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あの子は2度死なない

作者: 鈴蘭

時刻は午前7時過ぎ。ここは○○中学校の門の前。あと数メートルで学校に到着する。

車を運転していた田中先生は急に目を見開いて急ブレーキを踏んだ。

「ああ、またか。」

車を降りて前方を確認したときの最初の一言がそれだった。

車の前には誰もいなかった。でも、運転中の田中先生にははっきり見えたのだ。車の前に飛び出してくる、赤い服を着た女の子が。


この始まりは半年前に上る。

田中先生が今日と同じく学校に向かっていたときだった。この日は、夜に書類整理などをしていたために寝不足で、うとうとしながらの運転だった。

門まであと数メートル。そんなところで、田中先生は運転中にほんの数秒間、居眠りしてしまった。

ドンッ

嫌な音がした。

嫌な予感が全身を駆け巡り、急ブレーキをかけて車を降りた。嫌な予感は的中していた。

女の子を1人、轢いてしまった。真っ赤なワンピースが、血でテラテラと不気味に光っていた。○○中学では指定された制服は無い。ということは、この学校の生徒かもしれない。

「ど、どうしよう。」

田中先生は、そう言いながらも携帯を取り出し、救急車と警察に電話しながら、そっと女の子の顔を覗いた。

「ああ、佐野さん。」

そう、やはりこの学校の生徒だった。中学2年生の佐野さん。田中先生は直接話したことも、授業を受け持ったことも無かった。しかし、職員室では有名な子だったのだ。そう、クラスメートからいじめられている子として。

そんなことを考えているうちに、救急車とパトカーは到着。時間が少し早かったのもあって、目撃者は数名の職員だけだった。その目撃者たちと共にパトカーに乗り、事情聴取を受けた。

佐野さんに関しては、とりあえず救急車で運んでもらいながら、自宅に連絡した。


結果はというと、佐野さんは亡くなった。しかし、居眠り運転で100%田中先生が悪いのにもかかわらず、ご両親からは慰謝料だけでいい、と言われてしまった。

不慮の事故です、しょうがなかったんです、と慰めてくれるようなご両親の目に涙は浮かんでいなかった。むしろ、少し嬉しそうに見えた。


後で目撃者の中にいた同僚から話を聞くと、佐野さんのご両親は再婚で、佐野さん自身はお母さんの連れ子だったそうだ。もう少しで弟が生まれるはずらしい。が、お母さんが妊娠してから、佐野さんへのご両親の態度が一変したそうだ。

以前なら参加してくれていた授業参観にも一切顔を出さなくなった。三者面談でも貧乏ゆすりをするようになり、佐野さんの顔を一回も見ていなかったらしい。

そんな佐野さんが、友達にそのことを相談してから、佐野さんが連れ子だということが知れ渡ってしまい、親がいじめてるくらいだから少しいじめてもいいだろう、という風潮が広まってしまった。

信頼していた友達からいじめが広まったことから、佐野さんは心を閉ざしてしまった。

先生たちも、家に行ってご両親に直談判しようにも、門前払い。当の佐野さんは何も話してくれない。どうしようもなかった。


そんな中での、今回の交通事故。両親としては、いなくなって良かったとすら思っているのかもしれない。

田中先生は、佐野さんを救うどころか、轢き殺してしまった、という自責の念に駆られ続けた。

そんな田中先生を見越して、年配の和田先生が励ましてくれた。

「佐野さんも、変なところから飛び出してきてたみたいだし、自殺だったんじゃないのかしら。遺書も残っていたからね。誰が悪いわけでもないわ。もう、気にしなくていいのよ。」

優しく言ってくれるが、気になってしょうがない。田中先生がそれを伝えると、和田先生は、さらにこう続けた。


「時間が経てば、何でも思い出になってしまうものよ。そして、忘れる。今は無理かもしれないけれど、そのうち忘れてしまうものなの。人っていうのはね、体が死んだら終わりじゃない。それは1度目の死。その後、みんなが思い出さなくなる。誰も話題にしなくなる。それが、2度目の死。存在の死、といったところね。忘れないようにしましょう、と本当なら言わなければいけないのだろうけれども、今回は忘れてしまいなさい。佐野さんの2度目の死が、あなたを救ってくれることになるわ。」


