レオパルドスという国で
レオパルドスの王宮に一歩足を踏み入れると誰よりも真っ先に宰相が待ってましたと言わんばかりの形相でレスティナを出迎えてきた。
レスティナは王宮までの華々しい凱旋での道のりで民衆に見せていた笑顔を消した。
「勝利での御凱旋、誠におめでとうございます。お帰りを心よりお待ちしておりました」
この宰相は国王のよき相談相手でありこの王宮内では数少ないレスティナに心から好意的な人物だろう。
自分の父親と同じぐらいの年齢をした大の男が顔に汗を浮かべて泣きそうな顔で突進してくるのをやや呆れたように迎えた。
「どうやら随分と王妃に苛められたようだな」
「散々政務の邪魔をされました」
疲れたように溜息をつく宰相に苦笑する。
「どういう状況になっている?」
よほど焦っていたのか吹き出る汗を何度もハンカチーフで拭きとる宰相の背に手を回して促す。
二人はゆっくり廊下を進んだ。
「レスティナ様の事ですから大体の状況を把握しておると思いますが…。全くもって性質が悪いことに殆どの上級貴族達が王妃の味方になっております」
「ふふっ、なるほど。当てて見せようか。バガモール公爵が横槍をいれてきたのだろ」
宰相はレスティナの言葉に眉を寄せて頷いた。
分が悪くなっているだろう事はレスティナの予想の範囲内であった。
バガモール公爵家はレオパルドスの王家に繋がる血筋を持つ家柄の一族である。
その為発言力も強い。
しかも現公爵は王妃アラーネアの父親なのだ。
アラーネアはバガモール公爵家三姉妹の次女に当たる。
末娘はまだ成人していないが長女は二年前にリノケロス王家に嫁いでいる。つまり現在のリノケロス王妃である。
タイミングがよすぎて疑うなというむうが無理である。
王妃アラーネアとリノケロス王妃の間で何らかのやり取りがあり今回の侵略が勃発した考えるのが妥当だ。
「今回のことは王妃以外にバガモール公爵も関わった企みだろうな」
「! ……採取所の件ですな? 詳しく調べさせましょう」
「どうせ証拠は全て消しただろう。調べても何も出てこないさ。まさかリノケロスまで乗り込むわけにもいくまい?」
「しかし念の為、調べてみます」
「分かった。それで貴方の気がすむのなら。ところで私をハヴリーンの代わりにアルヴァルチアへ嫁がせようとする働きに反対しているのは陛下だけか?」
「私も反対しております。それに軍部もです」
むっとした様に言い返す宰相に思わず笑いが漏れる。
「そうか。だが分が悪いな」
バガモール公爵がレスティナを毛嫌いしているのは周知の事実だ。
国王の政務を手伝う王の血を引くレスティナは、第三者から事実上次期レオパルドスの王位継承者として見られている。
実際国王マジェルはそれを否定せず、それどころかレスティナに公務を任せたりして周囲に見せ付ける傾向にあるぐらいだ。
レスティナの母フローネはとある田舎の領主の娘だったが国王の心を射止め、愛妾として愛された。
そして国王の子を王妃より先に産み落とした。
国王の第一子は愛妾の子。第二子が王妃の子ではレオパルドスの王宮が次期王位に向けて荒れるのも無理はない。
愛妾の子であってもレスティナにはレオパルドスでは法的にその権利が認められている。
そしてレスティナがレオパルドスに齎した功績を考えれば血筋に文句があっても表だって無碍にはできない。
それを誰より憎々しく思っているのは間違いなくバガモール公爵だ。
公爵は血の繋がる孫、純血なレオパルドス王家の血をひくハヴリーンに王位を継がせたいと思っている。
もちろんアラーネア王妃も同じ気持ちだろう。
山岳地帯という他国から孤立した地域にある為か警戒心や外からの人間を嫌う保守的な民族性ゆえ、王家血統を重んじる選民主義の彼らに追従する貴族はどうしても多くなってしまう。
「私は王位にさほど執着はないのだけれどね」
「何をおっしゃいます。レスティナ様以上に相応しい次期期王位継承者はおりません!」
「そう言ってくれる人がいるのは名誉なことなのかな?」
面白そうに笑いながらもレスティナの目は笑っておらず冷たい色が宿っているが宰相はそれに気がつかなかった。
「当たり前です!」
その後、横で顔を真っ赤にして抗議する宰相を諌めて今後の打ち合わせを軽くするとレスティナは自室に戻った。
天鵞絨の小座布団が敷き詰められた長椅子に腰を下ろす。
帯皮と金銀細工の施された剣を取り外し、黒の上着を雑に脱ぎ捨てる。
唯一白い長袖のシャツの襟を締めている黒いリボンが、しゅるりと音を立てて落ちた。
釦を一つ二つ開けて襟を緩めると白くきめ細かい肌が覗いた。
レスティナは長椅子の肘置きに手を回し、だらしなく腰掛けているがその姿は切取られた絵画の一コマの様に美しかった。
事実レスティナは美しい。
普段は飾り気のない黒一色の騎士服に身を包んでいるがそれすら誰もが振り返る。母譲りの美貌だ。
レスティナは少しの間身動きせずに長椅子に腰掛けていたが、執務をするために置かれている机の上に数枚の紙が重なっているのを見てとり腰を上げた。