002
私の拒絶の絶叫が響き渡る。
魔王を討伐? 無理無理。私は一般人だよ?
人間国宝に指定されてる刀匠に弟子入りしてて、真剣での戦いの経験があって、刀術の腕が師範クラスで、ほかの武術の心得があって、多少の痛みなら笑顔で耐えられて……あれ。
一般人じゃない気がしてきた。
「アリサちゃんが一般人だったら軍人のほとんどが一般人になるね」
「そこっ! 傷に塩塗りこまない!」
カミサマの追撃が胸に突き刺さる。
だって、師匠に言われたんだもん。刀工たる者刀の扱いに精通しているべし、って!
「だもんって、アリサちゃん。そもそも傷じゃないでしょう」
「……あ、そっか」
「え、傷じゃないの?」
「カミサマ!?」
いや傷じゃないけどさっ!
納得した上でやってたことだしねっ
「じゃあ魔王倒せるよね」
「いや無理だから」
私に魔法適性ないって言ったのカミサマだよ?
忘れてないかな。
「忘れてないよ。でもなんとかなるよ。ほら、刀って世界最強の武器なんでしょ」
「そうだけどさー」
素人の振るう名刀は玄人の振るう鈍らに劣るんだよ。師匠、包丁で鉄切ってたし。
「……それは本当に人間なのかい?」
「どうだろ。今考えると怪しいかも」
しかも切り口がすごい滑らかだったんだよね。つるつるして鏡みたいになってた。
……あれ、本当に人間?
「話を戻すよ。魔王を倒すくらいのことができればご褒美をあげる、ってプラーナは言ってたから、倒すしかないんじゃないかな。ちなみにこの一言を引き出すのに一千年かかった」
「はい!?」
「クロノス……時空神と共謀してプラーナを時空固定の罠に嵌めて延々と説得したんだよ。頑固者め……」
「いや、一千年をそれで済ますの!?」
これが悠久の時を生きるものの感覚というものなのか。
「その言い回しはエルフだよ」
「カミサマだって長生きなのは一緒でしょ」
「ボクらは不死、エルフは定命。全然違うよ」
無限も一千年も同じ気がする。
いや、カミサマはエルフの一生分の時間を頼みごと一つに使えるわけだ。
全然違うね。
「その納得の仕方は釈然としない」
「気にしたら負けだよ」
「はいはい。じゃあ送るよ」
「え?」
私、まだ魔王討伐に賛成してないんだけど。
「出来なければユリカちゃんがそのままになるだけだから問題なし。どうせ討伐するんでしょ?」
…………。
そう言われたらするしかないじゃない。
「そう言ってくれると思ったよ。じゃ、送るよ。いってらっしゃい」
「はいはい。行ってきます」
こんなのでも、一応私の恩人だ。感謝の気持ちくらいは述べておこうかな。
視界が白い光に包まれ、私の意識は落ちていった。
◆◇◆◇◆
目を開けると、目の前には大口を開いたオオカミがいた。
「なっーー」
手が閃くように腰に飛ぶ。が、当然ながら刀はない。舌打ちをしながら大きく飛び退る。
「痛っ」
その前に足首に噛みつかれ、バランスを崩して体が地面に叩きつけられた。
「ガゥッ」
「ひっ」
何これ!?
転生直後にして死の危険。これは酷いよ!
「ガゥ」
そしてオオカミはゆっくりと顔を近づけ……舐めた。
私の顔を。
「ひうっ」
警戒心MAXだった私は思わず変な声を出してしまう。
……聞かれてないよね。特にカミサマ。あの人(?)、こっそり見てそうなんだもん。
『見てるよ』
「個人情報保護法はどこ行った!」
顔を赤くして叫ぶ。目の前のオオカミくんが「ガゥ?」と首を傾げていた。
『あ、その子フェンリルね。神狼フェンリル。きみのこと気に入ったみたいで付いてっちゃった』
「初対面なんですけど!?」
『あれ? 日本にいるとき、たびたび夢にお邪魔してたはずだけど』
衝撃の事実!
私は神狼フェンリルに愛された子だった!
って知らないよ!
『ちなみにボクも結構行ってた』
「お前もかぁ!」
神にも愛されて(?)ました。
「それで、フェンリルはどうするの?」
「ガゥ」
『付いて行きたいってさ』
「なんで?」
「ガゥガゥ」
『夢の中で遊んでもらって気に入ったって』
「それ、私は覚えてないんだよね」
『ま、夢のきみもきみなわけだし大丈夫じゃないかな』
そうなのかな? でも、よく見たらけっこうかわいいかも。
もふもふや~♪
「ガ、ガゥ……」
「あれ、なんで下がるの?」
『邪気を感じたんじゃないかな……』
「え、酷くない?」
モフりたいとは思ったけど。
『それだって。夢のなかで散々やられてたからね』
「なにやってんの夢の私!?」
それでも付いてきてくれるってことは、嫌われてはないんだよね?
