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西の外れの英雄譚  作者: 青背康庚
砂漠を渡る男――一部
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礼儀知らず

――――ジャギド・クレーターとアナスタシア――――


 どこか土臭い匂いの漂う室内。それが前日に食べたスープの匂いである事に気付き、男は小さくため息をつく。

 硬いベッドから体を起こすと同時に女――アナスタシアが名乗った。

「私、アナスタシア。お兄さんは?」

「またこのスープか。ダヴィドはどうした」

 ダヴィドには食べ物を生成する機能がある。勿論元になる食べ物は必要だが栄養価も高く味もさほど悪くない物が食べられる。元になる食材を増やす程、味も良くなり、メニューも増える。

 目の前にある地獄の芋スープは、ダヴィドの味に慣れた男には耐え難いものだった。

「アナスタシア! お兄さんはっ?」

「……ジャギド・クレーター」

「え?」

「通り名みたいなもんだ。Jで良い」

「名前が無いって事?」

「必要無かったからな。ここ数年はダヴィドから降りる事も無かったが……」

 クソが、そう呟くJの脳裏によぎるのは、荒野に生きる様々なバケモノ達だった。ダヴィドを機能停止にしたミミズを思い出し、顔を顰める。

「J、ね。私はアンネで良いよ。皆そう呼んでるから」


――――オーバーテクノロジー――――


 顰めた顔を戻すと、アンネの言葉に取り合う様子も見せずに口を開く。

「で、お前のダヴィドはどうした。天国の芋も悪くは無いが、もっとマシな物が食いたい」

 その言葉にアンネは不満気に唇を尖らせる。が、すぐに仕方ないなぁと言わんばかりに口元を緩め、代わりに苦笑いを浮かべた。

「ファーブニルは食べ物は作れないんだ」

 その言葉で全てを察したJは盛大にため息をついた。

「ジャンクドだ。それはダヴィドじゃない」

 ダヴィドは自動修復、食料生成、完全気密性などを備えた過去の遺物を指す。そのテクノロジーは未だ解明されておらず、また分解する事で多岐に渡る機能が失われる為、解明も進んでいない。殆どの場合は出土したままの状態に装甲や武器を付けて使用する。

 それに対し、分解を試みられたのがジャンクドだ。

 ダヴィドには継ぎ目が無い。どこから切り離せば正解かは分からない。また、それらの機能にどう接続すれば良いのかも定かではない。内部はコードのような物も無い為、手探りで操縦系のコードを差し込み、応答があるかどうかを確かめる事となる。上手く繋がれば良し。そうでなければ自動修復した部分を壊し、また最初からとなる。

 そもそも電気信号で動いていないのだ。それがどうして電気信号を取り込めるのかも全く分からない。全く分からないまま、電気信号を渡すコードを取り込ませ、外部パーツと連動させる事でジャンクドは作られている。

「ジャンクド?」

「ろくに使えない紛い物って意味だ」

「むぅぅぅうううう!」

 Jの無思慮な言葉を受け、アンネの頬が膨れ上がる。が、我関せずJは外へと出て行った。




――――熱砂の地アルザレイ――――


 ダヴィドの武装は二種類の取り付け方がある。ダヴィド本体を削りダヴィドに取り込ませる形と、固定具を用いてダヴィドに括りつける形だ。

 溶接はしない。溶接より手間ではあるが、ダヴィドに取り込ませた方が遥かに効率が良いからだ。そもそも溶接したところで時間と共に剥がれ落ちてしまう可能性が高い。取り込ませた場合はそうした事が無い。

 Jのダヴィドは固定具を用いた搭載方式だった。利点は換装や修理が容易である事。多くのルーダーがこの方式を選ぶが、企業などに属して単一の装備で戦う場合は僅かでも性能を引き上げる為にダヴィドに取り込ませる場合もある。


 今、Jは武装の取り外しの為、固定具と武装の連結を外そうとしていた。最終目的は装甲を剥がす事だ。その為に装甲の上についた固定具を外さなければならないが、固定具を外すには武装を取り外す必要があるのだった。

 ダヴィドの自動修理機能は武装や装甲を外す事で高まる。余計な物を纏っている程遅くなるのだ。少しでも早い復旧を願うなら装甲を外すのは必然だった。

「喉が乾くな……」

 まだ日は真上まで登ってきてはいない。だが地平線の果てから、砂と共に温められた熱がJに吹き付けられる。汗は即座に乾くので意外に暑さは感じない。しかしそれが喉の渇きを生んでいた。

 結局作業も然程進んでいないうちにJは家の中に舞い戻った。


――ダヴィドとジャンクドの違い――

「お前のジャンクドは何ができる?」

 部屋に入ったJは開口一番にアンネの背中に訊ねる。が、小型機械に向かって作業をしていたアンネは、一瞥した後、プイと明後日の方を向いた。

「……マニュピレーターがあるなら使いたい。代価として武装ならやる。どれも修理が必要だがな」

「ジャンクドはろくに使えない紛い物なんでしょ?」

「……戦闘にはな。戦闘機動に外部パーツが耐えられん。で、マニュピレーターは無いのか?」

「戦闘機動に耐えられない外部マニュピレーターならあるけど――」

 そこまで言って、アンネはジロっとJに視線を向けた。

「――ろくに使えない紛い物に頼るんだ?」

「ジャンクドのマニュピレーターか……まぁ、それでも良い。代価は相応に減らすが構わないな?」

 ダヴィドのマニュピレーターは普通の手の機能もあるが、精密作業も行える三軸アシストアームが内蔵されている。ルーダーの意思に呼応して人間の手以上に器用に動く代物で、人間の手の入らないところでもお手の物。下手な工具を使うよりも数倍効率が良い。

 それに対し、外部マニュピレーターは補助プログラムこそあるが、それほど自由には動かない。人間の手に比べて有利な点と言えば、力があるくらいなものだった。


――――アンネの怒り――――


「……もう!」

 机をグイと押しながら、肩をいからせると、アンネは振り向いた。

「代価なんて良いから、ちゃんとお礼を言いなよ。ご飯も食べて、寝床も借りて、これから私のファーブニルも借りようとしてるんだよ? それなのにろくに使えないだなんて、そんな言い方、酷いよ」

 怒っている。怒っているが、それ以上に悲しんでいる。ろくに人と向き合ってこなかったJにもそれは分かった。そして、戸惑った。何に戸惑うというのか、分からぬままに。

「……だから、武装をだな――対価は払う」

「分かった。もう良い。スープ、余ってるから食べて。私はJのダヴィド、ガレージに入れてくるから」

 怒りが抜け、どこか悲しげな表情だけ残したアンネは、それだけ言い残し足早に部屋を出て行った。

「やれやれ……どうしろって言うんだ、あの女は」

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