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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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お姫様を助けてみた

 メテルとスティアを連れて行こうとしていた男達は驚いて振り返る。担がれていたスティアもメテルも驚いて目を見開いた。


 真っ先に目に入ってきたのは紫の光。ゆっくりと脳がそれは目だと理解する。裏路地の陰の中からこちらをじっと紫の目が観察しているのだ。

 そして気づく。気配がまるでないことに。その全身が漆黒で彩られていることを。全身黒一色でまるで闇を従える夜の女神のよう何か。それが薄暗い路地に影のように立ち、こちらを静かに見つめていた。

 それが人だとやっと気がついた時、その美貌にびっくりした。

 暗い場所でもその美しさは失われず、むしろ闇の中で一層と輝いて見えた。ただその紫の眼光は鋭く細められいて、冷たくまるで獲物の動きを見定めようとする獣のようだ。


 その凍てつく眼光に晒された男達は硬直した。


 それを見抜いたレスティナは一気に間合いを詰めた。スティアを担いでいた男は、ぎょっとして怯み後ずさる。しかし次の瞬間、その男は裏路地の地面に倒れこんでいた。

 スティアは放り出され、身体が宙に浮いた。


(落ちるっ!)


 衝撃を予想していたスティアは驚いた。何故なら硬い地面ではなく、柔らかな腕に抱きとめられたからだ。

 スティアをうけとめたレスティナは庇うように自分の後ろへ下ろす。そして驚くスティアにかまわず一歩前へと踏み出した。


 残りの男達を一瞥した。

 仲間が一人やられたことで我に返った男達が次々とレスティナに襲い掛かった。

 繰り出される攻撃を避けるとレスティナは男達の攻撃の合間に、ひゅっと風をも切る蹴りを繰り出していく。その一撃が予想以上に重く体の急所にめり込むことに男達が気づいた時には、もう遅かった。彼らの意識はあっけなく堕ちていく。


 地に伏していく仲間を見て、メテルを担いでいた男は顔を蒼白にさせる。

 圧倒的な強さを見せるレスティナとでは分が悪いと思ったのか逃げようと踵を返した。それに気づいたスティアは悲鳴を上げた。


「メテル!」


 叫んだスティアを横目にレスティナは逃げ出した男に強烈な足払いをかける。バランスを崩した男の顔を容赦なく殴り飛ばした。裏路地に置かれていたごみ溜めに男が吹き飛んだ。


 レスティナは男が倒れこむ前に素早くメテルを取上げ抱き上げていた。メテルは目を見張ったままレスティナの顔を凝視している。その視線に気づいたレスティナは抱き上げていた彼女を下ろした。


 その時地面に、きらりと光る物を見つけた。レスティナはそれを掬い上げて手のひらに乗せた。紐の切れたペンダントだった。紐についた銅版の飾りが反射して見えたのだろう。銅版の飾りには熊の顔が彫られている。


 レスティナは片眉を軽く上げて自分が倒した男達を見た。無言で思案しているレスティナをスティアとメテルは見上げていた。華奢な身体つきなのに大の男五人を相手にしたにもかかわらず息一つ乱さず平然としているレスティナを呆然と見つめるメテルとスティア。その視線に気づいたレスティナが振り返る。

 紫の瞳に真直ぐ見られスティアはびくりと肩を震わすが、その瞳の中に気遣うような色を見てすぐに肩の力を抜く。


「とりあえず、此処から移動しよう」


 レスティナはスティアとメテルを交互に見てからそう言った。



 レスティナ達が去り一時間程経つと男達は呻き声を上げて意識を取り戻した。

 男達は満身創痍な体を引きずりながら裏路地を歩いき、入組んだ細い道のさらに奥まった場所にある古びた酒場に人目を避けるように入っていった。


 酒場の中にはカウンターでグラスを磨いている従業員が一人いるだけで、ひっそりと静まり返っていた。

 従業員は入ってきた男達に視線をやるとグラスを置き、階段の下に作られた扉を開けた。男達は、ごくりと息を飲み込むと扉の中へと入っていった。従業員は扉を閉めると鼻息も荒く男達を問い詰めた。


「…どういうことだ。何故戻ってきた」

「そ、それが、後一歩というところで邪魔が入り…」

「言訳はよい! 折角の機会を無駄にするとは、何たる失態!」

「はっ。まことに申し訳ありません」


 怒声が部屋に響く。男達は顔に、びっしょりと汗をかいて叱咤を受けた。


「よいか! 我々が何のためにここに居ると思っておる。我々が請けた密命は、必ず成功させねばならんのだ!」


 憤然とする従業員は、ぎりっと奥歯を噛締めて怒りを抑えた。


「あの組織の手を借りてこの様では申開き出来ぬ。もう失敗は許されんぞっ。心せよ!」

「ははっ!」

「今度こそ必ずや!」


 従業員に変装している上司に男達は必死の形相で頭を下げた。



 買い物帰りの婦人達。燥いだ声をだして駆け回る子供達。目の前を楽しげに笑いあう集団が通り過ぎた。

 地面の上では数羽の鳩が呑気にてくてく歩き回っている。ときおり、こてんこてんと前後に頭を傾げて地面をつつく鳩。思わず眠くなるような長閑な光景を見送ってからレスティナは尋ねた。


「何故あんな場所にいたの?」


 現在地は裏路地から出て大通りを通りすぎたところにある公共広場である。

 木で作られた質素な長椅子に腰掛けた幼い少女二人に途中で買った檸檬水を渡しながら訊ねる。檸檬水を受け取ったスティアとメテルはお互いに顔を見合わせた。

 スティアがおずおずという様に声を出し始める。


「私達滅多に町に出られなくて」

「うん。それで?」

「出られても、いつも大人の人が一緒です。でもお兄様達は何回も一人で町に出かけているのだと聞いて…」

「………」

「その、羨ましくて…」


 レスティナの呆れたような視線にどんどん語尾が小さくなっていく。最後のほうはもうぼそぼそという感じで聞き取れない。


「ずいぶんと軽率だね。好奇心旺盛なことはいいことだが町は君達が思っているほど安全な場所じゃない。綺麗なドレスを着てふらふら歩いていれば人攫いにだってあう」


 レスティナは溜息をつきながらスティアとメテルを見た。


「今回は運が良かっただけど何かあったらどうする気でいたの?何かあれば君達の家族だって心配するよ」


 項垂れるスティアとメテル。泥で所々汚れてはいるが、二人とも質のいいドレスを着ている。身に着けている髪飾りも高価なものだ。上流階級の子供だと一目で分かる。

 こんな格好で町を歩いていれば悪党達に目をつけられるに決まっている。悪党達からすれば鴨が葱を背負って、よてよて歩いているようなものだ。レスティナは苦笑して、しょんぼりと落ち込む二人に声をかけた。


「これに懲りたなら次からは気をつければいい」


 慰めるように頭を優しく撫でられてスティアは頬を染めた。


「はい…助けてくださって本当にありがとうございました。あの、お名前伺っても宜しいですか? 私の名前はスティアといいます。この子はメテル。私の妹です」


 微笑んで聞いてくる少女の一人、スティアの言葉にレスティナは固まった。メテルだけなら人違いかと思ったが、少女達の名前がスティアとメテルだと聞いて自然とレスティナの眉間に皺がよる。


 レスティナは頭の隅からアルヴァルチア王族の王女達の名前をひっぱりだした。次第にひしひしと寄ってくる嫌な予感。数分後、レスティナの予感は的中した。


 公園の出入り口から足音をたててやってくる兵士達の姿にレスティナは小さく溜息をついた。



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