というか、フェンリル見てて思いだした。
「ここって森の中だよね。ファンタジー世界ってことは魔物とかいるんじゃないの?」
『うん、いるね』
「私、丸腰なんだけど大丈夫?」
『あー。武器をあげるよ』
目の前に一本の刀が現れた。白塗りの鞘に収まった長刀だ。引き抜くと、刃が鍛えられた鋼特有の硬質な輝きを放っている。地鉄は柾目、刃紋は匂出来・乱れ刃。柄も鞘も簡素な造りだが、一目で素晴らしい出来の刀だということが分かる。
本当にカミサマの力ってすごいよね……ってあれ?
この刀、見覚えがある気がする。気のせい?
「ってこれ《逆天》じゃん!」
『あ、分かった?』
「分からないわけない、これの砥ぎを担当したの私だもん!」
国宝《逆天》。私の師匠が打った業物で、砥ぎを私、鞘をユリカが担当した一振りだ。ちなみにそれが師匠の最高傑作だったと知ったのは国宝認定された後で、そのことを知った次の日は驚きでベッドから起き上がれなかった。テレビに映る師匠が《逆天》を指示しながら「最高の弟子との共作です」と語ったのを聞いた時はすごく嬉しくて、もう死んでも良いと思ったほどだ。
「な、なぜ《逆天》がここに」
『並行存在って概念は分かる?』
「はい?」
『並行存在。ま、同一のものが二つ存在すると思ってくれればいいよ』
「うーん、分からない。でも、向こうの《逆天》がなくなったわけじゃないんだよね?」
『もちろん』
それならよかった。
『じゃ、森を抜けたらリリアって街があるからね。そこを拠点に魔王討伐まで頑張って~』
「軽いねえ」
『重くしてほしかった?』
「ううん、この方が良いな」
変にシリアスにされると動きづらいからね。このくらいの方がいい。
「じゃ、行ってきます。……フェンリル、行こう」
「ガゥ」
『行ってらっしゃい。あ、あとでいいからフェンリルに名前付けてあげてね』
「ガゥッ」
「りょーかい」
嬉しそうに吠えるフェンリルの頭を撫で、教えられた方向へと歩き出す。と、フェンリルが私の前に出てうずくまった。
「ガゥ」
「……? あ、乗せてくれるの?」
「ガゥッ」
「ありがとう」
首の付け根の辺に跨るとフェンリルは起き上がり、走り出した。
速い!
それに、すごく気持ちいい。風を切って走るってこういうことを言うのだろう。
「やっほー!」
「ガゥーッ!」
なんかテンション上がってきた! 両手を振り上げて叫ぶとフェンリルも気持ち良さそうに声を上げる。
……さて、突然だが、私は学校帰りに事故に遭ってここに来たと言った。体が変わってるらしいから外見は知らないけど、服装は制服のままだ。白のブレザーとシャツ、紺のネクタイ。それにスカート。
そう、スカートだ。そんなものを着ている私が、バイクもかくやというスピードで爆走するフェンリルに乗っていたらどうなるか。
「きゃあああああああああ!」
盛大に下着を見せつけていることに遅まきながら気が付き、悲鳴とともに振り上げていた両手でスカートを押さえつけた。
うぅ、見られてないよね……?
『…………ぷぷっ』
「カミサマーーっ!?」
さ、最悪だ!
◆◇◆◇◆
下着を見られた心の傷をフェンリルをモフって癒した私はようやく見えてきた木々の切れ間に心が踊るのを感じた。ようやくの娑婆だ。カミサマと別れ(?)てかれこれ数時間。体感時速60キロくらいでそれだけの時間をぶっ飛ばしてようやく森を抜けた。森広すぎ。魔物もいたし結構怖かったんだよ。カミサマにスタート地点くらいちゃんとしてとクレームを付けたい。
日もすっかり高くなり、時刻はすっかり昼飯時だ。ああ、お腹すいた。
さて、森を抜けて草原地帯に入ったわけだけど、やっぱり魔物は多い。でも森とはレベルが全然違うし、冒険者かな? 魔物と戦っている人もちらほらと見える。
というか、森も魔物は異常の一言。一番弱そうなので熊みたいなので、強そうなのを上げれば虎に獅子、あと巨人みたいなのもいた。
それに比べれば草原にいるのは、あの緑色の小鬼はゴブリンかな。あっちはオークか。そんな程度。
で、これまた広い草原を突っ切っていくと魔物の姿が見えなくなる。代わりに小川が流れていたり、子どもたちが草花を積んでいたりと和やかな風景が広がった。あ、あそこの子どもたちは保母さんらしき人と一緒にご飯を食べてる。美味しそうだな~。
そんな感じで街の門までやってきました。すれ違った人はオオカミに乗ってる私に驚いていた様子だけど気にしない。フェンリルのおかげで楽できたよ。
私? フェンリルの上でずっとモフモフしてたよ。気持ち良かった。あとスカートが捲れないように抑えてた。
街に入ろうとすると、門の前に立っていた門番のおじさんに呼び止められる。
「身分証の提示を頼む」
「…………え?」
何それ?
「ないのか? なら犯罪のチェックを行ってもらう。あと手数料で銀貨一枚かかるが、大丈夫か?」
「…………」
えええ?