第3幕(挿絵あり)
金髪の坊主頭の青年をこれまた厳つい恰好した男2人が囲んでいる。金髪の青年は「うるせぇ!」「知るか!」と乱暴な言葉で応戦しているが、囲んでいる男たちの方が明らかに過激な言葉を使って罵声を浴びせている。曲がり角の片隅とは言え、これはさすがに目立つ。金髪を逃れさせない為なのだろうがかえって逆効果なのではないか? そう賢一が思った次の瞬間だった。
タンクトップの髭面の男が金髪の顔面を思い切りぶん殴った。続けざまに長髪のこれまた派手な恰好した男が蹴りを入れる。まさに集団リンチが始まった瞬間だ。その瞬間のことだった。
賢一は呆気に取られていた……筈だった。
何故そうしたのかはわからない。酔っていたからかもしれない。いや、酔いが覚めていたからかもしれない。
「止めろぉ! てめぇら!!」
彼は倒れ込む金髪の青年を庇うようにして暴徒二人組の間に立ち塞がった。
「何だ! おまえは!!」
賢一は長髪の男に殴られた。ついでに蹴りもくらった。半端ない痛みにうろたえる。しかし顔をあげると髭面の男が長髪の男を抑えているではないか。
「やめろ! 関係ない奴を巻き込むとタダじゃ済まねぇぞ!!」
「うるせぇ! とことんやってやらないと気がおさまらねぇ!」
「ほら! サツが来る! 逃げるぞ!!」
「クソ……お前ら……覚えていやがれ!」
こんな会話だっただろうか? 警官が駆けつける頃には息をきらしながらも、何とか金髪青年の肩をかりて立ち上がることができた。警官の声かけには「大丈夫。大丈夫」とばかり返事を返しているだけだ。警官も誰かからの通報を聞いて駆けつけてきたのだろう。大事に至らないことをわかるとその場を離れていった。2人とも顔が腫れているのだが……余程負けん気の強い男なのだろう。警察官が去ってからも賢一と肩を組みながら彼を担いで、引きずって歩いていた。
「よぉ、アンタ誰だ? 何でオレを助けた?」
「さぁ? 酒に酔ってたからかな? ヒーローを気取りたかったのかも」
「はぁ? 馬鹿じゃないのか?」
「何とでも言え。それで……どこに向かっているのさ?」
「タクシーを拾う。まずはお前さんをお家に帰らせてあげなきゃいけないだろ」
「優しいな。面もちと違って……」
「馬鹿言え、そこでちょっとおいとまさせていただくまでよ」
「俺のお家の中には入らさんぞ?」
「当たり前だ。家の近くにコンビニか何かあるだろ?」
「ふふっ、変な奴だ」
「お前が言うなよ?」
「あまりにもそっくりだよな……」
「?」
「無鉄砲というか何というか……」
「オレのことか?」
「ああ。中坊の時に仲良くしていたツレがいて、俺。そいつのこと大好きだったのさ。呆れるぐらいね」
「ははっ! いきなり何だよ? おい? オレがそいつに似ているとでも?」
彼の顔を見る。八重歯を見せて笑っている。よく見れば背の小さい賢一と同じ背丈だ。二重瞼の穏やかな顔は瓜二つと言っても良い。だが不幸なことに名前が思い出せない。今肩を組んでいる彼が彼だとは限らない。それでも賢一の脳裏に「事実は小説よりも奇なり」という奇妙な言葉が躍るようにして浮かんで離れない。酔いならばだいぶ醒めている筈だ。これが人違いなら相当恥ずかしいが。
金髪の男が「おい、そろそろ降ろしていいか? タクシーを――」と話しかけるのを遮って賢一は語り始めた。
「俺はさ、実は趣味で小説を書いているのさ。高校の時はゲームに夢中になって一旦離れていたけど、大人になってパソコン買って、また書くようになったのさ」
「あ? いきなし何言っている?」
「まあ、ちょっとでも聞いてくれよ。そもそもそうなったのはお前にそっくりなそいつのお蔭さ。中学生の時に文芸部だなんてふざけた部活を立ち上げたもので、その部活に入ってしまったが為に物語を書くことに夢中になったものでさ……」
「…………」
「だけどそいつが中学3年の夏に転校しちゃったのよ。それからちょっとして俺一人の文芸部は図書部に合併された。当時の俺はよう喋れない奴だったからさ、文芸部は文芸部だってよう言えなかった。だけど狭い部室に俺は通い続けたよ。原稿用紙買ってはようわからん小説書いて石原先生に読んで貰ったよ。卒業式のその日まで俺はそうした。文芸部を護れなかったから、だから俺の勝手な想いでそいつとの約束を果たしたのさ。そんな奴にそっくりな奴がいじめられていたら、ほっておくなんてできないに決まっているだろ?」
「…………」
「おい、何とか言ってくれよ? そんな可笑しい話ないだろって笑ってくれよ?」
金髪の青年は涙を溢れるように零していた。全て間違いではなかった。
彼の涙はなかなか止まらなかった。彼もまた賢一を探していたのだろうか? あれからの事は何もわからない。なんで暴力沙汰に巻き込まれているのかも気になる。ただ彼の言葉を待つしかする事はない。やがて彼は重たい口を開いた。
「覚えているよ。ああ。覚えている……でも、わるい、名前が出てこない。名前何だっけ?」
賢一は金髪の男の肩にかけている手を解いて彼と向き合った。彼の瞳は真っ赤に燃えて揺れている。賢一はそっと微笑みながら彼にこう返した。
「伊達賢一。伊達賢一だよ。改めて宜しく」
金髪の男は「ああ! そうだよ! ダテッチだ! こんなに喋るようになるなんて!」と言って賢一の体に縋りついて泣き崩れた――