第4幕
あれから賢一がタクシーを拾って、自宅に帰ったところまでしか覚えてない。ベッドのすぐ下の床で名前のわからない男がいびきをかいて寝ている。
一瞬「誰だ? コイツ?」と言いそうになった賢一だったが、昨日の事を思い出して「あ~」と低いテンションで一人納得をした。
朝食はいつも最寄りのコンビニに寄って適当なパンを買ってくるのだが、そうしている間に部屋を物色されては堪らない。賢一は腕を組んで金髪の男の目が覚めるのを待った……が、一向にいびきが止まる様子もない。痺れを切らした彼はふと何かを思い出し、物置の最上段にある引き出しを開けた。するとそこには中学高校時代の卒業アルバムに交じって1枚の古びた写真と1枚の古びた用紙があって、賢一はその用紙に記入されている名前を見て全てを思い出した。
「江川悟! そうだよ! 悟だ! 悟君だよ! ははは!」
「ん?」
名前を呼ばれた悟は咄嗟に反応して起き上った。
「あれ、ここは?」
「俺の家だよ、悟君。すっかり大人になったな。金髪も顎鬚もよく似合っている」
「え? ああ……」
顎鬚をさすりながら悟は物思いに耽っている。どうやら寝ぼけているようだ。今のうちにと思い、賢一は先にシャワーを浴びて身支度を済ませることにした。幸いにも今日は休日である。不思議と運の良い巡り合わせに彼は感謝することにした。賢一の「シャワー使っていいよ」という声かけに「おう……」と反応した悟が続けざまに浴室へ入った。いつの間にかベッドの上に古びた写真と部活結成届が置かれている。賢一が浴室にいる間に悟が眺めていたのだろう。
賢一も再び古びた写真を手にとって眺めてみた。
あれから何年経ったのだろう? この写真はデジカメで撮ったものではない。
悟は見るからに色々あったようだが玲は今頃どうしているのだろうか? 元気であればそれに越したことないが、賢一でも悟でも思いもよらぬ荒波に飲まれてここまで生きてきているのだ。心配せずにいられないのは自然なことだ。そんな物思いに耽っているうちに浴室から悟が出てきた。
「いや~わりぃな。世話になりっぱなしだな」
「俺たちの間柄さ、気にすることないよ。ああ、コーヒーか紅茶入れようか?」
「おお、すまんね。じゃ紅茶で」
「はいよ」
悟は座ると写真を手にとって真顔でそれを眺めた。彼も思い出すことがあるのだろう。賢一はそっと微笑むとミルクティーを2人分、机の上に置いた。
「懐かしいな。高木先輩は元気にしているのかな?」
「さぁ……悟君が知らないように、俺も知らないよ」
「ふふっ、こうやってダテッチが紅茶を入れるのも何だか懐かしいな」
「ああ、そうだっけね。俺ってばそういう役目だったね」
「ごめんな。最後まで一緒に居てあげられなくて……」
「…………」
無言の空間が暫く続いた。だけど今度は賢一が沈黙を破った。
「いいよ。昔話さ。で、昨日は何があったの?」
「ああ、そうか。それも話さなきゃいけないな」
「話したくなければ話さなくてもいいよ?」
「それじゃあ、お前が納得できないだろ?」
「それもそうか」
悟が息をついて話を始めた。この仕草。懐かしさが心の奥底から湧くようだ。賢一は込み上げる感動とともに彼の物語に耳を傾けた――