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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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遠からん者は音にも聞け


 内密に王女の行方を捜していただろう警邏の兵達にとって当然のことながらレスティナは不審人物として認識される。

 予想していたことだし、レスティナは周りを取り囲む兵士達を慌てず騒がず見つめた。

 僅かにいた人々は警邏に気がつくとそそくさと立ち去り、鳩はさっさと逃げだした。先ほどまでののんびりとした陽気な雰囲気はすでになく公共公園はピリピリとした異様な空気に包まれている。


 これまた予想通りに問答無用で取り押さえようとしてくるから、レスティナは一人だけ残してその他の兵士達をさっさと伸した。

 泡沫の形相で来た道を戻っていく兵士を確認して、何事もなかったかのように長椅子に腰掛ける。そして横でびっくりしている二人に此処で待っていようと言った。

 二人は大人しく頷いて自分達の身分を話し出した。そうではないかと思っていたがやはりスティアとメテルはアルヴァルチアの王女であった。まあそうだろうと心の中で頷く。


 いきなり命の恩人を取り押さえようとした自国の兵にスティアは憤慨していたので宥めていると袖を引かれたので振り向いた。メテルだった。メテルは不思議な顔をしてレスティナに聞いた。


「何故兵を一人だけ逃がしたの?」


 スティアも身を乗り出して興味心身に見つめてきたので、レスティナはその一人が重要なのだと説明した。


「こっちは何もしていないのに下端の兵じゃ話も聞いてくれないから冷静に話を聞いてくれる上の人を呼んできてもらう為に逃がしたんだよ」

「上の人ですか……?」


 考え込むスティアを見る。


「そう。王女様と一緒にいる不審人物が兵を伸している。そんな事を駆け込んできた兵に聞かされたら、誰だって仰天するに決まってる。絶対近衛隊が出てくる。賭けてもいい」

「なるほど、やってきた近衛隊に事情を説明するのですね!」

「近衛隊ともなれば君たちの顔見知りが一人や二人いるだろう? 彼らを連れてこれば君たちも安心するかもしれない。向こうはそう考えるだろうからね。その人達に説明すればいい。頼んでいいかな?」

「もちろんですわ、任せてください!」

「うん。わかりました」


 異様に張り切って頷く二人に苦笑する。

 どうやらアルヴァルチアの王女は随分と肝が据わっているらしい。さすがあの男の子供だ。変なところで感心していると公園の出入り口がまた騒がしくなってきた。

 やってきたのはレスティナの読み通り近衛隊だった。ぴしりとした仕立ての良い制服。鍛えられた歴戦の騎士の貫禄からして唯の兵士には見えない。その中から警戒しながらも走りよってきた青年はスティアとメテルの顔見知りである近衛団の団長だった。


 レスティナは団長に事情を説明して二人を預けて去ろうとしたのだ。

 これで肩の荷が下りると安心していたら肩の荷は下りるどころか、がっちりとぶら下がって縋り付いて来た。そして気がつけばレスティナは王宮に連行されることとなった。解せぬ。



 近衛騎士団団長ジャン・カタルットは物腰柔らかな青年である。

 きちんと切り揃えられた髪は整えられて皺のない制服を着こなしている。まだ若輩ながらも剣を取ればボルド将軍とも渡り合う勇猛なアルヴァルチアの騎士だ。

 子爵の家に生まれたが剣一筋で生きてきたジャンには家を継ぐ気はなく、生涯をアルヴァルチアに捧げる気持ちで王家に仕えている。

 そんなジャンが近衛騎士団団長に就任してから初めて自分の手に負えない状況が現在進行形で起きていた。


 ジャンは戸惑いながらも自分の役目を心得ていたので兎にも角にも自分に命令を下した人に状況を説明した。ジャンの報告を聞いてジルシードとアーリスは眉を寄せた。


「なんだって?」


 思わず聞き返すジルシードにジャンはもう一度説明するために口を開いた。


「姫様方と一緒にいた女騎士を最初は不審人物として捕らえようとしたようなのですが…」

「…取り押さえようとした兵士達が、逆に伸されたって……?」

「はい」


 困惑気味なジルシードにジャンは神妙に頷いた。


「一人だけ動けた者がいてその者の知らせで近衛隊が駆けつけてみれば…」

「公園内で警邏の兵士達が一人残らず昏倒してた……?」

「…はい」


 ジャンは力なく頷いた。ジャン自身も自分で見た光景が信じられないのだ。


「それでその女騎士は…? いや、そんなことよりスティアとメテルは!」

「ご無事でした。昏倒している兵達の横で…、その女騎士と一緒に長椅子に座って我々を待ってらっしゃいました」

「……」


 ジルシードは目を丸くする。アーリスは訝しげに眉を寄せてジルシードの代わりに聞いた。


「…待っていた?」

「はい。どうやらその女騎士が「この後、近衛隊が来るだろうからここで待っていればよい」と姫様方に言ったそうです」

「警邏の兵士達を昏倒しておきながら近衛隊を待っていただと? なんの冗談だそれは」


 ジルシードは頭を抱えた。いったいどんな人間だ、それは。アーリスも同じことを思ったらしく呆れまじりの声でジャンに尋ねた。


「それでその女騎士はどうしたんです?」

「それが我々に姫様方を預けて去っていこうとしまして」

「颯爽と去っていったのか」


 ジルシードは投げやりに言った。


「……いえ、それが姫様方が猛烈な勢いでそれを止められて」

「………おい。まさか…」

「その女騎士をこの王宮に客人として迎えると」


 ジルシードとアーリスは絶句した。

 ぽかんと見つめてくる王子二人の気持ちはわかる。ジャンは沈痛な面持ちで頷いた。


「現在客間で姫様方と談笑してらっしゃいます」


 数秒後、室内に王子達の奇声が響いた。



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