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放課後HEROES-children of the twilight-  作者: いでっち51号
第1章「言葉のいらない約束」
6/15

第5幕

 ――悟は母の存在に悩まされていた。彼の母は借金にまみれた生活をしていたのだ。男をつくっては別れを繰り返し、稼いだお金の大半を生活費じゃなくてパチンコに費やすようになっていた。その傾向は彼の年齢が上がるとともに加速していった。高校進学もままならず通信制高校でハードなバイトをしながら学業に励んでいた。しかし当時自宅に連れ込まれていた男との仲が非常に険悪で母と男が愛を育んでいる最中に木製バッドで2人を強襲したのだと言う。双方に重傷を負わした彼は敢え無く少年院へ。これより母とは完全に離縁するも身寄りのない一人の男となった。出所してからは仕事を転々とするも、行く先々で人間関係のトラブルを起こすばかり。交際する女性ともろくに長続きもしない。まさに浮遊してさ迷う一人の男の人生そのものだ。しかも逃げ場はない。この度襲われたのは知人からの仕事の紹介話で赴いた先に起きた出来事らしい。とんだ悲劇である。しかも主犯格が誰なのかは全く想像がつかないとのことだ。それだけ彼が持っているしがらみも深いということなのだろうが……




 いずれにしてもそんな波乱万象に包まれた人生を淡々と話す悟に賢一は単純に驚愕した。こちらからかけてあげられる言葉も見当たらない。しかしそんな心配を打ち払うかのように彼は逞しく達観していた。



「まぁ、昔のことをウジウジしていても何にもならない。問題はこれからだよな! さぁ、俺はこれからどうしようか! 伊達賢一君!」

「悟君……」



 悟は自分で自分の太ももをパシッと叩いて笑顔でこう言ってみせた。強がっているのだろう。そんな彼は言葉に詰まった賢一を気遣ってか、話を続けた。



「しかし人生は不思議だ。あの日、オレは高木先輩を騙して懲らしめようとした。それがどうだよ? 今じゃオレが騙されて懲らしめられた。そしてあの日も昨日も俺は伊達君を巻き込んでよ……罰って言うのは本当に当たるものだな」



 悟の言葉を聴いて賢一は瞬間的に閃いた。そしてそのままに話を切り出した



「確かにさ、こうして巡り会えたのは何だか不思議だよな?」

「ん? ああ、そうだな……」

「悟君は何も感じないかな?」

「え? 何だよ? 急に?」

「俺は悟君に言うべきことがある」



 賢一の心臓の鼓動が早まって高まる。



 ああ。なんと緊張するのだろう。



 きっとあの日の彼も同じ気持ちだったに違いない。



 運命とは繰り返しその意味を問う為にあるものだ。この瞬間に彼はそう思えた。



「悟君、俺と一緒に文芸部をやらないか?」

「!」



 時が止まった瞬間だった。悟はただ目を丸くして賢一の顔を見ていた。



 しかしその1秒後、彼はニコッと笑って即答してみせた。



「ああ! 喜んで!」



 悟の返事を賢一は「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」と歓喜の雄叫びをあげた。悟は両耳を塞ぎながらも彼のトレードマークである八重歯とともに満面の笑みを見せて浮かばせた。




 それから2人は一緒に生活を共にすることに合意した。その身がいつかの何者かに狙われているかもしれない不安から暫く外出を控えたが、1週間後には賢一が学生時代に働いていたコンビニを紹介し、新たな生活の場を悟は手にすることとなった。1か月後には賢一と2人で街に出掛けることもできるようになった。相乗効果というものはあるのだろう。賢一も自然と職場で笑顔が溢れるようになり、散々カッコ悪いところをみせていた新人職員の婦人から「伊達君のようになりたい!」と言って貰えるようになった。それまで府抜けた感じの雰囲気もなくなり、笑顔と笑顔で接することが全く苦にならなくなった。



 人は変化があった時に成長できるものなのだろう。もっとも、それを勝ち取るのは自分自身に他ならないが。少なくとも彼らはそうだと信じたい。勿論これで彼らの人生が全て順調にいくという話ではない。賢一も悟も正規の職員ではないのだ。それでもどんな荒波に揉まれてもうまくやっていけるのは“一緒に乗り越える存在”あってこそではないだろうか。




 久しぶりにかつて働いていたコンビニに寄る。悟の経緯を知る賢一は彼の面倒をよくみてもらった副店長に悟が問題を起こしてないか伺いに向かった。副店長が話す彼の印象は賢一の心配していたものと全く違っていた。「伊達君よりもうんと働いてくれるよ♡」なんていうおまけまでついてきた。



 その翌日、賢一は久しぶりに悟と昔通った靴屋さんに行った。当時好印象を残した金髪の店員さんはいなかった。今は違うことで靴を売っているのかもしれないし、別のことをしているのかもしれない。金髪のナイスガイなら賢一の今すぐ横に居る。時間は繋がっているのだ。縁があるのならまたどこかで会えることだろう。運命は裏切らない。そこに厳然と存在するものだ。



 その晩、悟は副店長からもらったという日本酒をとりだした。



「よぉ~一杯交わそうぜ!」

「その前に収録しようよ!」

「え? 飲んだまま録音すればいいのじゃねぇの?」

「何だよ、それ? いや待て、そういうのも面白いか!」

「ははは! 再生数が伸びるかもしれないな!」

「まあ、ものは試しようだね! やっちゃおう!」

「しかし、ダテッチも面白いことを思いついたものだな。いつ思いついたよ?」

「運命があると信じてから」

「?」

「悟君、俺は小説書いていて思うよ。この世には科学で証明できないことがあるってさ。それをきっと人は奇跡と呼んでいるのさ」

「随分カッコいいこと言うじゃないの。それが今日のテーマですか?」

「いや、違うな。せっかくこういう企画だからもっとでっかくやろう」

「?」

「世界征服!」

「ははは! アンタやっぱり最高だ!」

「乾杯!」

「乾杯!」



 賢一は悟と杯を交わすとICレコーダーのRECボタンを押した。




 ふたりきりの文芸部は再び走り始めた。




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