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単調傀儡の案内人  作者: がおがお
2/8

虚の妄想癖

「今日もお弁当、作ってきたよぉ!」

「あ、うん、ありがとう」

 昼休みの中庭のベンチを陣取って座り、彼女らしき女子生徒に手作りらしい弁当を間近に見せつけられる彼氏と思われる男子生徒。青春を恋愛に費やし、外野から見ればリア充は爆発しろ別れてしまえとでも言われていそうなよくあるテンプレそのままのカップルなのだが、それを三階の教室の窓側の席から一人寂しく男子生徒――御園誠司みそのせいじは憐れだと生気がまるで感じられない目で見つめていた。

(人間は愚かだ。片や想いを善として押しつけ、片や迷惑を迷惑と言いきれずに関係をだらだらと続ける……無意味な行為だ)

 誠司は群れる事を酷く嫌う、けれど、だからといってまるっきり一人であれやこれやと行動するのも嫌いな、中途半端な感覚を持つ以外は他のクラスメイトとは何の変わりもない高校一年生。高校といえば高校デビュー、小中とほぼほぼ決まった学校に半自動的に通わされる中、ようやく自身が己の学力と将来の人生計画とを照らし合わせた結果に得られる自由。……それが一般的な高校デビューなのだろう。

 しかし、誠司には世の若者のように高校に進学すると同時に自身のキャラを見つめ直したり趣味に没頭したり、青春を謳歌しようという勇気……もとい、気力が既に枯渇していた。

「お前生きてるのか?地獄から逃げて来た亡者だったりしてな!はっはっは!」

 入学式早々、そんな様子の誠司に目をつけたらしい毛髪が劇的な退化を経ている生徒指導の男性教師に気合い注入だと背中に手形が付くほどの一撃をプレゼントするという事件があった程だ。誠司は男性教師の言葉をただ聞き流していたが、背中の一撃だけはさすがに見逃す気にはなれず、こっそり録音していた音声データと共に教育委員会にプレゼントして差し上げた。

 次の月になるとくだんの男性教師は消えていたが、お陰であれから五ヶ月経った今でもうっすら背中に痕が残っている。

(個人を尊重、とか何とか。上辺だけは簡単だけど、統一性と強制的な修正は紙一重。他人は所詮他人、自分じゃない時点でもうそれは相容れない存在だ)

 残り僅かとなった紙パックのレモンティーをストローで吸いながら、誠司はくだらないと昼休みを自由気ままに過ごすクラスメイトから目を背け、再びカップルの方へと目を向けた。少し目を離しているうちに何が起こったのか、そこにはぽつりと女子生徒が一人取り残されている。見ていなかった誠司には想像の範囲でしか理解しかねるが、男子生徒が女子生徒に対してあまりにも無関心だった為、口論でもして男子生徒をこの場から退場させたのだろう。誠司とは別にカップルの様子を見ていたらしい女子生徒グループは、ひそひそと小声で「ざまあみろ」「リア充乙」等と嫌な笑みを浮かべながら嘲笑い、女子特有のマイナス面での習性がよく出てしまっている。

(ほらな、所詮は他人だ)

 どれだけ話を盛ったところで、妬まれ恨まれ疎まれるリスクに常に悩まされなければならないという事実は変わらない。脱したいのなら一人でいればいい。そう思いながら食べ終えた昼食のゴミを纏め、トイレに向かうついでに教室内のゴミ箱にそれを投げ捨てる。

「御園ってさ」

 まだ誠司が目の前を通過途中であるにもかかわらず、皮肉屋な生徒が尽きた話を続けようと誠司の話題を振った。けれど誠司は動じない。動じたところで話題に出されてしまったからには逃れられないと知っている。

「本当、変わってるよな」

「うんうん、一日に指で数えられるくらいしか声聞かないし」

「確かにー」

 無関心が功を奏したのか、誠司は陰口はされるものの悪質ないじめらしいいじめを受けたことは無い。それは恐らく、仕掛けようにも実行したところで反応があまりにも薄く面白みの欠けらも無いからと予測されての事だろうが。

 クラスには数名、いじめのような友人間での悪ふざけは多々目にするが、本当に今このクラスでいじめを受けているのは誠司の前の席に座る女子、祷目詩葉いのめことはただ一人。教師の目が届かない場所、見つからない時間帯だけを狙い実行へと移していく、悪質ないじめのただ一人の被害者。

(何が楽しくてしているんだか、俺には理解しかねるな)

 誠司が廊下を真っ直ぐ歩き右に曲がってすぐの所にあるトイレに入るか入らないかという時に、女子トイレの方から楽しげな、或いは不快な笑い声が聞こえてきた。トイレ内からは悲鳴らしい声もなく、ホースから水がぶちまけられる音と何かに夢中になって笑う女子グループの声しか聞こえない。

「いい気味~」

「本当よ、さっさと諦めたらいいのに」

 いじめというものは、自分とは相容れない、または周囲とは異質としたものを日々蓄積されていくストレスのはけ口として断罪を口実として行われる水面下の暴力。それぞれ校則違反に引っかかるであろう茶髪と金髪に髪を染めた女子生徒の二人は、トイレから出てくるなり清々しい程に高らかな笑い声を廊下に響かせながらどこかへと消えていく。

(女ってのはこれだから嫌いだ)

 残念ながら誠司は異性である為、数分前までのトイレの様子も先程出て行った女子生徒二人組が引き起こした大惨事の惨状を見ることすら叶わない。

 それでも、まあ自分にはなんの関係もないと思わず立ち止まっていた誠司がいざ男子トイレに入ろうとすると、次は見事に制服だけがピンポイントでびしょ濡れになった、毛先が見事なまでに切りそろえられたセミロングに水色の金魚を模したヘアピンが黒髪に良く映える女子生徒――祷目詩葉が現れる。器用に制服だけを濡らし頭部まであえて濡らさなかったのは、制服ならば詩葉が体操着に着替えてしまえば教師らが昼休みの間に何があったのかを悟られないと思っての行動なのだろう。

「……」

 誠司のみならず、他の生徒もいる中、その姿から一番に注目を浴びながら詩葉は誰とも視線を合わせまいと下を向いて歩く。

「……大丈夫か」

「あ……、う、ん」

 たまたまターゲットにされなかっただけとはいえ、まだ微かに他人に同情する部分だけは息をしている誠司は、そんな詩葉にすれ違いざまに声を掛ける。詩葉は未だ下を向いたまま、まさか声を掛けられるとは思ってもいなかった為にたどたどしいながらも返答すれば、声を掛けたもののそれ以上言いたいものもない誠司はそのまま男子トイレへと入って行く。

 まさにその時だった。


開門ツェアファル


 そう脳裏に突然儚げな女性のものと思われる声がしたかと思うと、視界がぐにゃりと歪んでいき、次第にあらゆるのが混ざり合いマーブル柄へと変貌を遂げた頃には、誠司はその気持ちの悪さから意識を手放す。

(最悪、トイレで……倒れ、る、とか……、カップル見る、とか……本当、俺、ついて、な……)

 そこが大事?と言われてしまいそうな、誠司本人からしてみれば重大な問題を抱きながら。

 

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