表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

思い出の挿話 ~逃げる二人~

時系列的には「思い出の挿話 ~寝る四人~」とは少し間が空いています。

何があったかなどは受験が終わり次第考えますので、まあ楽しみにしててください。



 僕は走っていた。

 ただただ全力で走っていた。

 息はえで、疲れで今にも動けなくなりそうだ。

 走り回ったせいで、自分が何処どこにいるのかもわからない。

 入念にゅうねんに調べた情報じょうほうも、続けて起こった出来事のせいで役に立たなくなった。

 だけど僕は恐怖からのがれるために、あるいは左手に感じる温もりを冷たい地獄から逃すために、ここで足を止める訳にはいかなかった。

 振り向くと、あねが僕の手を頼りに付いてきているのが見える。

 姉の名前通りの、夏の海のような蒼色あおいろかみは、少し前までととのえられていたのが信じられないくらい乱れていた。

 僕はかたわらにいる姉の手をしっかりとにぎなおした。

 いつまでも後ろを見ていられず、前に顔を戻す。

 真っ白だった廊下ろうかかべは、天井てんじょうの光で赤くまっている。

「うっ……」

 それがついさっきの血の色を彷彿ほうふつとさせ、恐怖きょうふ嘔吐感おうとかんから足がすくむ。足下が覚束おぼつかなくなった僕は、ふと手を握り返す力が強なっていることに気がついた。

 もう一度振り返ると、姉と目が合う。

 姉は恐怖と心配と不安など、色々な感情がごちゃぜで、顔をくしゃくしゃにゆがめている。

 だけど目を見ればわかる。

 あらゆる負の感情につぶされそうになりながらも、せめてはぐれた兄妹きょうだいのために『力』を使うべきか。姉はそのことに、どうしようもなく迷っていた。

 本来の姉の『力』を使えば、この状況をくつがえすことは容易よういなはずだ。

 だけど感情が不安定な今、それを行動に移したとしてたして状況の好転に役立つとは保証ほしょうできない。下手をすると、『力』が暴走して近くにいる僕だけでなく、使用者の姉自身を巻き込んでしまうかもしれない。

 姉の『力』はこの計画のかなめであり、それ以前に僕たちは兄姉弟妹きょうだいなのだ。

 僕たちの身に何かあれば、もしかすると兄妹の死にもつながるかもしれない。直接的でなくても、間接的に。

 それでも、姉の『力』を使わないことには、兄妹の安否あんぴを確認することもできない。

 だから。

 だから、姉は迷っているのだ。

 表が出ることにけ、コインを投げるか。

 あるいは賭けの条件が変わるのを待つか。

「…………大丈夫だよ」

 走ったせいか涙のせいか、かわいたのどからはかすれた声しかしぼり出ない。あまりに小さく、姉に聞こえたとは思えない。

 一瞬動きを止めた足に鞭打むちうち、姉を迷いから引っ張り出すかのように腕に力を入れる。

「大丈夫だよっ」

 今度ははっきりと、大きく口にした。

 姉のはっとして僕の横顔をあおぎ見る様子が、左手()しに伝わってきた。

「大丈夫だよ、アキもフユもっ。だから……」

 自分に言い聞かせるように、僕は心の中で思った。

 そうだ。

 兄も義妹もきっと大丈夫だ。

 それにこの危機的状況で、女の子にすがって何が男だ。

 姉に頼み込むだけで、何が弟だ。

 確かに、頭の出来できじゃ兄姉にはまさっているはずがない。

 『力』を持っていない僕が、『力』を持つ姉を助けようなどと、分不相応ぶんふそうおうなのかもしれない。

 それでも、大事な人をまもるために頑張らない理由にはならない。

 僕が……を護る。

 だから――

「だから無茶しなくていいよ、ナツ!」

 曲がり角を曲がると、やっと出口が見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