのもの、精神……うん、そう考えたら早いかなぁ?世界はそれを形作った人……想像主、つまりは誠司くんが思っているまま、感じているままに創られるんだ。世界には大抵案内人がいてね、それがこの僕。……で、案内人は世界で一番偉い!僕権利には強い!ってね。権利って言っても、世界に自分の想像主とか他所の案内人を開門でお呼びする程度が主な力なんだけどねー。まあ、ここまではいい?」
あまりにも長々と質問を受け付ける隙も与える事無く話をされ、まるで近所によくいるおせっかいなおばさんでも相手にしているような錯覚を起こしながら、誠司は淡々と半目で案内人を見つめながら呟く。
「幼稚園児に高校入試でもさせる気かお前」
今の誠司にできる精一杯の表現はこれで限界だ。しかし、案内人はそれをどう捻じ曲げて理解したのか、キラキラと輝きながらよからぬ部分に反応を見せる。
「わーっ、誠司くん幼稚園児なの?可愛い、可愛いよねぇ幼稚園児。誠司くんは幼稚園児の頃、よく遊びに来てくれたのに最近ここ数年ちっとも来てくれないんだもん、暇暇の暇だったんだよー?」
長々と説明され、どうにか箇所だけでもと頭に叩き込む。まだ如何せん内容が頭に入り切らない中、この場所によく来ていたという男の言葉を誠司は危うく聞き流しかけたところで我に返る。
「来てた?」
「うん」
「俺が?」
「そう」
「本当に?」
「本当に!」
記憶力には多少なり自信のあったはずの誠司はそこだけは曖昧だったかと項垂れた。しかし、案内人は仕方がないよとそんな誠司を励ます。歳じゃない、歳じゃないよ、まだ未来があるからと。そこじゃないとツッコミし正すことすらもはや誠司は諦める。
「世界は誠司くんの感性のままに成長するんだもん、家だって一軒家建てる前はモデルハウス見に行くでしょ?それにここは大体好きな物しかないんだから、嫌な事があれば夢に逃げるのは当然だよ」
「誰しもモデルハウス見に行くとは限らないけどな」
「まぁそれはそうだけどね?……それに、夢っていうものは寝ている時に見るものだよ。身体の機能のほとんどがもらえる休憩時間。脳だってそんな感じだから覚えてないのも無理ないよ」
ただでさえ説明が長いのに加え、余計な個人的情報までねじ込まれた話に次第に頭痛すらしてくる中、誠司はツッコミが億劫と思う反面途中ではやめられず、完全に案内人のペースで話が進んでいく。
「つまり、簡単に言うとここは夢の中?」
「そうだけどそうじゃない。通行手段としてはそうなんだけどぉ……まあ、うん、そうだね、そんな感じかなぁ?」
狐耳を考えるのに合わせて忙しなく動かし、どうすれば分かりやすいものかと悩むがいいアイデアは浮かばないようでゆらゆらと左右に身体ごと揺らす。案内人を名乗っておきながら悩むのはより一層信頼が欠けるだけなのだが、どうも自分の案内人は緊急時の知識までは無いらしい。
(……こんな場所まで招待して、一体何の用があるんだか)
誠司の心の声に反応してか、案内人の狐の耳がピンと立つ。さも今し方消えかけていたモチベーションを取り戻したかのように、本筋が話せると言いたげに。
「ではでは、本音を言おうかな」
「なんだよ今更改まって」
「今更って失礼な。……誠司くん、誠司くんはこの世界をどう思う?」
案内人は両腕を上げて誠司に周りを見るよう促す。見なくても周りがどうなっているのか、それは想像をしなくとも把握できる規模のものなのだが――誠司は仕方ないとちら見する。何度見ても、辺り一面、そこにあるのは真っ暗な暗闇だけだ。何もかも塗りつぶすような、冷たささえ覚える冷徹な黒。それ以上でもそれ以外でもない一色だけ。何かあるかと言われてみれば、焦げ臭いというくらいだ。
