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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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そんなこんなで




 レスティナがハヴリーンの代わりとしてアルヴァルチアに嫁ぐことが決まってからは目まぐるしい速さで事が進んだ。

 正式な婚姻はまだ先になるがレスティナを先行して迎えたいというアルヴァルチア側の強い希望の為に準備が始まったのだ。


 レスティナを慕う者達は悲痛な面持ちで別れを悲しんだが、王妃派を始めとするレスティナを忌々しく思っている貴族達はこれ幸いにと率先して話を進めていった。

 そんな周囲とは別に国王マジェルはレスティナと顔を合わせるたびに何かを言いかけてやめるということを繰り返していた。

 随分と傷心してはいるようだが、どうやら政務に支障をきたすようなまねはしていないようだった。

 国王としては立派な姿勢だ。しかし、だからこそレスティナの親にはなれなかった。


 レスティナを映すその瞳には確かに苦痛と恐怖の色があった。

 生きている限り愛する者を守れなかった罪悪感と実娘に憎まれているという恐怖の苦しみは続くだろう。レスティナにはそれで充分だった。


 輿入れに関してレスティナは自分の主張をびしびし意見した。

 馬車での移動はあまり好きではなかったし、自国から王妃の手が伸びているかもしれない供を連れてなど行く気はまったくこれっぽっちもなかったので、アルヴァルチアへつれていく従者はヘルメ一人とした。もちろん移動は馬に乗ってだ。


 他国に嫁ぐ王女が供は侍女一人だけでしかも馬で移動するなどと提案すれば何を馬鹿な事をと誰もが一笑するが、レスティナが言うと笑うに笑えない。

 当然貴族達は反対し、なんとか説得を試みたがレスティナの「文句があるなら私より強い護衛を呼んで来い。私に勝てれば従者として連れて行こう」という人睨みに皆竦んでしまった。


 もちろん王女が嫁ぐのだからそれ相応の荷物が必要になる。輿入れの際の持参金も必要になるし、一国の権威を示す物なのでそれなりの体裁を整えなければならない。

 お諮問等の末、あらゆる荷物はレスティナがアルヴァルチアに無事着いてから、護衛付きの馬車でレオパルドスを出発することになった。

 これに至るまでやはり貴族達は渋ったがレスティナはそれを押し通した。

 果敢にも抗議した者がいたがレスティナに一蹴りにされて相手にもされなかった。


 献上品としての結納の品に関してはとくに妥協を許さなかった。

 高価な宝石を使用した装飾品やアルト山脈から取れた銀などをレスティナはふんだんにリストに載せた。

 表向き対等な立場での同盟結婚とはいえ、国力などを考えるとレオパルドスのほうが劣っているのは明白だ。

 それなのにこちらの都合で嫁ぐ王女を変更させてしまったのだから、それなりの誠意を示さなければならない。


 そんな慌ただしい中、王女でありながら自ら精力的に動き回るレスティナをよく思わない一団が居た。

 王妃やバガモール公爵率いる貴族達である。


 彼らは陥れたはずの王女が意欲的に働いているのを見て初めは複雑な心境だった。

 身代わりを押し付けて追い出すのである。戦場で豪腕を振るう王女も今回ばかりはさぞ焦心しているだろうと思っていたのに、当の本人は何処吹く風とぴんぴんしている。


 奇妙なものを見るように皆首を傾げていたのだが、自分たちに指示を出し何時ものように強気な態度にでるレスティナに段々憤慨していった。

 とはいえ今やレスティナは英雄としての地位を確立している。

 今回の婚約で王位継承権は自ら放棄するとなるが、それを上回る民衆の圧倒的な支持に加え、さらにその政治手腕は宰相も認めるほどである。

 何より国の危機に際して戦場での華々しい活躍は無碍にはできない。


 表立っては抗議できない彼らはねちねちと嫌味を言ってレスティナを攻撃したが、歯牙にもかけられなかった。

 それは火に油を注ぐようなものだったが、だからといって彼らはそれ以上の事はできなかった。

 しようとすれば容赦なく排除されるたろう。そのことを五年間の間に学習した彼らは怖くてレスティナに正面から挑めないのだ。

 彼らが正面から堂々とレスティナに挑戦できていれば、今回のように裏で手を回して追い出そうとはしなかっただろう。


 度々レスティナとバガモール公爵率いる反レスティナ派の貴族達は、意見の相違で何度か衝突したが何時も白旗を揚げるのはバガモール公爵率いる貴族達だった。


 きわめつけの出来事が念入りに重ねていた会議の途中に起きた。

 会議の場で「やはり女性二人では旅路をならず者たちに狙われて、危険なのではないか」という意見が出たことが発端だった。

 アルヴァルチアへの旅路のルートと日程を検討していたときだ。

 そんな意見にレスティナは少しだけ考えるそぶりをして言った。


「それがただの盗賊ならば返り討ちにするだけです」


 その後含み笑いをしてこう付け加えた。


「この同盟結婚はレオパルドスにとって重要な事ではないのかな? まさかこの同盟を邪魔しようとする者がいるとは思えませんが、例え刺客が襲ってきても私に向かってくるのだから、彼らは命が要らないということでしょう。存分に痛めつけてから首謀者を聞きだすいい機会になりますね。皆さんそう思いませんか?」


 会議室の中は水を打ったように静まり返った。

 レスティナは微笑んではいるが目がまったく笑ってなかった。目の奥で爛々と深紫の炎が物騒に蠢いていた。


 この国から出て行ってやるのだから馬鹿な真似はするな。もし旅の途中で襲って来たらどうなるのか、分かっているのだろうな?


 彼らにはそう聞こえた。

 腹に一物抱え後ろめたい者達はそろって震え上がった。


 王宮で過ごす彼らはたまに忘れる事があるようだ。レスティナはその異名を諸外国に轟かせる剣豪にして無類の戦上手である。

 それを知りながら襲撃するのは、はっきり言って自殺行為だった。

 彼らは沈黙することでレスティナに応えた。

 賢明な判断である。レスティナは満足げに頷いた。


 色々な意味で紛糾したレスティナの輿入れの準備もなんとか終わった。後はレオパルドスを発つ日を待つのみとなった。

 そんな中でレスティナにはまだ遣り残したことがあった。




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