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戦場の花嫁  作者: 杏樹
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言いたいことはそれだけか



 レスティナは振り向いた。

 闇夜の廊下に立っていたのは赤みがかった金髪を持った少女だった。

 淡い群青色のドレスに身をつつみ勝気そうな目でレスティナを睨んでいる。

 王妃アラーネアの髪と瞳を受け継いだ娘。

 レスティナの異母妹ハヴリーン。


「まだ冬季には早いが夜風は身体を冷やすよ。早く部屋へお帰り」

「わたくしの質問に答えないつもり?」

「リーン、本当に風邪を引いてしまうよ? 君は私と違って鍛えていないから……」

「リーンなんて呼ばないで! まるで下々の民草のようではないの汚らわしい!」


 興奮して甲高い声を上げるハヴリーンにレスティナは困ったように笑う。


「もう二度と呼ばないからそういう言い方はおやめ。国民の上に立つ王族として発言には気をつけなさい」

「そうやって話を逸らして何時もわたくしを馬鹿にするのね」

「馬鹿になんてしてない。何故そんな風に考える?」

「何時もそう…、貴女は私を見下して楽しんでいるのよ!」


 唇を噛締めて怒りに肩を震わせるハヴリーンはに何を言っても無駄だとレスティナは悟り言葉を閉ざした。

 ハヴリーンは返事がないことにますます腹を立てて苛立をぶつけようと口を開いたが、レスティナが細めた深紫の眼光を向けるとその視線に射抜かれて、びくりと怯み口篭もる。


「何故君が怒るのか理解できないな。今回のことは君が言い出したんだろう? アルヴァルチアに嫁ぎたくないと君が拒否したから矛先が私に向かっただけのこと」

「………貴女の事だから承諾しないと思っていましたけれど」

「君の我儘で同盟結婚は破棄できない。それこそアルヴァルチアから多額の賠償金が吹っかけられる可能性だってある」


 びっくりしたように眼を丸くするハヴリーン。

 相変わらず王妃に甘やかされて育っているようだ。

 わざとそう育てられているのか王妃が一人娘に甘いのかわからない。

 どちらにせよハヴリーンが王位に立ってもその実権を握るのは王妃であり外戚であるバガモール公爵家であることは間違いないだろう。

 国王が懸念していた未来はそう遠くないということだ。


「君が何を考えて言い出したのかは知らないが政略結婚は王族の女として生まれた者ならば当然課せられる義務の一つだ」

「お母さまはわたくしが想う方と添えばいいと仰ったわ」

「……そうか」 


 愚かで哀れな異母妹。

 王妃のようにとはいわない。ただもう少し計算高くあれば利用されるだけの人生を変えられるだろうに。

 利権に強欲な狡賢い王妃は娘を思う優しいだけの親ではない。

 純粋に母である王妃を信頼しているのがわかったからレスティナは諦めたようにハヴリーンから視線をそらした。


「ふん。まあいいですわ。どちらにしろ清々します。もうあなたの顔を見ることもなくなると思えばね」

「なるほど。それが言いたくてわざわざ出向いてきたのか」

「それ以外に何があって?」

「ハヴリーン。君の我儘が通用するのはこの国だけだよ」

「まぁ、なんですの。私はこの国の正当な王女ですもの。そんなことは当然ですわ」

「この大陸の情勢は今とても不安定だ。そんな未来が来なければいいと思うが、いずれ私の言っている意味の真意がわかる時が必ず来るだろう。そうなってしまった時、君が悲しまないといいと願っているよ」


 騎士の様に優雅に一礼してレスティナは訝しげにするハヴリーンの横を通り過ぎた。


 レスティナは王妃アラーネアを心底憎んでいる。同じようにアラーネアもレスティナをこの世から消し去りたいと思っているだろう。

 それをレスティナは誰よりも知っていた。

 アラーネアはこれまで何度もレスティナの命を狙い行動しているのだから当然だ。

 その度にレスティナは命の危険にさらされ続けてきたし、その脅威は今も続いている。


 執拗にレスティナを付狙う理由は異常なほどに愛情を注ぐ娘ハヴリーンの為である。

 ハヴリーンを王位につけるためにはレスティナが邪魔だからだ。

 でもそれだけではない。アラーネアは生粋の高貴な出といっていい。花よ、蝶よと育てられかしずかれることが当たり前なのだろう。自尊心が強く傲慢で自分の意のままにならないことはけして認めない。

 そんな女が夫を奪われ、女として王妃としての自尊心を傷つけられて黙っているわけがない。

 自分に苦渋を強いたフローネへの復讐。

 そしてフローネの血をひきその容姿を色濃く受継ぐレスティナへの強い憎しみが駆り立てるのだろう。


 おそらくこの因縁めいた憎悪の循環はアラーネアとレスティナが生きている限りけして切れないだろう。

 どちらかが死ぬまで永遠に戦い続けるしかないのだ。

 レスティナはそれでいいと思っている。

 ただこの因縁にハヴリーンを巻き込みたくはなかった。




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