「ど、どう……って言われても……暗い」
「そう、暗いんだよね。例えるなら熟年夫婦のラブラブ生活に釘を刺すようにやってきてしまった親戚の子を今後どうやって他のとこに押し付けようか突然暗くなった未来をどう切り抜けよう会議を開いているかのような」
「……」
身に覚えのある話を引っ張り出され、再び何かしらの制裁を加えたい衝動に駆られた。煽られたら負け、煽られたら負けだと自分に必死に言い聞かせて怒りを沈めると案内人は「うんうんそうするよね」と一人頷く。
「僕は誠司くんから生まれた案内人だよ?知識や言動、容姿は全て想像主が知るものだけ」
あとはほら、思考なんかもバッチリ分かっちゃうからさ!と案内人は余裕そうに語る。今再び湧き上がる怒りすら分かられていると考えると、早急に殴り飛ばしたい。
「今の誠司くんの世界は見ての通りの闇。困った事にそれしかないし、だからこそこれを罪として治す必要があるんだ」
急に予告もなく引っ張られるようにして明らかに不審者同然の自身を案内人などと名乗る者に自身の世界観そのものだという世界に喚ばれ、はいこれが君の世界、内面です、どうですか?と聞かれてもピンとくるはずもない。むしろ、小馬鹿にされているような腹立たしさしか抱きようもなく、普通なら突っぱねて同然だ。
誠司の動揺と迷いを感じてか、案内人は母親のような声色で続ける。
「……今の君がすぐに承知しない。それを僕は誰よりも知っているよ。でも言うだけ言わないと、君が君でなくなってしまう。だから僕は何度でも伝えるよ。今の君が望んでいないと思っていてもいい。僕は君だからね、君が僕をどうしようが僕は構わない。でも僕は君が大好きなんだ。だから言うよ、誠司くん」
案内人は普通の人間のように一呼吸し、覚悟を決めたように息を吐き切ってもう一度息をするとさらに誠司に近づいてはっきりと喋る。
「罪人として他人の世界を守る贖罪をしてほしいんだ」
罪人。犯した罪に覚えはまるでないが、しかしその言葉が誠司に深く突き刺さる。罪人は文字通り罪を犯した人、そのものを指す。対する贖罪は何かしら自身のものを捧げる事で罪を軽くする。
贖罪とやらをしただけで身に覚えのない罪とやらがどうとなる、という気はしないのだが案内人曰くむしろ贖罪はありがたいものらしい。
「他所の世界に土足のまま上がり込むなんて、勿論僕ら案内人にとっても禁忌中の禁忌なんだけどねぇ。でも、例外なのが贖罪。いくら想像主が幸せそうでも、肝心の世界がボロボロのところなんてザラにあるからたまに他所の案内人に助けを求めたりするんだぁ」
「……その助ける先ってのが贖罪をする側、って事か?」
「大正解!贖罪をしていけば君の世界は心境の変化に伴って改善する、他所の世界も問題が解決する、WinWinってねぇ。どうかなぁ、誠司くんはやってみるかい?」
やるかやらないか、二択とはいえどそれはもはや強制も同然。やればこの闇でしかない自身の世界の状態が改善し、やらなければ一生この闇のまま。面倒がいいかそうでない方がいいかと言われれば面倒な事はしたくない。だが、いつまでも周りから浮いたままというのも社会に出た時の事を考えると良いとは言えないのだ。なら、答えはひとつ。
「……やるよ、やりゃいいんだろ?」
「おっ、さすがは誠司くんだねぇ。うんうん、それがイイ!誠司くんはいいコだねぇ」
「その言い方やめろ、気色悪い」
やたらとスキンシップをしようとする案内人を振り切り、誠司は面倒な事を引き受けてしまった事に後悔しつつも贖罪をどうすればできるのか考える。できるなら、案内人自体を別に変えて欲しい……そんな欲を抱きながら。