父
その部屋は王宮のどの部屋よりも警備が厳しかったがレスティナはすんなり通された。
絵画や彫刻が置かれ高価な家具で装飾されているこの部屋は国王マジェル・グ・ラーン・レオパルドスの私室である。
全ての窓にカーテンが下ろされていた。
明かりは灯されているが部屋の主人たる国王の姿がない。
レスティナは迷うことなく室内に作られている内扉を開けた。この扉は寝室に繋がっている。レスティナは迷わずに奥へと進んだ。
そこは先ほどの部屋よりも薄暗かった。
天蓋のベッドに疲れたように座り込んでいる人影にレスティナは視線を向けた。
マジェルは戦場にこそ出はしないが、体格のいい壮年の男だった。
ふわふわの髪質を香油で整えている。服も着替えていないからまだ就寝する気はないようだ。
マジェルが顔を上げてレスティナを見た。
レスティナは美姫と名高かった母の美貌を余すことなく受継いだ為、親子であると言われなければ気づくことがないほどにマジェルとは全く似ているところがなかった。
自分とは似ていないその表情が悲痛な影に染まっているのを見てとりレスティナは眉を寄せた。
だがレスティナは何も言わず、燭台に明かりを灯すとマジェルの横に腰掛けた。
マジェルとレスティナはしばし無言のままお互いの瞳を交差させた。
沈黙に耐えられなかったのはマジェルだった。
「考え直してくれ、レスティナ」
「今の時期にこれ以上王妃との間に亀裂を作るべきではありませんよ」
「だからといって、お前が犠牲になることはない!」
「犠牲になるつもりはありません。ただこれが丸く治める最善の方法だと思い提案しているまでのことです」
声を荒げたマジェルにレスティナは平然と切り返した。
「私はお前が産まれた時奇跡が生まれたと…そう思った。間直で成長していくお前を近くで見ることは出来なかったがお前は私の愛しい子なのだ」
マジェルはレスティナに熱の篭った視線を注ぐ。
「お前には私の跡を継いでこのレオパルドスを治めてほしいと思っている」
「私は私なりにこの国を愛しています。ここは母の故郷ですからね」
「…お前は本当にレオパルドスを愛しているのか? 祖国を愛しているというならばならば何故そんなに簡単に決断できるのだ」
マジェルは何かを耐えるように肩を震わせると責めるような視線をレスティナに向けた。
「レスティナ…お前にとって本当はこの国のことなど…」
マジェルの言葉をさえぎってレスティナは突然笑い出した。
「……よく、理解しておられるではありませんか」
戦場では猛々しい娘であってもマジェルの前では常に従順でおっとりと微笑んでいた姿ががらりと変わる。
マジェルは娘の突然の豹変に驚いた。
それは城で育てられた王女がだせる雰囲気ではなかった。
実際レスティナは城で守られて育った嫋な王女ではないのだから当然だ。
激しいほどの怒りをむりやり押し込めた威圧的な眼光。美しい顔は妖艶に微笑み有無を言わせぬほどの圧倒的な存在感でマジェルの動きを押さえつけている。
マジェルは慄いたように身体を硬直させたがレスティナは悠然としていた。
「実際どうでもいいのです」
きっぱりと言い切ったレスティナにマジェルはぎょっとした。
「私はこの国がどうなろうと一向に構わないのです」
「レスティナ…!」