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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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魔術師くずれ




 日が沈み太陽神の威光が届かない闇の時間。

 スクムは静かにもっていた椀をテーブルに置いた。


 目の前にはテーブルに倒れ込むようにして寝ているレスティナとヘルメと名乗った旅人の女性たちがいる。

 自分が誘い込みこうして睡眠薬を盛ったのだが、罪悪感にさいなまれぎゅっと両腕を握りしめる。

 悪いことをしていることは分かっている。でもこうしなければ…。

 背後からガタリと音がしてびくっと肩が跳ねる。

 ずるずると布が引きずる音が向かってくるのがわかり震えてしまう肩を無理やり抑えつけた。


「ようやく意識を奪えたのか…、相変わらず仕事が遅いガキだ」

「………申し訳ありませんマスター」


 ローブで全身を覆った人物が居間へやってきた。

 フードを取り外したのは年嵩の男だった。だがその顔の右半分は火傷のように皮膚が爛れ眼球が落ちくぼんでいた。その爛れは首の方まで続いている。


「もう時間がない。はやく次の検体から生命力を抽出しなければ、わしの身体が持たぬ」

「…っ」

「もとはといえばお前のせいだぞ」


 男がギロリとスクムを睨みつける。


「お前が検体となる人間をここへ誘い込むのが下手だからだ。前回から時間がたち過ぎて肉体にほころびが出始めた」

「申し訳ありません……」

「ふんっ、愚図が。すぐにその検体を地下へ運べ。早く術に取りかからなければ…」

「へぇ? その術っていうのはあんたの肉体の生命維持に関すること?」


 スクムはびっくりして振り返った。

 薬でテーブルにうつ伏せになっていた筈のレスティナが起き上がりこちらを見ている。その横でヘルメも体を起き上がらせた。


「ど、どうして? お茶、飲んでたのに…」

「残念だが口をつけていただけで飲んでいない」

「私は飲みましたが、基本的にそういった薬の耐久がございますので利きません」

「そんな……」

「刺客かと思って様子を見るつもりだったんだが…、どうやらそれ以上に面倒なことに巻き込まれたみたいだな」


 嘆息したレスティナを見て激怒した男は腕を振りあげた。 


「くそっ、この役立たずがっ」


 殴りつけられてスクムが床に倒れ込む。それを見てレスティナは舌打ちした。


「ヘルメ、スクムを」

「御意」


 レスティナは木のテーブルを両手でつかむと思いっきりぶん投げた。

 あまりに突然のことで投げつけられた男はぎょっとして避ける暇もない。

 テーブルごと男は壁に激突した。

 その間にスクムを抱え起こしていたヘルメに声をかける。


「今のうちに外に出るぞ。室内は動きにくい」


 こくりと頷いたヘルメはスクムを担ぎレスティナと一緒に走りだす。

 窓から外へと飛び出したレスティナにヘルメの肩に担がれていたスクムが声を上げる。


「ま、まってください! この家の周囲はマスターの結界で覆われています」

「結界?」

「外からこの家を隠すために…」

「だが、私たちはこの家を見つけたぞ」

「それは…、誘い込むためです。普段は隠されているんですが必要な時は人が近づくとわざと見えるようにしておびき寄せるんです。でも入ることは簡単でも出ることは難しくて…」

「逃げられないように、ですか?」

「…はい」

「まあいい、どのみちこのまま逃げるつもりはないしな。荷物も馬も置いていくつもりはない」


 そう言って足を止めて家に向きなおる。

 ヘルメは担いでいたスクムを降ろしたが、その肩に手を置いたままじっと見つめた。


「あの…?」

「あなたは人間ではないですね?」

「……えっ…」

「身体に触れていてわかりました。ものすごく冷たい。人間の体温ではありません。……あなた亡者(アンデッド)ですか?」


 スクムは青白い顔を強張らせてレスティナとヘルメを見上げた。

 二人は静かに答えを待っている。スクムは唇を震わせて口を開く。


「……私、みたいなものがなんていうのかはわかりません。わかるのは私が死体だってことだけ」


 慰めるようにヘルメはスクムの肩を優しく撫でた。


「もうとっくに死んでるです。マスターに…あの男に殺されて。ずっと昔…ここからもう少し先にある村に家族で住んでました。幸せだった。お父さんがいてお母さんがいて、三人で仲良く暮らしていたのに……ある時、ふらりとやってきた旅人を家に入れてしまったことが全ての始まりでした」

「その旅人があいつか」

「はい…その時はケンティ・ペダと名乗っていました。本当の名前かは知りません。旅の薬師だと村で噂になっていたので狩りで怪我をした父を見てもらうつもりだったんです。でも…」

「あの男に何をされたか覚えているか?」


 スクムは力なく首を振る。


「わからないんです。父と母が殺されて、私も胸を刺されたのに…、気がついたら私、人間じゃなくなっていたんです」


 何も食べなくても空腹を感じない冷たい身体。髪も爪ね伸びず、どんなに悲しくても涙が出ない身体。

 最初は何度も逃げ出そうとしたが、あの男から一定の距離を離れると呼吸困難に陥ってしまう。

 しだいにスクムは抵抗する気力を無くしていった。


 話を一通り聞き考え込んでいたレスティナは頷いた。


「だいたい分かった。おそらくそれは死霊の隷属と呼ばれる契約魔術の一種だ」

「魔術…、そういえばあの男……自分のこと魔術師だと言ってました」

「魔術師? それは少し違う。あいつは禁忌を犯した魔術師くずれだよ」


 よろよろと家から出てきてこちらを凶悪な形相で睨んでいる男を見ながらそう言った。




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