掌編小説 其之漆
雨が降っていた。
私は店のカウンターで頬杖をつき、外を眺めている。
雨の日なんて、誰も来ないのに
じめじめとした空気と、店にこもった、かぎ慣れた甘ったるい匂いに、顔をしかめた。
カウンターの端に置いてあるノートを手に取る。
このノートには、その日一日の思ったことを書いている、私の日記だ。
私はノートを開き、ペンを取る。
○月×日
雨
憂鬱
また、外を眺めた。
窓には、水滴が流れていた。
カラン、とドアが開いた。
こんな日に来るなんて
客を見た。
子どもだった。
よく見ると、いつも来てくれている子。
その子は、パンをトレーに乗せ、私の方に来た。
トレーに乗っているのは、私が作った日替り動物パン
パンダ好きなんだ。
お姉さん、今日パンダのにするって、言ってたから。
と、私に笑いかけてきた。
その笑顔に私はあたたかい気持ちになった。
カラン、とその子が店を出ていった。
外を見た。
雨は上がり、虹が出ていた。水溜まりに映り、きれいだった。
ふと、開いたままのノートの文字が目に入る。
ペンを取る。
さっきまで書いてあった文字に斜線を引き、
虹。
今日は良い一日だった
弾む字で書き込んだ。
店の中には、優しい匂いが拡がっていた