彼の為に
街が燃える。メラメラと、ごうごうと、絶え間なく、焔が上がる。
住人は逃げ惑う。わらわらと、バタバタと、狩人に狙われた獲物のように安全な場所に集っては、呆気なく燃える。
「嗚呼、悲しい事だ」
混沌と混乱が入り交じる大火災の中、一人逃げる様子も無く男は街で一番高い塔にバランスよく立ち、何かを欲するように両腕を天高く上げると外界目掛けて哀れみの目を向けた。
「世界が壊れて消えゆく様は美しく、愚かしい」
壊れた世界は戻らない。誰かが生きていようがいまいが、同じ景色は、風景は、二度とその場所に蘇らないものだ。
これで何度目の大災害だろう、と塔に立つ男は右手に古びた一冊の本を出現させるとパラパラとランダムにそのページを捲る。そうしてあるページに差し掛かると、そうだ、最初の大災害は夏の日だったねと納得したように深く息を吐く。
「それでも見守ろう、いつも見届けていよう。……そうしていたかったんだけどねぇ、これ以上の災害は本当に壊れてしまうよ」
これ以上放置するのはいけないとようやく男はこの火災をどうにかしようと動きを見せる。手にしていた本を一瞬にしてその場から消してしまうと、あろう事か男自ら、轟々と燃え盛る炎目掛けて塔から飛び降りたのだ。
「何してるんだ!」
地上から、その光景を見ていたらしい中年の男のものであろう声が聞こえてくる。男はそれでも道化のような表情を恐怖によって変えるでもなく、さも当たり前のように笑っていた。
(何?何って……もう一度、この世界をやり直す儀式じゃないか。当たり前で当然で、いざという時の為にある手段だろうに)
自分目掛けて叫ぶ複数の声を不思議に思っていた男だったが、何故そう言ってくるのだろうかと考えを巡らせた結果、彼らは真新しい住人であったものだという結論に辿り着く。
「開門!!」
炎にその身体が呑まれるかという時に男が叫ぶと、丁度真下に狐のような模様をした陣が描かれる。炎が陣が放つ光に触れた直後――……世界は光に包まれ、跡形もなく瞬時に飛散した。