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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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動きだした策略は




 軍の指揮官であるレスティナの天幕内は簡素だった。

 飾り気がないのはレスティナがその必要性を重視していないからだ。

 天幕は身体を休ませることができればいいのである。

 そんな場所に無駄に金をつぎ込むことはない。

 必要最低限の物があればいいのだ。


 簡易ベッドの上に腰を下ろすとレスティナは暫く物思いに耽るようにじっとしていたが、僅かな気配を感じて顔を上げた。

 天幕の出入り口に視線を合わせると同時に外から護衛兵の声が上がる。

 入室の許可をだすと薊の外套を翻すギリウスが入ってきた。

 ギリウスはぞんざいに座っているレスティナに向かって笑いかけた。


「お寛ぎのところ申し訳ありませんレスティナ様」

「どうしたギリウス。何か問題でも起きたのか?」

「いえ、今のところ問題は何もありません。捕虜達も大人しくしていますし、こちらの負傷者の手当ても順次上手くいっております。そのご報告をと思いまして…」

「そうか」


 ギリウスは豪快に笑う。


「今回もレオパルドスの勝利でしたな」

「まあな…、うまい具合に騙されて目の前の餌に食いついてくる司令官で助かったよ。不意打ちを狙う作戦だったが、戦場の地形が役立ったな」

「見事な作戦勝ちですぞ。さすがレスティナ様です」


 顔を緩ませるギリウスに、レスティナは労いの言葉をかけた。


「ギリウスが兵士達と共に粘ってくれたおかげだよ。私の力じゃない」

「謙遜されることはありません。レスティナ様が指揮する戦に我らレオパルドスの軍が負けたことは一度もありません。これは間違いなくレスティナ様の実力です!」


 熱弁に語るギリウスに苦笑する。

 ギリウスはその剣技もさることながら兵を率いる武将としても実力のある男なのだが、熱くなると止まらなくなるのが悪い癖だった。

 レスティナはしばらくギリウスの熱弁に付き合っていたが、新たな気配に気づき会話を終わらせる。


 身体を休ませている兵士達の所に戻って行くギリウスの気配が完全に消え去ると、陽炎のようにゆらりと一人の人間が天幕の中に現れた。

 何処から入ったのか隅にひっそりと佇でいる。


 男物の目立たない旅装束で身を包み、泥で顔が汚れ土埃で髪の艶が消えている。

 何処にでもいるような旅人だ。

 存在感も薄い。

 町を歩いても誰も気にもとめないだろう。

 だが黒い瞳に宿る光がその人物が只者ではないことをはっきりと示していた。

 そう、この男装した人物は凡人などではなかった。

 男装しているがこの人物、実は女である。


「相変わらず気配を消すのが上手いなヘルメ」

「現役の頃よりは衰えています」


 真面目に応えるヘルメに肩をすくめる。

 ヘルメは表情に乏しいが実に優秀な女だった。

 気配を消して対象に近づくのは赤子の手を捻るより簡単だろう。


 ヘルメは元々暗殺家業をしていた特殊な奴隷だった。

 もちろん今は奴隷ではないし足を洗わせたので綺麗なものである。

 現在はレスティナの側近中の側近。懐刀としてレスティナ付きの侍女をやっている。


「王宮で待機していたお前が此処にいるのだから、やはり何か起きたか」


 レスティナの質問ではなく確認の問いかけにヘルメは頷く。

 鉱石採取所の奪取の命令が下った時、レスティナはレオパルドスの王宮にヘルメを置いてきた。

 今回のリノケロス進軍はあまりに突然すぎてレスティナは何よりも先にこの侵略が陽動である可能性を考えた。

 その理由はいくつかあるが、大きな原因は報告の遅滞にある。

 周りを自然の城壁で囲まれているとはいえ、各主要な領地や場所には砦を築いてある。

 緊急時であればそこから早馬が来る筈にもかかわらず、リノケロスの進軍の報知が著しく遅れた。

 誰かが故意に早馬を止めていた可能性がある。

 だから念の為ヘルメを置いてきたのだ。


 そして此処へ来てはっきりとした。

 リノケロス軍は鉱石採取所を占領しておきながら、値打ちのある当の銀に手をつけた形跡がないのである。

 明らかにおかしい。

 そして先ほど確認したことだがリノケロス軍の殆どは雑兵の集まりだった。

 その証拠に騎馬は敵将を守っていた一部の者だけであとは歩兵。

 捕虜の話を聞きだしている尋問官によると金で雇われた傭兵紛いの者までいたらしい。

 あきらかに今回の戦は計られたものだ。


 視線で催促するレスティナにヘルメは答える。


「はい、現在王宮は騒然としております」




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