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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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花嫁きたる!


 突然乱入してきたその人物に室内にいる者は軽く目を見開いた。聞き覚えのある声に嫌な予感がしていたジルシードは振り返り、飛び込んできた姿にああやはりと思いつつも声を荒げる。


「父上!」


 堂々と歩いてくるのはアルヴァルチア王国の最高位に君臨する国王レキウス・スニア・レルト・アルヴァルチアである。

 ジャンは驚きながらも敬礼する。


「メテルとスティアは無事だったようだな」

「何をしているんです。こんなところで!」

「娘を心配した父親が無事だった娘の顔を見にきて何か問題があるのか?」


 この時間、国王は執務室で宰相と共に執務中のはずである。たとえ王女が行方不明であろうと国王の仕事は待ってくれない。しかし、多忙なはずの国王が目の前にいる。しかものうのうと曰うのだ。これは宰相に仕事を押し付けて執務室を脱走してきたなとジルシードの眉間に青筋ができた。アーリスは苦笑を零し、スティアとメテルは「おとうさま!」と嬉しそうに声を上げた。レキウスはそんな王女二人の頭を撫でる。


「あとで説教だぞ、我が天使たちよ」

「ご心配をおかけして申し訳ございません」

「申し訳ございません」

「だがよく監視の目を盗んで行動できたな!さすが我が娘たちだ。しかし外の事を勉強不足でもある……どうせやるなら今度はもう少し知恵をつけてからうまくやれ」


 しょんぼりする王女たちの耳元で小声で囁く。


「あー、ごほん!聞こえております陛下」

「父上!」

「やれやれ」


 王族警護の責任者であるジャンは困り果てたように眉をハの字にする。

 真面目に仕事に取り組むが時折脱走する国王たる父親にジルシードはイラッとして眉を寄せ、アーリスは諦めたように肩をすくめる。そんな息子たちの姿にも軽く手をふって相手にしない。

 顔を上げて王女たちから視線をレスティナに向けた。にやっと笑い口を開いた。


「よお、久しいなレスティナ。お前は中々手紙もよこさないし、聞こえる噂といえばやたらと物騒なものばかり。お前がどこぞでのたれ死ぬとは思ってはいないが少しは心配している身にもなれ。元気そうで安心したぞ」

「久しぶりレキウス。あんたは相変わらず無駄に元気そうだな」

「ははっ!それが取り柄だからな。それにしてもいつ来るのかと待っていたが、まさかこんな形で再会するとはな。お前というやつは本当につくづく予想を裏切る奴だ」


 周りの驚きなど気にせずレキウスはレスティナの前まで歩いていくと、驚くほど気軽に話しかけた。そんなレキウスにむかって平然と言い放つレスティナ。大国の王にむける態度とは程遠いその気安さは不敬ともとれる。レキウスを心底敬愛しているジャンは怒声をあげた。


「無礼な! 口を慎めっ!」


 帯剣している剣の柄に手を添えて威嚇するジャンにレキウスがにやにやと笑って諌めた。


「やめよジャン。レスティナは無礼な事など言っていない」

「陛下っ」

「ただの挨拶にすぎん。一国の王女と国王が再会した挨拶をしただけだ」


 その言葉にジャンが目を見張る。国王は近衛団団長を一瞥し、視線をレスティナへ戻す。そして視線をその頭から足元まで滑らせると、しみじみと言った。


「お前もなぁ…、もう少し王女らしくしたらどうだ?男装の麗人といえば聞こえはいいが、そんなんだからいつも厄介なことに巻き込まれるんじゃないのか?」

「自分のことを棚に上げてお前がそれを言うのか? あんたに関わったことが私の人生で一番厄介なことだったぞ」

「何を言う。親切に忠告してやっているというのに」

「余計なお世話という言葉を知っているか?」


 ぽんぽんと目の前で交わされる会話についていけず目を丸くするしかない一同の中で、ジルシードが一番最初に我に返った。


「ど、どういうことです。説明していただけるんでしょうね?」


 ジルシードはレスティナとレキウスの会話を無理やり遮った。困惑している周囲とレスティナを交互に見てからレキウスは豪快に笑った。訳が分からずぽかんとする一同の中でレスティナだけが苦虫をかんだような顔をする。


「なんだお前、まだ話してなかったのか」


 意地悪い笑みを浮かべる国王にレスティナは罰の悪そうな顔をした。


「お前にしては歯切れが悪いじゃないか」


 珍しくレスティナをやりこめられることに嬉しそうに笑うレキウス。その小憎たらしい横っ面を今すぐぶん殴れたらどれほど素敵なことだろうと物騒なことを考えながらレスティナは苦々しい一瞥をくれてやった。表情に『この糞野郎。後で覚えとけ』という意味をしっかり表しておくのを忘れない。


「父上、いい加減にしてください!だから一体この女騎士は何なんです!」


 苛々と足を鳴らして睨んでくるジルシードにレキウスはもったいぶったように咳払いしてから言った。


「お前の花嫁だ」


 室内が静まり返った。

 ジルシードはぴたりと動きを止めて国王を見た。

 レキウスは楽し気にしていた顔を潜め、真顔になる。そして手を広げ室内にいる者を見渡してもう一度言った。大切なことなのでしっかりと力を込めて言葉にする。


「皆に紹介しよう。こちらはレオパルドス第一王女レスティナ・ルクスルナエ・レオパルドス。かの高名なレオパルドスの英雄にして、ジルシードの婚約者殿だ」


 室内にいた人間は顎が外れそうなほど口をあけて絶句した。目が点になっている。その様子にレキウスは、してやったりとにんまり笑う。レスティナは面白がっているレキウスを呆れたように一瞥した。そしてあまりの衝撃のためか固まってしまったジルシードに心底気の毒そうな視線を注いだ。




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