旅路には
不思議そうな顔をするヘルメにレスティナ頷いた。
「一人で放浪してた頃会ったことがあって今でも覚えている。初対面で随分と間抜けな奴だと思ったからな。ところが蓋を開けてみればこれがまた腹黒い策略家だった」
よほど嫌な思い出があるのか、レスティナは苦々しいというように顔をそむけた。
あまりに意外すぎてヘルメは驚いて目を見開く。
「こほん。話がそれたな…。初代国王であるサン・ロストは武芸を尊ぶ優秀な勇将でさらに政治家としても有能だったらしい。王位を譲渡し退いた後の老年もその英知が衰えることはなかったそうだ。アルヴァルチアの王族にいい奴が多いのは、始祖のおかげだと今の王が言い切ったぐらいだからな。よほどの名君として名を残しているんだろう」
民を導き民を愛し民からも愛された王として、アルヴァルチアでは今もなお愛される建国王である。
「あと百バクトリと五十カートくらいだな」
レスティナは太陽の位置と周りの風景に素早く視線を走らせた。
「馬での移動ですから、やはり馬車よりは行程が速くなりますね」
「ほぼ予定通りだな。まあ、こんなものだろう。もう少し行くと確か小さいが町が在ったはずだがどうする?」
「私は貴女に従います」
「ふむ…なら今日も野宿にするか」
そう言いながら微笑むレスティナは生き生きとしていた。
レオパルドスに滞在していた間には見られなかった表情だ。
ここにレオパルドスの貴族達が居れば泡を吹いて気絶する者が続出したかもしれない。
一国の王女が野宿をするなど考えられないが、レスティナは普通の王女ではなかった。
予定ではきちんとした宿所へ泊まることになっているが、レスティナはそれをあっさりと無視して野宿を満喫している。
それを咎める者も居ない。
本来なら侍女であるヘルメがそれを諌める役目にあるはずなのだが、ヘルメも普通の侍女ではなかった。
ヘルメはレスティナにだけ忠実で絶対に逆らわない。ヘルメにとってレスティナは絶対の存在だからだ。
だからレスティナが野宿をすると言うのなら、喜んでそれを手伝うのである。
「こんな風にしていると二人で放浪していた頃を思い出すな」
楽しげに準備をするレスティナにヘルメも昔を思い出したのか、いつもは無表情を浮かべている顔の頬を緩めた。
「あの頃は随分と苦労しましたが私は沢山のものを得ました。あれほど充実し、生きていることを感じたのは初めてでした。良い思い出です」
「最初の頃の加減を知らないお前に苦労した私にとってあまり良い思い出とは言いがたいんだが…」
片目を瞑り冗談ぽく言うレスティナに、ヘルメは恥じ入るように薄っすらと頬を染める。
そんなヘルメを横目で確認して声を出して笑いながら速度を落とし、街道を脇道にそれた。
馬の背に乗りゆったり歩く。途中赤いクコの実を見つけて頬張ったり自然の恵みを堪能しつつ、水場を探している途中で雑木林の先に一軒の家屋があるのを発見した。
「こんなところに?」
「民家…のようだな」
そんな会話をしていると家から出てきた小さな人影がレスティナたちに気がついてこちらに近寄ってくる。
それで仕方なくレスティナは馬から下りた。
近づいてきたのは小柄な少女だった。
青白い肌の少女にレスティナは微かに眉をひそめる。
「おねぇさんたちこんなところでどうしたんですか? 迷いましたか?」
「いや、旅の途中でね。今日の寝床を探していたんだ」
「寝床…? 森で野宿するつもりだったんですか?」
「まぁ…そんなことろかな」
「この森は野生の獣も多いし、特に夜の森は危険ですよ」
こちらを心配してくる少女に困ったように笑う。
レスティナは野生の動物には慣れていたが口には出さなかった。
「あの…、もしよければうちに泊まりますか?」
「あの家のこと?」
「はい。大したおもてなしはできませんが…」
おずおずとした提案だったが、少女の瞳の中に焦燥感を見つけてレスティナとヘルメは顔を見合わせた。
「……ならせっかくだしお願いしようかな」
「はい! …わたしはスクムといいます」
「よろしくスクム。私はレスティナ。こっちはヘルメだよ」
少女の後を歩きながらレスティナとヘルメは森の奥の家に近づいて行った。
 




