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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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身を潜める闇




 白い指先で紙を捲ればそこには文字が躍っていた。

 見慣れたヘルメの字だ。

 そこに書かれているのはリノケロスに関する報告だった。


 ヘルメには各地に散り情報収集の任務につく部下達がいる。

 彼らは全員が元暗殺者であったり盗賊であったりといわく付の者ばかりだがその手腕はみな一流だ。

 間者や諜報活動などの影で動く暗躍部隊をヘルメは上手く纏めている。


 ヘルメはレスティナの傍を滅多に離れない。

 その為ヘルメの部下で『黒子』と呼ばれる彼らは各地に散らばり調べた情報を暗号化してヘルメに届けるのだ。

 それを解読し頭の中で記憶し処理する。そしてレスティナに報告する。


 どうやらヘルメはあの後直ぐにリノケロスに部下をやり内情を探らせたようだ。

 ヘルメからの報告書に目を通して一通り読み終えると鼻で笑った。

 予想通りのリノケロスの内情が可笑しかったのだ。

 宰相にも言ったがこちらがどんなに証拠を探しても、簡単には決定的な尻尾をつかむことはできないとレスティナは考えている。

 あちらも馬鹿ではないし、狡猾に動き回っているのだから尚更。


 レスティナは部屋に作られている煉瓦仕立ての暖炉に薪を放り火をつけた。

 赤く燃える火に報告書を一枚ずつくべた。

 それらがたちまち灰へと姿を変えていくのを無言で見つめる。

 ぱちぱちと小さく爆ぜる音が、室内にいやに響く。


 音の発信源にレスティナはまるで獲物を見定めた狼のような、射殺すような視線をなげた。

 レスティナの視線に恐れをなしたように、暖炉は消音し部屋は静寂に包まれていった。




 白く濁った視界が開けると、そこに広がるのは色の洪水だった。

 充分な広さのある大広間に鮮やかな正装と装飾品で着飾った紳士淑女の人の波。

 彼らがざわめきを潜め、入り口から入ってくる人影の為に道をあけた。


 それに無意識に目を細めた。


 会場に入ってきたのは濃く甘い香水の香りを振りまく貴婦人だった。

 隣の王座に座っていた父である男がそれまで喋っていた貴族との会話を止めてその貴婦人に視線を向けた。

 父の横顔から壇上をすべり人の波をたどった視線を会場にやってきた貴婦人に合わせた。

 赤みがかった金髪は纏められ複雑に編みこみ結い上げている。それを引き立てるように造花のコサージュがあしらわれている。

 レースと刺繍をふんだんに使った豪奢なドレスで着飾った貴婦人の瞳は宝石のような青い色だった。しかしその眼差しの奥に醜悪な色が渦巻いているのがわかった。

 真っ赤な口紅を塗った唇がつりあがり勝ち誇ったように笑った。

 

 その笑みを見た瞬間、急激な吐き気が込みあがった。

 見た目だけは美しいこの貴婦人が母を殺したのだ。

 胸のうちにどす黒いものが渦巻いた。

 醜い嫉妬に駆られて母を殺したのだ。

 貴婦人が動くたびに揺れるドレスの端が不快感を煽る。


 殺してやりたい。


 母が味わった苦しみよりも深い苦痛を与えて。

 母は息をひきとるその瞬間まで苦痛を味わい恥辱と汚辱に塗れてもがき苦しみながら死んでいったのに何故この貴婦人は美しい衣装で着飾って笑っているのか。

 当然のように国王の隣に立ち与えられる幸せと栄華を何の苦もなく受け取っている。

 どうしようもなく悔しくてこみあげる嗚咽を必死に飲み込んだ。

 私の母はもう二度とこの場に立つことさえ出来ないのに。

 震える拳を握り締め耐えるしかなかった。




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