田中先生は、なんて無責任な、と思ったが、それは事実だろうとも思った。実際、佐野さんを轢いた日から、一切ご飯が喉を通らない。健康診断でひっかかるほど、不健康な体になっていた。

「ごめんね、佐野さん、ごめんね。」

そう言いながら、田中先生は佐野さんのことを考えないようにし始めた。


その後、3か月くらいして、ようやく佐野さんのことは生徒間でも話題に出されなくなり、職員室でも話されることもなくなった。そのころには、田中先生もほとんど佐野さんのことを気にしなくなっていた。

ああ、やっと調子が戻ってきた。これで以前のように働ける。そう思っていた。

その次の日、田中先生はいつものように、学校に車で向かっていた。

すると、赤いワンピースを着た女の子が車の前に飛び出してきた。

「危ない!!」

思わずそう叫びながら、田中先生は急ブレーキを踏んだ。当時のことが頭にフラッシュバックして、頭をくらくらとさせながらも、車を降りて、前方を確認した。が、そこには誰もいなかった。

「お、おかしいな。」

戸惑いながらも、車に乗り込み、学校の中へ入っていった。

きっと、自責の念からまだ逃れていないからだろう、幻覚を見てしまったんだ、と自分に言い聞かせながら、田中先生は職員室に向かった。


しかし、その妙な出来事は1回では終わらなかった。その日から毎日毎日、同じことが起き続けた。

田中先生はノイローゼになりそうだった。

「これは誰に相談したらいいのかな。」

そう考えるも、誰も思いつかなかった。疲れているんだよ、ゆっくり休んだら?と言われるのがオチだと思ったのだ。

田中先生は誰にも相談しないまま、2か月が経過した。


ちょうど2か月後の朝、先輩の森田先生が、職員室で妙なことを言い出した。

「なあ、門の前に女の子が立っていることってないか?」

その質問に、みんなが首をかしげた。だが、田中先生はすぐに強く返事をした。

「あります!というより、2か月前からずっと。」

その答えに、森田先生がはっとした顔をした。

「2か月前!俺もちょうど2か月前から見ているんだ。しかも、その女の子は車の前に飛び出してくるんだよ。」

田中先生はとても驚いた。全く同じことで悩んでいた人がいたなんて。

そこで、2人の特徴を比べて見た。

身体的な容姿や性格などは全く似ていない。学校に来る時間も違う。2人の共通点はほとんど皆無だった。

しかし、1つだけ同じ部分が見つかった。車の色が同じなのだ。2人とも、真っ赤な色の車を使っていた。他の先生に赤い車を使っている人はいない。

「佐野さん…。」

田中先生は思わずそう呟いた。

森田先生も、佐野さんのこと、そして佐野さんの事件について思い出していた。

「忘れられなくなってきたわねえ。」

心配そうな顔で、和田先生が近寄って来た。

「あなた、また顔色悪くなってきているわよ。」

田中先生はそう言われて鏡を覗くと、自分の真っ青な顔を確認した。

「もう、学校変えた方がいいんじゃないかしら。」

和田先生は心底心配そうな顔で田中先生を見ていた。


田中先生は、結局務める学校を変えてしまった。それから、車も買い換えた。森田先生も車を換えたらしい。

すると、ぴたりとあの妙な出来事は起きなくなった。

田中先生は心底ほっとして、従来の田中先生に戻っていった。


それからしばらくして、少し実家に寄る用事があった。

「ねえ、あんた知ってる?」

用事を済ませていると、母から話しかけられた。

「何が?」

田中先生が明るく返すと、母が不思議そうな顔でこう続けた。

「あんたが前に勤めてた○○中学なんだけど、門の前を赤い車で通ると、赤い服を着た女の子の幽霊が飛び出してくるんですって。女の子の名前は、佐野さんっていうらしいって、生徒の中で有名らしいわよ。」

それを聞いた田中先生はさっと顔を青くした。

ああ、もうきっと佐野さんが死ぬことはないんだ、このまま生き続けるんだな、と思いながらも、それを母に話すことは無かった。

いかがでしたでしょうか。

赤い服の女の子は、なぜ今も現れるのでしょうね。


アドバイス、感想など、何かありましたら、ぜひお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読しました。  和田先生の言う通り忘却は二度目の死であって、そして一度目の死の前から親に忘れたがられていた彼女にとっては、二度と迎えたくないものであったのでしょう。  だから自分の顔と名…
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