005
窓から差し込む朝の光で目が覚めた。なんとなく体がだるい。結局昨日は泣き明かしたから目もしょぼしょぼする。
異世界二日目の朝は爽快とは言い難かった。
「ふぁあ……」
盛大にあくびをしながら体を伸ばすと、気だるさがすこし消えていった気がする。
髪はぼさぼさ、目は眠そうに半分落ち、いかにも寝起きと言った様子でふらふらとしている私は外から見たらたいそう見苦しいのだろう。
こんなことを思うのもカミサマがストーカーまがいのことをしているからだ。どうせ今だって見ているのだろう。
…………。
あれ、返事が来ない。
もしかして見てなかった?
それならそれでよかったけどさ。
とりあえず寝癖を直すために、水の入った桶に顔をのぞかせる。ちなみにこれは、昨日体を拭くようにといただいたお湯が一晩経って冷めたものだ。
「…………ん?」
手に水をすくって、違和感に気が付く。
この水に映っている美少女は……だれだ?
「んん?」
私の頭が右に傾く。水に映る少女も傾く。
「んんん?」
私の頭が左に傾く。以下略。
……。
あれ、これって私?
「……ええ?」
思わずガン見してしまった。だって、元の私と違いすぎる。顔の造形というか、美少女度合いが。
前世の私の容姿は平均ちょっと下といった具合で、そこに鍛冶や刀の稽古で出来た火傷や切り傷があるからとてもではないけど美少女なんて言えなかった。なんというか、顔が悪過ぎていじられるほどではないけど話題に出すとみんな視線を逸らす、みたいな。そんな感じ。特にひどかったのは頬に走った十センチくらいある切り傷だね。
だけど、今の私は紛う事なき美少女だ。
…………。
何が起こった。
とりあえずは疑問を胸の内に押し込め、身だしなみを整えて食堂へ向かう。服は一着しかないので昨日と同じ制服だが、下着は変えた。ああ、事故った日に体育の授業があってよかった。
普段の三倍くらい時間かかった。見た目が良くなればそのあたりに時間をかけてしまうのは女の子としては仕方ないよね! 夢だったんだから!
「あ、アリサさん! おはようございます」
「おはようリナちゃん。朝ご飯お願い」
「はいっ」
はあ……。無垢な笑顔に癒される。
自覚していなかったけど、ずいぶんと追いつめられていたみたいだ。異世界……ここは、私がいた場所じゃない。私がいるべき場所じゃない。そんな思いが強かったけど、たった一人の少女の笑顔がそんな疎外感をぬぐい去ってくれた。
人ってすごいね、たった一人、笑顔を向けてくれる人間がいればどんな場所だって過ごしていける。
だからこそ、前世でそうだったユリカを取り戻したいと強く思った。
さて、リナちゃんが運んできてくれた朝食は異世界お約束の黒パンにミルク、簡単なサラダ。黒パンは堅いけどそれなりに美味しかった。というかパンとサラダで不味く作れる世界があったら教えて欲しい。
けど、食料事情がそんなに酷くないことは安心した。これで私はユリカのために魔王討伐に専念できるわけだ。政治的な騒動は知らないけど、一般人な私は巻き込まれないだろうから安心!
……これってフラグじゃないよね。
朝食を食べ終わった私はギルドに向かう。
ちなみにフェンリルは宿の所有する馬屋で預かってもらっている。門前宿としてのサービスなのだそうだ。餌の代金は払ってあるし、安心である。
ギルドに入るとお世話になったエリザさんが私に気が付いて声をかけてくれる。
「あら、いらっしゃい」
「おはようございます、エリザさん」
昨日、色々と教えてもらったお礼と訓練場があれば使いたいと伝えると、快く頷いてくれる。ちなみに訓練場ではなく闘技場だそうだ。行ってみると、整地された広いグラウンドのようになっていて、何人かの冒険者たちが模擬戦や素振りに勤しんでいる。闘技場の名前の理由は決闘にも使われるからだそうな。
空いている場所を立ち、周りに声を掛けてから居合の構えをとる。
「シッ」
短く息を吐き、抜刀。逆袈裟に振りぬいた刀を返し、振り下ろす。ピタリ、と地面に当たる寸前で制止した刃は弾かれたように跳ね上が、閃くような剣閃を描いた。
それはまるで演武のような刀術の型。師匠から叩きこまれた動きを、私は寸分違わずに再現していく。
(……上手くいかない)
刀を振りながら、私はふと顔をしかめた。生半可な実力では感じ取れない、ほんのわずかな差異。それが私の動きのキレを鈍らせている。
考えてみれば、前世の私とは違う体で動いているのだ。限りなく違和感はゼロに近いが、それでも限界まで身体を酷使するような動きをすればちょっとした違いが動きを阻害してしまう。
もっとも、それを想定して今ここにいるのだから目的に合致してはいるのだが、やはり慣れ親しんだ動きに違和感があるのは胸がもやもやする。
とはいえ、身体能力自体はずいぶんと向上しているようだし、悪いことばかりではない。それに、この違和感は今までもなんどか感じてきたものだ。成長期に入って体が出来てくると、今までの動きが体に合わなくなってくるものだ。今の私の状態はそれに似ている。変わった体に動きが付いてきていないだけなのだから、数を重ねて慣れるしかないのだ。
ヒュン、と音を立てて振り下ろされた刀がピタリと止まる。息を整えながら刀を納めると、周りで見ていた冒険者たちから「おお」と声が上がった……ような気がした。
「……ん?」
いけない、集中すると周りが一切見えなくなるのは変わらないね。世界を違えて体を着せ替えた程度では内面は変わらないらしい。
とりあえず、目的だった体の動きを確かめることはできたから、依頼を受けに建物の中に戻る。場所を貸してもらった周りの人にお礼を言ったら逆に「良いものを見せてもらったよ」と言われた。
この世界では刀ってないんだっけ。ということは、摺り足を基本動作とした刀術もないってことだ。良いものってそういうことだろうな。
「おかえり」
「ただいま、エリザさん。簡単な討伐依頼、あるかな」
「もう討伐に入るの」
エリザさんは私のことをしばらく見つめると、何やら得心したように頷いた。
「ま、素人って様子じゃないから大丈夫だろうけど。無茶だけはしないようにね」
「はーい」
「Fランクの討伐依頼だと、ゴブリンやコボルドあたりね。ウルフはもう少し後の方が良いかしら」
「じゃあゴブリン狩りで」
いいね、異世界の定番、緑の小鬼ゴブリン。一匹見たら三十匹いると思えの黒い悪魔ではないけど、高い繁殖力と異種間でも繁殖するほど優性な遺伝子。女の私が捕まったらエロゲ展開一直線な相手ですよ。いや、そんなことはさせませんが。
女の敵は滅殺しますよ。
「分かったわ。ゴブリンは集団に会うと厄介だから気を付けてね」
「ありがとうございます」
一対多の戦闘か。Fランクの依頼だと舐めていたけど、ちょっと気を引き締めようかな。
忠告してくれたエリザさんにお礼を言ってギルドを出る。
フェンリルを連れに馬屋に行く。
「……なんでいるの?」
「やあ、アリサちゃん」
そこにいたのは、前世でやっていたゲームの村人Aとそっくりの風貌の少年、カミサマだった。




