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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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異名を持つ女




 宰相を振りきって自室に戻ったジルシードは手短にあった弾力のある布張りの小座布団に八つ当たりした。

 ジルシードとてアルヴァルチア王家に生まれた第一王子である。

 次期国王として国を継ぐものとして幼い頃から教育を受けてきたのだ。


 レオパルドスの第二王女ハヴリーンとの結婚はジルシードが生まれた時から決められていた同盟結婚だった。

 政略結婚―…それは王族として生まれてきたのだから仕方がないと割り切っていた。

 それにこのディア・マトリカリア大陸の王族は王妃以外の妃を持つことが通例とされている。

 なにも子孫を残す為だけではなく、より強い人脈を広げるためでもある。


 今までだってジルシードにはある程度のお付き合いをした貴婦人が何人かいた。

 彼女たちは皆立場をわきまえていて、お互い恋愛という遊戯を楽しんだ。それに王子という立場状異性には困らない。

 もちろんレオパルドスの第二王女ハヴリーンを妻として尊重するつもりだったし、たとえそりが合わなくても気の合う女性を第二夫人を立てればいいと思っていた。


 だが突然結婚相手が変わるなんて事は予想もしていなかった。

 ジルシードがその話を聞いたのは弟のアーリスと西部視察から帰還して直後のことだ。


 アルヴァルチアの西側は三つの国と隣接している。

 現在その三つの国とは一進一退の関係が続いている。

 隙を見せれば戦雲のきっかけを与えてしまう可能性があるため、近年、国王は西部の視察には特に注意を払っている。

 今回は国王に別の政務があったため王子であるジルシードとアーリスが視察を命じられた。


 二十日間にわたる視察を無事に終えて帰ってきてみればなにやら城内が騒がしい。

 アーリスと顔をあわせ何かあったのかと訝しげにしていると、廊下の奥から二人の剣の師であり勇猛な武将でもあるボルド将軍がやってきた。

 ボルド将軍は子供が泣いて逃げ出す強面の大柄の男だ。

 その将軍が焦ったようにやってくるのでジルシードもアーリスも驚いたが、将軍が告げた言葉にはもっと驚いた。いや、衝撃を受けたと言ってもいい。


 アーリスはぽかんと呆け、自分の耳が聞いた言葉を脳で反芻できずにいた。

 ジルシードも最初何を聞いたのか、まったく理解できなかった。

 聞き返すジルシードにボルド将軍は根気よくもう一度説明した。

 二度目の説明でジルシードはやっと脳が動き出しそして蒼くなった。

 頭を特大の鉄鎚で殴られた気分だった。

 よく見ればボルド将軍もうっすらと冷や汗をかいているではないか。

 みるみるうちに怒りが湧いてきた。

 真偽を問いただす為にその足で国王の執務室へ走り出したのである。

 結果はいうまでもない。


 ジルシードは落ち着きなくうろうろと部屋中を歩き回り、忌々しげにじだを踏んだ。

 レオパルドスの第一王女といえば誰もが一度は耳にする名だ。

 今では子供でも知っている。

 とくに民衆から絶大な支持を得ている英雄的存在だった。


 レオパルドスの王家には王女が二人いて一人は王妃の子。もう一人は身分の低い女性が産んだ子だということは知られていた。

 第二王女は社交場や国同士の社交界にもよく顔を出していたし、ジルシードも顔だけは知っている。一度だけだが遠目からだったが顔を見たからだ。

 随分と自国の取巻きをひきつれているのでよく目立っていたのを覚えている。

 しかしお互いが出席する場となれば大きな舞踏会がほとんどで、大概がすれ違いもしなかった。

 婚約者同士といってもお互い王子と王女である。それぞれの付き合いがあったので態々声をかけに行く時間などなかった。


 そんな第二王女に比べて第一王女の姿形を見た者は、社交界ではほとんどいないといってよかった。

 噂だけが一人歩きした時期もあったが、人々の関心はすぐに反れた。

 第一王女は病弱で人見知りする気弱な方なのだろう、と思っていた頃の自分を袋叩きにしてやりたい。

 病弱で人見知りで気弱なんて、とんでもなかった。

 そんな繊細な淑女が戦場で剣や槍を振り回し敵将を一撃で仕留め、総大将の首を何の苦もなく吹き飛ばすものか。


 これまで全く世の噂に出てこなかったレオパルドスの第一王女が、一躍時の人となったのは五年程前のことだ。




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