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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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彼女の名はレスティナ


 剣のぶつかりあう金属音。

 槍で繰り出された攻撃を防御する鈍い音。

 馬の荒い息と荒々しい蹄の騒音。

 兵士達の悲鳴と怒声。


 鉱山地シャンメルに広がる岩場でレオパルドス軍とリノケロス軍は真っ向から対峙していた。


 レオパルドスの北に広がるクレメンの森を国境として隣接しているリノケロスとは昔から何かと衝突が耐えなかった。

 リノケロスは岩山に囲まれた厳しい土地である。

 それは人間にとって生活しやすい場所ではない。

 地面が傾斜なため住居を建てるのにも一苦労であり、農耕をする場所が限られているので食物も得難い。

 何か一点だけでも筆頭すべきものがあれば、また状況は違ったかもしれないが、生憎なことにリノケロスの領土のほとんどは不毛な荒地だけである。


 それに比べてレオパルドスはどうか。

 険しい山脈に囲まれていてもそのうちの一つには銀鉱脈が存在し、領土内には緑豊かな森が生い茂っている。

 同じ山岳地帯の国だというのにその国力には大きな差があった。

 隣の芝生は青く見える。

 まさにそのとおりであり、リノケロスにとってレオパルドスは嫉妬と羨望の対象であった。

 喉から手が出るほどの宝を目の前にしてリノケロスがみすみす黙ってみているわけがない。

 狙いを定めた野良犬のように涎を垂らしながら、虎視眈々と飛び掛る隙を狙っていた。


 レオパルドスにとってそんなリノケロスは頭痛の種だった。

 国境付近での睨み合いは日常茶飯事。小さな諍いが絶えず国境を守る領主の嘆願書が王宮へと何度も届くのだ。


 リノケロスを何とかなだめておきたいレオパルドスは二年前、苦肉の策として公爵家の令嬢をリノケロスの王家へと嫁がせた。

 レオパルドスの王家とも血縁関係のある公爵家から嫁いで行った令嬢が一緒に持っていった持参金のおかげで、まるく収まったと思われた二国間の関係だったが、穏やかな日々はそう長くは続かなかった。


 二日前、リノケロスは突然レオパルドスの領土に侵入したのである。


 検問所が設けられている国境を一体どうやって越えてきたのか、気づいた時にはリノケロス軍は既にクレメンの森を通りレオパルドスの領土を侵略していた。

 これにはなるべく戦を避けていたレオパルドスも自国を護るために軍を出さざるにおえず応戦した。

 そしてつい先ほどまで睨み合っていた両軍の間の火花はとうとう切って落とされた。


 交戦が始まったのだ。


 そもそもレオパルドスはアルト山脈とファータの森、そしてクレメンの森に周りを囲まれた天然の外砦を誇る国である。

 その為に冬季では他国と切り離されて厳しい季節を耐えなければならないが、アルト山脈から続く銀鉱脈の恩恵で小国としては珍しく豊かな国でもある。


 今回リノケロスの軍に侵略されたのは、そのレオパルドスにとって国益に繋がる大切な土地とそこにある鉱石採取所だった。

 もちろんすぐに軍が編成され鉱石採取所の奪取が命じられた。


「持ちこたえろ!」

「列を乱すな、このまま此処で迎え撃つのだ!」


 レオパルドス軍に低い声が轟いた。

 声の主は栗色の馬に跨った騎士だ。

 褐色の刈り込まれた短髪に厳めしい顔立ち。

 鍛えこまれたがっしりとした身体に甲冑を着込む壮年の男である。

 師団長の証である灰色のしかし光に当たると銀色に鈍く輝く良質の生地に、薊が刺繍された外套を翻すその男の怒号にレオパルドスの兵士達は従う。

 男の名はギリウス・ザルク。

 レオパルドスの将軍の一人でありその外套が示すように第一師団を纏める団長でもある。

 ギリウスの怒号に重なるようにモンテ軍から声が上がった。


「この気を逃すな、一気に攻めろ!」


 応戦する一方で攻めに転じる気配のないレオパルドス軍を嘲笑うような声だった。

 声の主は一目でリノケロス軍を率いる将軍だと分かる派手な外套を纏った男だ。

 その顔に意地汚い笑みを浮かべて兵士達に命令する。

 士気を上げたリノケロス軍はレオパルドスの兵士達に斬りかかった。

 じりじりと押されながらも兵士達は懸命に耐えぬいている。


「レオパルドスなど恐れるに足らず!」


 リノケロスの将軍はこの戦の勝利を確信したが、次の瞬間それは脆くも崩れ去った。


「今だ、落とせ!」


 その声は高らかに戦場に響いた。

 空気が鳴るような凛としたその声はぶつかり合うリノケロス軍とレオパルドス軍の頭上から聞こえた。




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