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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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お返事したよ




 むっつりと黙り込んだ息子を無視してレキウスは続けた。


「一ヵ月後に王女はこちらにいらっしゃるが婚儀はお前が成人してから行うことになる」


 これにはジルシードも猛烈に抗議した。

 宰相もぎょっとした。そんなことは初耳だった。


「ちょっと待てよ、なんで一ヵ月後に王女が来るんだ。俺が成人してから結婚するならその時でいいじゃないか!」

「そうです、何もそんなに急かさなくとも」


 国王はにやりと心底楽しげに笑った。


「何を言う。結婚する者同士なんだから少しでも仲を深めてお互いを知り合ういい機会ではないか。先方にもそうお伝えするように使者には言い含めてある」


 宰相はぽかんと口をあけて絶句した。

 この国王が突拍子もないことや酔狂なことを好んですることを宰相は知っている。

 それに毎回巻き込まれていたので随分慣れていたつもりだったが、その認識はどうやら甘かったらしい。


 この国王は本気でやるといったら必ずやる。

 いつも飄々とした態度で周りを振り回しているが、この国王は宰相が手に負えないほどの策略家なのだ。

 宰相が何度振り回されても文句を言わないのはその結果が好転しても悪化することがないからだ。それに宰相はこの国王を友としても信頼しているし、その手腕に惚れこんでいるので結局折れるのはいつも宰相の方なのである。

 今回も例に漏れず折れたのは宰相の方だった。

 宰相は全くしょうがないという感じに微笑んだ。


 納得がいかないのは渦中の人物である。

 結婚という人生の選択を自分の知らない間に勝手に進められたことは、憤然極まりなかったし結婚の相手が相手である。


「相手はあのレオパルドスの第一王女だぞ。高名正大、勇猛果敢と名高いレオパルドスの英雄殿の一体何が不満なんだ?」


 それは王女に対する褒め言葉としては何かが違うのではないかと思ったが、これまた賢明な宰相はきちんと口を噤んでいた。

 宰相とは違い不満さを顔に出していたジルシードは、真面目に問いかけてくる父親の横面を殴りたくなった。

 それでもジルシードは内心罵詈雑言の嵐だったが、必死に理性をかき集めてぐっと堪えた。

 そんな息子を不思議そうに見つめていた国王だったが、ややあって息子の心中を見抜いたらしい。

 にやにやと笑い始めた。

 今度こそジルシードは我慢できずに絶叫した。


「問題大有りだっ、レオパルドスの第一王女は俺より九歳も年上の嫁き遅れの年増じゃねぇか!」


 レキウスは息子の心の限りの絶叫を聞いて爆笑した。


「そんなちっぽけなこと事気にするなよ。まったくまだまだガキだな、おい」

「陛下、口調が崩れております」

「おっと、しまった」


 軽口を叩きながらもレキウスは笑いを噛殺している。

 どうやらつぼに嵌ったらしい。頭が卓上に付きそうなぐらいに腹を折り曲げて、懸命に笑い声を押し殺そうとしているが肩がひくひく跳ねている。

 そんな父親の姿にジルシードは顔を真っ赤にして大股で出て行ってしまった。

 宰相はとりあえず王子を追うことにしたらしい。

 軽く敬礼すると執務室を退室した。


「くくっ…、やれやれぷんぷん怒って可愛いねぇ」


 一人きりになった室内でレキウスは背もたれに深く沈みこんだ。

 なんとか笑いは治まったが、ふとした瞬間に微笑が漏れるのはしかたがない。

 息子の可愛い思考回路の所為もあるが、何よりレキウスを喜ばせているのは別にある。

 もう一ヶ月もしたらあの女に会える。

 それが楽しみでしかたがなかったのだ。


 レキウスはおもむろに机の中にしまってあった木彫りの箱を取り出した。

 中身は古びた短剣だった。

 何処にでもあるような何の変哲のない短剣だが、これがなければ今此処に自分はいなかっただろう。

 短剣の柄に触れながらあの強い眼差しを思い出す。


 爛々と輝きを放つ深い紫色の炎を瞳に宿した美しい獣のような女。

 強烈な印象を焼き付けていった一人の人間のことをレキウスは思い浮かべた。




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