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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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戦の申し子




 同時に岩場の崖の上から巨大な岩石が幾つも降ってきた。


 突然の出来事にリノケロス軍は混乱に陥ったが、反対にじりじと持ちこたえながら意図的に後方へと後退り続けていたレオパルドス軍は交えていた剣を下げて一斉に退却した。

 波が引いていくような見事に息の合った撤退だった。


 レオパルドス軍に巧みに誘導されたリノケロス軍は気がつけば左右を斜面に阻まれた形となっていた。

 その為、落ちてくる岩から逃げる場所がない。

 馬に乗っていた者は放り出され、歩兵はなす術もなく岩石の下敷きとなった。


 リノケロス軍の大半が動けなくなったのを見計らったように、先ほどの声の主が崖の上に現れた。

 夜の闇を集めたような豊かな黒髪の騎士が馬上から見下ろしている。


「レオパルドスの勇敢な騎士達よ、今こそ好機!」


 その言葉を合図にしたように、リノケロス軍の後方から今の今まで息を殺して潜んでいたレオパルドス軍の伏兵が、前方からは囮役だったギリウス率いる一団が一斉に現れる。

 そして崖の上で岩を落とした兵達は隠していた馬に騎乗すると岩場の斜面を躊躇もなく下ってきた。


 その先頭にいるのは見事な鬣の黒馬に跨る騎士だ。

 一つに結んである長い漆黒色の髪は風になびき、暗紫色の双眼が眩ゆいばかりに爛々と輝いている。


 土煙の中でも美しく整った美貌は嫌でも目に付いた。

 その身に纏う外套はなく、防具は機能性を重視した胸当てだけ。

 その上から動きやすい黒装飾の騎士服を着た肢体は華奢だが、しなやかに伸びる右腕には見事な長剣を掲げている。


 戦場でこそ輝き満ちる光のごとく閃光のように駆けていくその後姿は見る者を惹きつけた。

 その騎士の登場にレオパルドス軍は歓声を上げてリノケロス軍に反撃を開始した。

 反対にリノケロス軍には動揺が広がった。


「レオパルドスの戦姫!」

「ひぃっ、に、逃げろっ!」


 誰とはなしにあがった畏怖に慄く叫びで、リノケロス軍は先ほどまでの勢いをなくした。

 我先にと逃げ出す者もいれば武器を捨てて降伏する者達も続出した。


 一気に形勢が逆転した。

 それでも気概のある者は立ちはだかるが、黒馬の騎士はことごとくその剣で地に沈めていく。

 猛々しく戦場へと飛び込んできた騎士の登場に顔を蒼白にしたリノケロス軍の将軍は自軍の敗北を悟った。

 散り散りに逃げ惑う自軍の兵士達に、激を飛ばす余裕もなかった。


「引け、引けぇ―――い!」


 撤退の合図である銅鑼をけたたましく鳴らしながら僅かに残った騎士達に守られながら後退する将軍の一隊をその騎士は見逃さなかった。

 艶やかな毛並みの黒馬は背に跨る騎士の意思を表したように猛然とリノケロスの兵士達を蹴散らしてその一隊に向かって飛び込んだ。


 やぶれかぶれに向かってくる敵兵を一撃で仕留め、リノケロス軍の将軍を守る騎士達を馬上から落とす。

 そんな騎士をリノケロスの将軍は唾を飛ばしながら罵った。


「化け物がっ」


 それがその男の最後の言葉だった。

 恐怖にひきつった顔と血走り見開かれた目はもうこの世を写していなかった。

 頭が胴から切り離されて地面を転がる。

 首から上のない胴はやがて均等を崩し、馬上から落ちた。

 一瞬の出来事だった。


 地面に落ちた敵国の将軍だった男の亡骸を一瞥して騎士は美しい顔を歪めた。


「戦いもせず逃げるぐらいなら、何故攻めてきた」


 苦々しく発した言葉はレオパルドス軍の歓声にかきけされた。

 討ち取った将軍の亡骸を運んでいく兵士達を見届けた黒衣の騎士、レスティナは黒馬から降りると岩石の下敷きになっている者の中で息がある者の救出を命じ、自らリノケロス兵の救出に携わるとすぐさま怪我をした者達の手当てを命じる。

 その後に投降したリノケロス兵を拘束、捕虜として扱う為の手配を指示していく。


 敵兵とはいえ捕虜に対する丁重な扱いをレスティナが怠った事は一度もない。

 それが戦場での礼儀であり、剣を持つ者の義務である知っているからだ。


 戦の後の事務処理は休む暇なく次々と舞込んでくる。

 自軍の様子を確認して兵達の休息と負傷したものの手当てなどの手配を一通り見て周るとようやく天幕へ戻ることができた。

 しかしすぐに戦の勝利を国王に伝えるために洋紙を手に取った。

 レスティナが休息できるのはまだまだ先のようだ。


 騎士見習いの少年達が用意しただろう机に向かい筆を走らせる。

 採取所の甚大な被害は少なく鉱石採取所の奪取が無事成功した事、捕虜の人数などを書き記す。

 要点だけを簡単にまとめると天幕の外に待機している兵に声をかけた。

 暫く待てば伝令者がすぐにやってきたので、封を確りと留めた報告書を渡せば深く頭を下げて退出していった。

 伝令者はこれから早馬で王宮まで駆けていく。

 その背中を見送り静かに息を吐いた。




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